第2話 噂の窓際美人は家出少女の姉?

 午前の講義を終えて食堂に向かうと、それなりの賑わいを見せていた。

 席全てが埋まるほどではない。けれど、空席は疎らで、混んでいるという印象を受ける。

 二十代の学生だけでなく、三十代以上の年齢層もそれなりに見受けられるのは食堂を一般開放しているからだろう。


 安い、早い、味はそこそこ。

 在校生以外は入場に一手間かかるが、物珍しさからか、それとも安さからか、昼時は外部の人間も多かった。

 とはいえ、やっぱり多いのは学生で、サークルかなにかの集まりなのか、複数のテーブルを占拠して大騒ぎしているのには辟易してしまう。自然、そこから足は遠ざかる。


 券売機に並んで、一番安い日替わりランチのボタンを押す。

 メインは唐揚げ。そこそこの個数が盛られて500円以下なのだから、リーズナブルではある。ただ、カウンターで受け取ったランチの唐揚げを見た瞬間、口角が下がる。制服少女に奢った弁当を思い出したからだ。

 得とかそういう考えは一気に吹き飛んで、なんだか損した気分になる。


 今日は午後の講義はないので、ゆっくり食事が取れる。

 家に帰った後は就寝。起きれば深夜のコンビニバイトなので、実質的な夕食に近い。しっかりと食べないといけないのだが、どうにも食は細かった。

 バイトのせいで夜型になり、不規則な生活をしているからかもしれない。こればっかりはお金や人との関わりを優先した弊害としか言いようがなかった。


 トレーを持って、適当に食堂内をうろつく。

 人が多く、騒がしい場所を避けて歩くと、必然端っこの席を目指している。

 丁度良い場所はないかと見回す。すると、窓際の席が1人の女性をぐるりと回るように空いていた。タイミング良く団体が抜けたのかとも思ったが、そういう雰囲気でもない。


 都合良いな。そう思いつつも、足は空いている席に向かわない。なんだか、1人窓際で座る女性を中心に、さざ波のような静かな騒々しさがあったからだ。

 静かなのに騒がしいとはどういうことかと思うが、授業中の小声がやたらうるさく聞こえるようなものだ。静かだからこそ、小さな物音でもうるさく聞こえる。


 どういうことだと思い、注目されている女性を注視する。

 傍から見るとスマホを弄っているだけに見えるのだが、その顔を見ると、あぁ……となんとはなしに察するものがあった。


 食堂の窓際。

 窓から差し込む日差しを浴びながら、物憂げに座っている女性の姿はどこか犯し難い空気があった。遠目からでもわかるぐらい、整った目鼻立ちもあるのだろうが、それ以上に独特の雰囲気に周囲が飲まれているのかもしれない。


 触れるなんて以ての外。

 声をかけることすら躊躇われる神聖さは、近付くことすら許されないのだろう。だからこそ、彼女の周囲の席は誰も座りはしない。誰かが決めたわけではなく、自然とそうなっている気がする。


 流石にあそこに飛び込んでいく勇気もメリットもないので、手近な席に座る。

 箸を取って食べ始めようとするが、意識の一部が窓際で佇む女性に引っ張られてしまう。


「有名な美人さんなのかねぇ」

 唐揚げをかじり、視線を女性に向ける。

 あまり大学内の世情には詳しくなかった。

 敢えて知り合いなんて作らず、大学で話す相手はいない。講義を受けるか飯を食うかしかないので、噂話なんて耳にする機会はほとんどなかった。


 大学となると、友達いっぱいで長い夏休みみたいな印象もあるが、実際のところ人それぞれとしか言いようがない。

 イメージ通り、必修科目以外ほとんど出ず、解禁された酒に溺れる大学生は多い。

 ……が、どうあれ大学というのは自主性を重んじる。

 高校までのように固定のクラスが存在しないので、自然と話す人ができるなんてことまずない。自分から行動しなければ、遊び相手1人できないのである。

 俺のように講義とバイトで遊ぶ暇もないなんて大学生も当然居る。それを寂しいとは思わないが、まぁ楽しくはないなとも思う。


 そんなわけで友達1人居ない俺は、窓際美人が有名なのかどうかすらわからなかった。

 綺麗ではある。というぐらいの情緒は持ち合わせているが、他にはなにも知り得ない。


 例え、本当に有名な美人さんだったとしても、そう対して興味も抱かないし、感動もしないだろうけど。

 俺とは縁がないというのもあるが、そう珍しがるものでもないというのもある。


 中学高校と違い、大学にもなるとテレビに出るような本当の有名人が通っているなんてこともざらにある。学祭でこの大学出身の歌手を呼んだりなんてこともあった。

 なので、彼女が芸能人であったところでそっかぁぐらいの認識しかない。

 在校生にも、読者モデルとか、現役アイドルとかがいるとかいないとか。


 だから、俺にとってはどうでもよくって。

 さっさと眼前の食事に集中すればいいのだけれど、どうにも吸い寄せられるように目が離せない。

 別に見惚れたとかではなく、説明できないなにかを窓際の女性に感じているからだ。それがなんなのか、言葉にできず、どうにもむず痒くなる。

 目を細めて窓際美人を見てみても、なにかあるわけじゃない。


 首を傾げる。

 不思議に思いつつも、眠りかけの脳では思い出すこともままならない。カクンッ、と一度頭が揺れる。

「……ねむぃ」

 周りがどれだけ騒いでいる美人だろうと、俺には関係ないことだと意識を改めて、目の前の日替わり定食に集中する。


 黙々とご飯を食べていると、隣の席に2人組の女学生が座ってくる。

 人が寄ったことに顔を顰めているのに気が付かず、女学生2人はコソコソと噂話に花を咲かせ始めた。その花の種は、当然のように現在の食堂で最も衆目を集めている窓際美人についてだった。


「ソウカさん、相変わらず綺麗ねぇ。

 物憂げな横顔も素敵……」

「そりゃぁ、ミスコンの優勝者だもの」

「一緒に写真撮ってくれないかなぁ?」

「無理でしょ。

 というか、本人がよくっても、周りの人に恨まれそうで怖い」

「そうなのよねぇ……」

 はぁ、と熱の籠もった吐息を零す女学生。


 なるほど、と得心する。

 聞く気はなかったが、どうやら窓際で佇む美人さんはミスコンの優勝者だったらしい。おそらく、ミス・キャンパスとかその類のモノだろう。

 そりゃ有名だし、いれば騒ぎにもなるかと唐揚げを口に放り込む。

 むしろ、そんなことすら知らなかった俺のほうが異常で、希少性は高いのかもしれない。珍しくはあっても、有名になるかは別問題だが。


 つっかえていたモノが取れた感覚に、ちょっとばかりスッキリしていたのだが、「そういえば」と窓際美人さんの噂話を隣の女学生が続け、

「ソウカさんがなんだか物憂げな理由って、妹さんが家出したかららしいよ?」

「――げほっ!?」

 あまりにもタイムリーな話題に、今度は物理的に肉が喉に詰まってしまった。


 え、なに!? と、驚く女学生2人になんでもないと手を振って、慌てて持ってきていたコップの水を飲み干す。

「えっと、大丈夫……ですか?」

「んっ、んんっ……ごめっ、平気、だからっ。気にしないで……っ」

 胸を叩きながら言う。

 どうにか喉の奥で詰まった唐揚げを飲み干して、「はぁぁ……」と一息入れる。

 それで、女学生たちも納得したようで、そのまま何事もなかったように新たな噂話の花を咲かせ出す。


 少しばかり気まずくなって、ごちそうさまと逃げるように席を後にする。

 危うく死ぬところだった……。

 死因が唐揚げを詰まらせてなんて、アホ丸出しで死にたくはなかった。いや、それ以外の真っ当な理由なら死んでもいいというわけではなく。間抜けすぎて嫌だなぁという話で。


 にしても、と。

 返却カウンターにトレーと食器を返しながら、未だにスマホを見ている窓際美人を盗み見る。

 まさと否定しつつも、判断材料を探している自分がいる。

 ただまぁ、大学と地元のコンビニではそこそこ遠いしなぁ……と思いつつ、制服少女と窓際美人の顔を見比べる。


 どことなく雰囲気は似ている……か? いやぁ、でも、どうだろう。

 遠目から見た感じ同じ黒髪黒目っぽいが、そんなの日本人なら珍しくもないので姉妹認定するには根拠が薄かった。

 いやでも、もしかしてさっき目を離せなかった理由は――と、視線を少し下げた瞬間、あ、違うなとあっさり姉妹説を捨て去る。


「遺伝子的に違うわ」

 制服少女とのぺったんことのあまりの胸囲格差に、ないないと否定する。

 遠目でわかるぐらい育っている窓際美人さん。注目を集めていた理由って、実はそっちでは? なんて下世話な疑問が頭に浮かんだ。

 はーよかったとほっとしながら、食堂を後にする。



 ■■


 んで、深夜。

「姉いたりする?」

「…………急になに?」

 当然のように深夜のコンビニバイト中に現れた制服少女にそれとなく訊いてみることにした。

 いや、やっぱり気になるって。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る