エピローグ、又の名を真のプロローグ

 ヒグラシが夏の終わりを惜しむように大音声で鳴いていた。扇風機の羽音もいつもより煩く感じる。よし、と覚悟を決めて、整頓した勉強机に向き直る。読書感想文でお世話になっていた原稿用紙を引っ張り出した。懐かしい紙の匂いがした。やっぱり、初めは手書きがいい。自分の筆の跡を残しておきたい。確かに自分が描いたのだと、紙にも、記憶にも刻みたい、そう思ったから。物語の内容はもう決まっている。ゴミ捨て場で偶然出会った、僕と彼の物語。それから——。コルクボードに飾った片翼のペンダントを見遣る。懐かしいあの夏の物語。二つの物語の先を、僕は今作ろうとしている。新たなる一歩を踏み出そうとしている。その前に、今の感情を言葉として残しておきたい。いつか読み返した時に、懐かしむことが出来るように。出来上がったら、母さんにも、あの人にも読んでもらおう。それから、飛鳥先生をぎゃふんと言わせてやる。まだ書いてもないのにそんな想像を膨らませ、頬の筋肉が緩む。面白いかどうかなんて、まだ分からない。傍から見れば、無価値なものかもしれない。それでもいい。僕にとっては、大いに価値のあるものなのだから。万人受けなんかクソくらえだ。僕は、僕のために物語を紡ぐ。……なんて大見得を切ってしまったけれど、それでもやっぱり、少しでも誰かの心を動かす作品になったら、なんてことを考えてしまう。誰かを救うなんていう素晴らしいことはできっこないけれど、傍に寄り添えるような、優しい物語を書きたい。そんなこと僕にできるだろうか。


――きっと、できる。漠然とだが、そんな根拠のない自信が沸いてきた。意気揚々と、新しく買った万年筆を握る。まっさらな原稿用紙の上に筆先を乗せる。もう、何も恐れない。


あの夏の――

そして、この晩夏の延長線を――


僕は、僕の言葉で、紡いでゆく。


【了】




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晩夏の延長線 見咲影弥 @shadow128

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