「第七話」剥き出しの欲望

 彼らは腹違いの兄弟だった。二人の妻を娶ったスサノオが、それぞれ一人ずつの男児を産ませたのだ。スサノオは剣を振るうことに迷いはなかったものの、上に立つものとしての重圧はよく知っていたし、それがどれだけ辛いものか知っていた。


 だからこそ、二人なのだ。どちらかが表に立ち、どちらかがそれを支える……共に仲良く共に鎬を削り合い、最高の友であり極上の好敵手として、そんな願いを込めて二人は生まれたのだ。


 しかし、歪みはここから生じていたのだろう。シュラの母親であるトバリは、生まれた我が子が女であったことを見るやいなや、自らの『女として棟梁になる』という夢を託すことにしたのである。トバリはシュラを丁寧に、愛を持って育てた。自分がいなければ何もできない、都合のいい操り人形として。──周囲の人間にも、シュラが女だということを悟られないように。


 しかし、シュラは棟梁にはなれなかった。トバリはシュラに、イフウを殺すように命じた……『白羅』の上位層しか知ることを許されない『竜』の封印場所を教え、そこで事を済ますように命じたのだ。理由は簡単である……『竜の封印を解こうとしたため、止む無く殺した』という大義名分をいくらでもこじつけることができるから。


 しかしそれも失敗し、挙句の果てには取り逃がす……失態に失態を重ねたことにトバリは怒った。

 それは拠り所を断たれているシュラにとっては、死に等しかった。尊厳を崩され、兄に負け、挙句の果てには自分を認めてくれる人間までもが去っていく……そんな想像が、誰にできるだろうか?


「うぉおおおおおおおおおおおおああああああああああ!!!!!」

「……」


 黒と白の靄は競い合うかの如くその存在感を増していき、主である両者を蝕んでいる。

 白い霧に巻かれたようなイフウ、暗い闇の中に飲み込まれそうなシュラ。


 生まれた腹は違えど同じ日に生まれた二人は、異なる想いを以て剣を振るっていた。


 焔の如き気合とともに剣を振るうイフウ、対してシュラは……何も感じず、何も無いような表情で目の前のイフウを見つめているだけだった。振るう剣は流麗ではあったものの、どうしても魂が抜け落ちたような……そんな、空っぽの剣。


「ぐぅっ……シュラ! 聞いてくれ、何があったんだ!? その姿は何だ、なんで僕を殺そうとした!?」

「……」


 黙ったまま、シュラは剣を振るう。剣速ではイフウのほうが上ではあったものの、力では圧倒的にシュラのほうが上だった。弾いても弾いても押し返される……イフウの集中力は何度も断ち切られ、その度に必殺の一撃がやってくる。


「ふぅ……ッ!」


 鈍い金属音、軽い金属音。鍔迫り合いにもつれ込んだ両者の表情はまるで、炎と氷のような対極だった。刃と刃は拮抗してはいるものの、徐々にイフウは押されつつあった。──万事休すか。イフウは抗う術もなく吹き飛ばされた。


「──ハクラ!」


 見ることに徹していたホムラだったが、堪えきれずにイフウの元へと駆け寄った。その様子は実に健気ではあったものの、彼本人に向けられた温かい感情ではなかった。イフウは痛む体を無理矢理に起こした。


「大丈夫!? ハクラ……ねぇ!」

「何度も言ってるだろ、僕はハクラじゃなくてイフウだ!」


 少々苛立ったような声でイフウは言った。焦っていたのだ、早く立ち上がらなければ、次の攻撃が──来ない、いつまで経っても。


「……え」


 イフウはそこで、様子のおかしいシュラを見た。

 いいや、もとから様子はおかしいのだがら……これは『元に戻っている』と表現した方がいいのだろう。彼はゆらりゆらりと揺れながら、自分の肩へと手を伸ばしている。


「……うっ、あぁぁああああああああああ!!!」

「!?」


 血飛沫。シュラの肩から吹き出すそれは、他の何者でもないシュラによる物だった。目を凝らしてみると彼の手には鏃……いいや鱗のようなものが握られており、イフウにとってそれは、とても嫌なもののように思えた。


 シュラはそれを投げ捨て、荒い息を吐きながら肩を抑えていた。ドクドクと血が流れてはいるが、シュラを覆っていた黒い靄のようなものは消えていった。


(あの鱗……やっぱり)


 ホムラは的中した予想が、最悪であることを知っていた。故にこれからの旅路は過酷なものとなることを確信したし、それに無関係なイフウを巻き込むことは、とても申し訳なかった。


「……妖気が、消えた」

「ということは、元に……?」


 イフウはふらふらと立つシュラを見ながら、恐る恐る声をかけた。


「……シュラ?」

「まだ、終わってない」

「なっ……!?」


 血を垂れ流しながら剣を握るシュラには、先程とは違って感情があった。強く、炎のように噴き上がる感情が。


「私はまだ……誰にも認めてもらっていない……!!」


 それはまるで、今まで抑えていた何かが……堪忍しきれず溢れ出たような、剝き出しの、人としての欲望に他ならなかった。

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堂々たれ焔の如く キリン @nyu_kirin

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