第5話 提案屋台四件目

「はい。コーヒー」

「ありがとう」


 微糖の冷たい缶コーヒーが民子の好みだ。もっと言うならミルクはなしでメーカー名も熟知している。民子は一度それと決めると、他には目移りしたりしない。

 それは一途というより、他の選択肢を考える時間が「もったいない」から。


「じゃあ、ほろ酔いのこの辺で名古屋飯の真打しんうち、麺系にも行きたいね。だけど、この有名どころの麺が全部、問題作」

「問題作?」


 民子は打って変わって県庁職員の顔になり、マシンガントークを再発する。


「味噌煮込みうどんは、味噌とみりんで味つけした和風出汁を土鍋にはって、割箸一本分ぐらいある重たい麺を、十五分も煮んといかんでしょう?だから、〆なら早めに注文せんとかん。そんなに煮たのに、麺は噛んだ歯を押し返すぐらいにコシが強い。すごい強情。どう考えても消化に悪い」


「……確かに麺は生煮え? ってぐらい堅いことは堅いよな。うどんなのに一本ずつしかすすれんぐらいの太さだし」

「それが、土鍋で運ばれるってのも火傷させそうで、ちょっと恐い気がするな。先の屋台で酔っぱらってきた客に味噌煮込みうどんはなぁ……」


 学も民子に身体の正面を向けながら、腕を組む。

 天井を眺めながら、事務椅子をゆったり回して思案する。


「だけどさ。味噌煮込みは土鍋で炊かんと煮込みじゃないがね。蓋を開けたらぐっつぐつに煮えたぎっとる。それが本場の味噌煮込み」

「もし出すんなら、熱いですから気をつけてとか、蓋を取り皿代わりにしてくださいとか。注釈つけんといかんわな。それを客がちゃんと聞いてくるのかが心配かも」


「岡田君。味噌煮込みの土鍋の蓋には空気穴がないの、どうしてか知ってたりする?」

「知らんて。そんなこと。考えたこともなかったわ」


 早速検索してみると、


「第一は調理の間、蓋を締めたりしないから。開けたままで煮立たせてるから。つまり、味噌煮込みうどんの土鍋のふたは、煮込むときに使わないので穴がない。第二は完成品に蓋をして熱々を保つためと、蓋を取り皿にして食べるため、みたいだよ」

「熱々だけは譲れんのだね。初見の客は驚くかもね。地元民が土鍋の蓋を取り皿にしてるって。なんで汁がこぼれんの? とか。そもそも取り皿が置いてないとか。マジカオス」

「うどん屋さんに屋台に来てもらって、味噌煮込みの提供は控えてくださいとは言えんしなぁ」


「わかった。じゃあ、注意書きは店主や配膳する人に徹底してもらおう! それでも火傷した人は自己責任っていうことで」


 民子は悩みに悩んだ挙句、注意喚起は明記するか口頭で。あとは客の自己責任に丸だげした。

 

「俺、味噌煮込みうどんの蓋を取り皿にして、フーフー言って冷ましてから食べてたの。それが普通って思ってきたけど。あらためて考えると異様だね」

「まず、鍋には穴がないことも言わんといかんね」


「穴がない土鍋の蓋。それをひっくり返して受け皿にする県民性って何だろうね。蓋なんかせんでも、ぐっつぐつに煮えたぎってるんだから、普通に蓋なしで提供して、取り皿つければいいのにな」

「だけど、それが名古屋人の県民性なの。普通が嫌なの。何かちょこっとだけ変わったことがしたいのよ。だけど、大それたことはやらない堅実性も本能的に持ち合わせている」


 民子は開店する事務椅子の両端を握り、ずいと学に顔を寄せた。


「だから大成功がしたいなら、せせこましい尾張名古屋は離れろとかって、占い師に言われてたんだわ。思い出したわ。そういえば信長も家康も秀吉も、成功したのは尾張を出てからだったでしょう?」

「それは……、県民性に触れるまで、詳細にアピールしなくても。そのぶん、ひとつひとつの屋台の特性に言及した方がいいと思うよ」


 占い師の言葉など、所属部の部長にも出せない戯言ざれごと

 信じているなら自分の中でひそやかに、教訓として持って生きて欲しいとだけしか考えない。

 学はペンで軽く頭を掻いた。

 だとすると、民子にはどんな野望があるのやら。

 思わずへらっと笑いかけていたのだが、いやいやいかんと身を正し、味噌煮込み提供の際の問題点や課題などもパソコンに入力した。

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