第4話 提案屋台三件目 

「三軒目は、そうだなあ。三河湾の海の幸で、さっぱりいこか。名古屋はエビエビ言われとるけど、三河湾の春は貝。夏はしらす。秋から冬はフグが旬。春は、普通のアサリの十倍ぐらいある大アサリは網焼きにして、醤油とバター。夏の生しらすには生姜醤油。冬の三河湾はフグも結構獲れるしね。意外だって言われそうだけど。てっちりを一人分の小鍋で注文して、〆に雑炊にしてもらうと絶品だにぃ」


「意外って、思われそうなところはキャッチーだから、ホームページで強調しとくよ」

「ありがとう」


 民子は持論を展開させるあまり、人の話に耳を貸さない。

 学にも意見を求めない。

 かといって、礼のひとつも言わないかといえば、そうでもない。民子は変幻自在な女性なのだ。

 そんな民子と一緒に仕事ができるのは、四角四面の県庁内では限りなく少ないはずだと、学には妙な自負がある。


「ほんなら、三軒目は日本酒メインにしようかね。あんま知られとらんけど、愛知は日本酒の蔵元も多いから」

「あるある。二大巨頭が」


「二大巨頭の蔵元も、ひとつは市内。熱田神宮御斎田の由縁でね。特別に御神水で醸造されたあの酒は、キリっとしていてフルーティ。どっちかっていると女性的かな。常温よりも冷やで呑むのがお勧めだよね」

「俺は三河の内陸の蔵元も、紹介したいな」

「あー、それ、わかる」

「米の旨味が芳醇で原酒に近い。どっしりしてるのに切れ味もいい」


「岡田君って下戸だよね?」

「下戸だけど、誰かと一緒に呑みに行けば、大抵両方注文されるし。感想だけなら聞いてるよ」

「そうなんだ。社内にいるの?」

「総務課の森さんと行くのが多いよ。あの人、キャバクラよりは居酒屋って人だから」

「その方が、付き合いやすいの?」

「俺はね」


 学は珍しく民子に食いつかれ、答えながらも訝しむ。


「森さんって、奥さんいるじゃん。そう呑みにばっかり行ってたら、怒られぇせん?」

「いや、食事の支度はしなくていいし。自分が寝てから帰って来てくれた方がありがたいって言われたみたいだよ」

「そうなんだ……。男の人って、そんなもん? 岡田君が同僚とばっかり呑みに行ってたら、彼女に怒られぇせんの?」


 民子が椅子の背もたれにもたれかかると、左右に軽く揺らしている。まるで、もじつく少女のようだ。


「彼女がいるなら、彼女との約束を優先するよ。当たり前じゃん」

「先輩から誘われても?」

「すみません。予定があってって言えばいいだけの話」

「県長からでも?」

「俺みたいな入社一年目の新入社員が、仕事で県長に会えるチャンスなんかないじゃんか。……だけど、先々のことを考えるのなら県長優先になってくるよな。その辺を彼女に説明をして、わかってもらうし、謝るよ」


 いつまでこの押し問答がつづくのか。

 どこか気まずい顔をして、民子はペンをいじり出す。


「じゃあ、そんな感じでホームページに載せるから」

 

 掲載できるかどうかは、両社への申し出次第だが、断られたりはしないだろう。

 県庁が作成するホームページなのだから


 話を戻して、学は一旦席を立つ。


「何かコーヒーでも買ってこようか?」

「そうだね。お願い」


 何を、とは訊ねない。民子の好みはブラックコーヒー。指定される銘柄もわかっている。学はその足で廊下にでた。

 

 学は酒は飲めないたちなのだが、民子は水のように酒を呑む。

 本人曰く、酔うには酔うが、醒めるのも早いから、延々呑んでいられるらしい。まるで彼女の性格そのものだ。熱するのも早いが冷めるのも早い。

 地域活性化から民子の熱が冷める前。

 その前に企画書を提出。ホームページも書いてしまわなければ、企画は頓挫とんざするだろう。

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