第3話 提案屋台二件目

 「二軒目は、王道の味噌三昧」

 「だろうね。愛知の赤味噌は幕府の将軍様にも献上されてきたんだし。歴史を含めて呼び込みたいね」

 「そうなんだ。でも、別に屋台で史実の布教はいらんと思う」


 学は歴史男子だ。語り部になりたいと申し出たのだが民子には一蹴された。

 確かに、PRのホームページを作るなら、そこで思い切り書けばいいだけだ。しかし、民子のチェックが入れば『全摘』になるだろう。


 半ば諦観の笑みを浮かべ、学は民子の論を聴く。


「名古屋はモツもおでんも、甘ったるい味噌汁みたいな出汁でグツグツ煮るやん」

「よく焦がさないと思うよな。味噌なんてすぐに焦げるのに」


「そこが職人の腕なん違う? あっ、ここは強調してホームページに書いてよね。

味噌おでんは単に甘ったるい味噌汁にぶっこんで煮てるだけじゃないんだってこと」

「そうだな。俺、外国人の友達を家に呼んでさ。定食風の晩飯出したことがあったんだ」


「えっ? 酒井君って英語ペラペラ?」

「いや、向こうが日本語ペラペラだっただけ」

「そうだろうね。びっくりしたわ」


 民子には裏表がないだけに、温厚を自負する自分ですらも、たまにイラっとくるのだが。学は華麗にスルーした。


「赤味噌で味噌汁作って出したら『スープが黒くて気持ちが悪い』って言われたよ。結局最後まで口もつけてくれなかった」

「黒い食べ物って、食欲そそらんもんね。なのに味噌おでんの具なんか全部まっ黒。何がなんだかわっからせん。大根だって芯まで真っ黒。卵も黒い。闇鍋だわ」


 学の悲しい思い出は、民子に華麗にスルーされたが、今は仕事の最中だ。私語は禁物。ふたりは地域活性化を任された公務員。現に今、民子は必死にアイデアを練っている。

 学は自分で自分を納得させた。


「味噌おでんの看板屋台は、串カツもカラっと揚げたら、厨房の味噌モツ煮の鍋にドボンと突っ込んでフィニッシュじゃん。何を食べても味噌味しか出てこーせんからね。もちろんソースで食べたかったら店主に言えば、そのまま出してくれるで心配はいらんけど。不服そうにはされるわね。なんで名古屋にいるのに味噌で食べんの? って言いたげにされるから。空気悪くういきわるなったら移動しよう」

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