第2話 提案屋台一件目

「名古屋は麺文化で知られとるけど、山の幸海の幸も豊富だで。まずは焼き鳥の屋台でコーチン食べてみて欲しいなぁ」

「名古屋コーチンなら、わりとメジャーになっとるしな」


「そう、そこ大事よ。いきなり日間賀島ひまかじま名物のタコの丸茹で薦められたら、知らない人はびっくりするやん。グロテスクだし」


 日間賀島は伊勢湾の東に延びる知多半島の先端にある小さな島だ。

 知多半島からフェリーで十五分。

 そこは名産タコのワンダーランド。

 最近は温泉が湧いたことで、観光客も増大している。


 そうなのだ。

 県庁のある愛知県は銘泉もたくさんあるのに知名度が低すぎる。温泉なんて湧いていない県だと思われがちだ。


「お前。日間賀島だって愛知県だぞ? 職員が悪口言うなって」

「私は客観的に言っているだけ。あんたさぁ。屋台に案内されて一品目に、頭も足もついたまんまの茹でダコを、ハサミで好きなように切って、生姜醤油つけて食べてって言われたら、どうすんの? まだ、これから何件もはしごしようと思っとるのに、タコだけでお腹いっぱいになっちゃうに」


「俺は、そこまでタコ推しじゃない。悪口言うなって言っただけ」


「ほんなら、屋台でも居酒屋でもかしわの旨味を味わうんなら、ぜひ塩でって感じだよね。名古屋で味噌味じゃない食べ物って貴重だから、ここは塩にしときゃあねって、あんた。ホームページに書かんとかんよ」

「なんで俺が作る話になってんの?」

「そりゃあ、あんたが作った方が上手だからに決まってるじゃん」


 民子は何の屈託もなく言い切った。素直過ぎて戸惑うことも多いのだけれど、そこが学は裏表のない民子の可愛さなのだと思っている。

 学は素直に焼き鳥は塩でと、パソコンに書き込んだ。性質は陰と陽だが、民子のように女性が陽のペアの方が、物事は前に進みやすい。


 「あとは手羽先も欠かせんね。唐揚げした手羽に、醤油と砂糖の甘じょっぱいタレを絡めて、謎のピリ辛スパイスと胡椒をドバーッとかける。ドバーッとね。しゃちほこビール、がんがん呑まんと食べれーせんよ。辛いにぃ」


 語尾の『にぃ』のイントンネーションは上げ気味だ。何かを企む時の発音だ。民子は純真無垢な観光客が手羽先の辛さに悶絶する様が見たいのだ。

 かなりなSが入っている。

 だとするのなら、自分はMか? Mなのか?

 学は自分に問いかけずにはいられない。


「だけど、手羽は付いとる肉が少ないで。食べても食べても腹ふくれぇせん。焼き鳥と手羽先は前菜にして、次行こか。はしごが前提の屋台だから、ひと皿の量も少なめでリーズナブル。ちょっとつまんで、気軽にお勘定できるのがいいとこだがね。屋台はね」


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