百合の花は再び咲く

(Ⅳ)

トーポ・スピナディフォーコ・ヴォート

 異世界の地球から召喚された外来人類は、この世界において圧倒的な破壊力を持つ魔法を扱う力、魔力をほとんどの在来人類よりも多く持っていた。やがて彼らが結託し、在来人類の支配に乗り出した時、在来人類は逃げ出すことしかできなかった。


 大陸の端まで逃げた僅かな在来人類は持てる技術をすべて使い、星の外へと逃げた。そして、手を差し伸べた地球共和国を名乗る高度文明の力と恨みの力で宙に国を作り上げた。


 地上に取り残された在来人類は支配され、覇者となった外来人類に利用され続けた。


 そして世代交代も起きぬ程度の時が流れる。


 ある時、外来人類に保護された種族、魔物。その王の住む都に巨大な隕石が降った。必死の抵抗により隕石は三つに分かれて予想された軌道を大幅に逸れた。


 一つは海に落ち、湾岸の都市を壊滅させた。一つは山に落ち、窪地にした。一つは平野に落ち、そこを同じ名前の湾へと変えた。


 それは逃げ出した在来人類から外来人類への宣戦布告であった。


 開戦から数ヶ月が経った時、星のほとんどを掌握していた外来人類は制海権と制宙権、そして領土の53%を奪われていた。


 大陸の最東端のさらに東の列島。外来人類になぜか愛されたその土地と住民は発展を遂げた。数十年の間に立ち並んだビル群には、開戦から数か月後経ったある日燃料気化爆弾が投下され、すぐさま廃墟になってしまった。


 焦げ付き、布切れのついた肉塊が転がり、残った建造物も激しく損傷している街に、三人の兵士を乗せた一機の自動ヘリが向かっていた。


 正確には一人と二機という珍妙な編成だったが、それは三人と呼称されるべき存在だった。三人とも確固たる自我があり、未来を考えて自律ができた。


「頭が青いのが23番で、赤いのが56番だな?」


「ええ。ついでに、右手の武装がライフルなのが私、ショットガンなのが愚弟です。フォーコさん」赤い頭の人型機械が一つしかない目を赤く光らせて腹を立てた事を示すが、23番はそれを無視して灰色の髪をした少女にそんなことを言った。


「おい兄貴……」「フォーコさんじゃなくて、307番って呼んでくれないかな?」56番の言葉を遮り、散切り頭の少女は疎外感を受けていることを遠回しに伝えた。

 

「珍しい方ですね。我々にあだ名を付けるのではなく自分に番号をつけるとは」23番の言葉には笑い声も混じっていた。さらに56番の目の光も赤から白へと戻った。


「気に入ったぜ307番。何とか生き残ろうや」56番は笑って307番の肩を何度も叩いた。


「痛い痛い」56番の手を止める307番の表情も笑っていた。


「なあ、307番。あんたは<戦場の黒鳥>って噂はどう思ってる?」56番が兵士の間で流行っている噂を持ち出す。戦時という極限の状況が生んだ幻覚かは分からないが、黒い飛翔体が戦闘に加勢することがあるというものだった。その内容は補給物資の投下から外来人類軍への狙撃、果ては爆撃まで様々だった。


「さあ? 味方ならいて欲しいけど」307番は興味がないということをはっきりと態度に示していた。


「そうですね。仕事の話をしましょう。今回、我々が殺すべきは外来人類の一人タナゴ・シマとその仲間。画像があるようですね」23番はさらにその話をどこかに放り投げて、これからの話を始め、同時に十数人の女性と一人の男の写真を取り出した。それを見た307番の目が大きく開き、すぐに何もなかったように元に戻った。


「魔法とかいうのぶっぱなしてくるいつもの外来人類と仲間たちだろ?」56番はタナゴとその仲間を嘲笑う素振りを見せる。


「その通りだが、満身はするなとのことだ。それに、人間を強制的に隷属させる魔法とは別の能力を使ってくるらしい。しかも、それをやられると老いなくなって、老衰で死ぬこともできないとか。気を付けてくれ、307番」23番もタナゴ達のことを見下してはいたが、警戒をし続ける姿勢は見せていた。


「この街も、酷い有様だね」眼下に広がる街を、眺めながら307番はそう呟いた。


「戦争だからな」56番も、納得のいかない心を押し殺しながら、納得のいく言葉を紡いだ。


 次の瞬間、ヘリのローターに長い紙が巻き付き、その動きを止めた。すぐに三者がパラシュートを背負い、それぞれ幾つかの物資を持ってヘリから飛び出す。


 無数の紙が突き刺さって爆発するヘリを背に、三つのパラシュートが街へ降りていく。しかし三人は爆風にあおられ、別々の場所へと着地することになった。


 偶然着地点の近かった307番と56番は、すぐ近くに紙の元がいることに気が付いた。無数の紙が飛び出す廃墟、その隣の廃墟に二人は飛び込んだ。


「307番の通信機は大丈夫か? 俺のはいかれちまった」56番が307番に、火花を出している自らの通信機を見せてそう言った。307番も腕に付けている通信機が故障し、へこんでいる所を56番に見せた。


「そうか、爆薬がある。こいつでここを爆破して、隣を押しつぶそうぜ」56番が四本の爆薬を取り出して半分の二本を307番に投げ渡した。二人は、隣のビル周りに爆薬を仕掛け、そこからコードを伸ばしながら、爆発と倒壊の範囲外まで移動しようとした二人は、自分の方を向く小さな紙に気が付いた。そして次の瞬間、無数の紙が二人に向けて飛んできた。


「まずい!」307番がそう叫び、コードを抱えてビルの奥へ飛び込んだ。しかし、56番はそれを躱しきれずに関節や胴体に紙が刺さった。

 

 足が一瞬止まった56番が再び走り始めるまでの時間のために、307番は持っていた散弾の弾薬を全てビルの外から飛んでくる無数の紙に向けて投げ、それに向けて持っていたショットガンを打ち切った。


 ショットガンから放たれた散弾に、空中の弾薬がぶつかり、それから放たれた散弾が他にも、というようにその空間にある散弾が鼠算式に増えて行った。


 その隙に二人は必死にビルの階段を登って行った。しかし、少しづつ56番の足取りが重くなり、途中の階の廊下に倒れ込んだ。それに気が付いた307番が足を止めて彼に駆け寄る。


「置いていけ」56番のこの言葉は無視され、307番は彼を部屋の一つの中へ引きずっていった。


 無数の紙が集まり、少女の形を形成する。それは、ゆったりと階段を上り始めた。


「なあ、307番、すごく……眠いんだ。後は頼む。これを持って行ってくれ」56番が自分の型式番号が書かれた頭部のパーツを外し、307番に渡す。そしてすぐ彼の胴体に大量の火花が走り、彼の目からは光が消えた。


 307番は手の中に残った小さな板を、服に幾つか付いたポケットの中にしまった。


 硝煙と死体の焦げた匂いが広がるビルの一室で灰色の散切り頭の少女が、窓から大通りを覗く。時折遠くのショッピングモールの方から銃声や爆発音が鳴るが、他に彼女が得られる有益な情報はなかった。


少女は近くにあった戦友の銃から弾を抜いた。


 階下からの足音を聞き、少女は息を潜めてドアに向けて銃を構える。足音が近づき、部屋のドアが僅かに動くと、躊躇なく銃をドアに向けて撃った。


 放たれたスラッグ弾頭は、扉を易々と貫いて向かい側にいた黒髪の巫女服のような少女の体を貫く。貫かれた少女の肉体は紙のように変化して塗装の剥がれかけた地面に散らばった。

 

 外来人類によって能力を底上げされた彼らの仲間と、死にかけて冷凍睡眠させられた人間への非人道的な実験を耐え抜いて蘇生した強化人間フォーコの身体能力は互角だった。腕のいい人間がよく狙えば当たる。強い弾が当たれば死ぬ。


 それは魔法がなければの話である。隣のビルから飛んできた紙の鳥に乗った少女が迫り、それにも弾を打ち込むが同じように紙になって散っていく。


 フォーコは部屋の外に飛び出して廊下を走り、既に穴が開きかけた壁を蹴り大穴を開けた。そしてそのビルのコンクリートの壁を、力に任せて登り、屋上までやってきた。


 彼女が手元のスイッチを上げると、彼女の足元のビルの基礎に取り付けられた爆弾が作動し、ビルは轟音と共に隣のビルを押し倒しながら倒れていく。そして隣のビルと共に中にいた巫女服の少女を押しつぶしながら崩れてしまった。


 瓦礫の中からフォーコが抜け出す。体にも軍服にも大量のコンクリ片と錆びた鉄の模様を付けながら。


 そして、ショッピングモールの方向からやってくる人間の集団を見て、すぐに地面に伏せた。


 外来人類は魔力と関係のない能力を一つ持っている。フォーコの妻を奪った男タナゴ・シマの能力は自身に触れた雌を強制的に下僕にするというもの。彼女の妻は彼の嫁の一人のように振る舞っていた。


 彼の嫁はその美しい空色の瞳を崩れた二棟のビルの方に向けた。その直後、彼女の手のひらから数千の氷の礫がビルに向けて放たれる。


 自らの妻の殺意を感じ取ったフォーコは、大通りとは逆に飛び降りて、ビルとビルの間の広くはない道を通ってショッピングモールへと逃げて行った。正確には、そこに残っているであろう仲間の元へと逃げて行った。


 ショッピングモールの広大な駐車場には、ヘリから落ちたらしい物資の箱があり、その中に対物ライフルがあった。かなりの重量のあるそれを背負ったフォーコは、ショッピングモールの中へ入って行った。五階のうち三階までが吹き抜けの買い物の場所で、残りが屋上も含めて駐車場になっている。


 フォーコは、吹き抜けを登って三階に立ち、エレベーターの扉を蹴破ってさらに上へと登った。屋上に着いた307番は、すでに目の光を失いかけている23番を発見した。


「さっきぶり……ですね。307番。奴らは、素人です。私が突っ込んだ時、一瞬攻撃が遅れました。弟にも……伝えて……」23番はそれだけを言って、目の光が消えた。


 307番は、56番が自分自身でやったように、23番の頭部のパーツを外した。そしてそれをまたポケットの中に入れた。


 サレナは対物ライフルを背中から取り出し、腹ばいになってライフルを構える。ショッピングモールに向けて歩いてくるタナゴ達の内、美しい長い銀髪と空色の瞳を持つ彼女の妻の頭を狙って引き金に指をかけた。


 幼少期からの記憶が、フォーコの脳内に流れる。


 銀色の髪、空色の瞳、薄橙の肌、濃いピンクの粘膜。それらは、家族とは違う初めて見るものだった。灰色の髪、墨色の瞳、薄緑の肌、濃い青緑の粘膜を持つ彼女にとって。


「私はポラーリ家のジャロ・ナルチソ・ポラーリです。これからよろしくお願いいたします。トーポ・スピナディフォーコ・ヴォートさん」フォーコの記憶に残る最初の妻の記憶。


 下手な場には連れ出せぬが、身内としか話さないのも良くないと預けられた幼児の学校で初めて出会った時に言われたそれは、彼女と同い年の五歳の幼女の言葉としてはとても丁寧で、鮮烈な印象をフォーコに与えた。


 

 

 幼馴染として、親友としての二人はそこから始まり、彼女らが十代前半の時に終わりを迎えた。


「政略結婚かあ……」ジャロの育てたチューリップの花畑の細道で、フォーコの作ったクッキーに近い焼き菓子を食べながら二人はその知らせについて話し込む羽目になっていた。


「私は、いいよ。子供を育てるのも」その言葉と共にジャロがフォーコに顔を向けて笑った。


 フォーコは、その前にある行為を想像して顔を赤くする。それをジャロは見て、抱きしめた。


「急に、なに」フォーコがそれを振りほどこうとして、力負けしてしまい、それは無駄な行動に終わる。


「フォーコは、嫌なの? 子作り」ジャロの言葉は、凄まじい圧力をフォーコにかけた。


「考えさせて」この言葉をフォーコは後悔し続けていた。


 彼女が考えている間に、ジャロは奪われてしまったのだ。それも、二度と戻らない形で。


「私はタナゴ様の物。あなたもすぐにこうなれる」それが、フォーコの知る最後のジャロの言葉だった。この申し出を断ったフォーコは、ジャロの魔法で氷漬けにされたのだ。


 フォーコは、少しの躊躇の後に引き金を引いた。


 大口径の弾丸は、頭に当たる前に巨大な手に受け止められた。タナゴの傍らに

いた幼女が巨大化し、弾を防いだのだ。


 ショッピングモール以上の背丈となった幼女が屋上のフォーコを叩き潰そうと左腕を振り上げる。


 フォーコは対物ライフルと56番を放棄して屋上を走り、腕が振り下ろされる前に幼女の向かい側に飛び降りた。車をひしゃげさせて着地し、すぐに再び走り出す。


 黒い飛行体が幼女とショッピングモール間を高速で通り抜けた。


 崩落していくショッピングモールを背に、フォーコは別の立体駐車場に飛び込んだ。そこには、9連装の担げる大きさのミサイルポッドとキーがシートに置いてあるサイドカー付きのバイクがおあつらえ向きに置かれている。数重の天井に穴が開いていたことから正確には、高い空から救援物資として落とされていた。


 彼女はその出来過ぎた偶然のようなものに首を傾げる暇もなく、疑問とミサイルポッドを抱えてバイクのエンジンをかけた。そして巨人がまだ遠くに居ることを確認して、駐車場の屋上まで登った。


 自身の方へ走る巨大な幼女に向けて、折り畳み式の取っ手を開き四角いミサイルポッドを担ぐ。そして、取っ手についたレバーを引くと九つのミサイルが放たれる。


 九つのミサイルは幼女に直撃する寸前で、巨大な魔法陣に墳進を阻まれ爆散した。


「弾がなくなるまで打ち切っても、奴らには効かないか……」


 フォーコは逃げるため、バイクの方向を変えて屋上から降りようとする。そして、黒い飛行物体が空にあることを見つけた。


「本当だったか」それを見てフォーコはそう言った。


 黒い飛行物体は、巨大な翼とずんぐりとした胴体、そして小さな二門の砲を備えていた。そして砲は、タナゴ達の方へ向けられていた。


 砲から光線が放たれ、タナゴ達の周辺の地面に衝突して煙をまき散らした。その隙に黒い飛行物体はフォーコの元へ降りていき、着地した。


 ずんぐりした胴のハッチが開かれ、その中から手が出てきて黒い骨伝導のイヤホンをフォーコに渡した。


 それをフォーコは何も聞かずに付けた。


「あの中核に居るタナゴを殺せば、奴に支配された存在は元に戻る」骨伝導イヤホンからの言葉が、フォーコの心を鷲掴みにした。


「突っ込むぞ。救いたい奴だけ捕まえておけ」黒い飛行体がタナゴ達に向けて飛び始め、フォーコもそれに呼応してアクセルを踏み、立体駐車場を飛び出した。


 閃光が黒い飛行体から放たれ、タナゴ達の目を眩ませる。アクセルを限界まで踏み込んだフォーコは、魔法陣を構えた妻の腕を撃ち抜き、すぐに彼女の肩を掴んでサイドカーに放り込んだ。


 一瞬の衝撃の後、タナゴの嫁たちが逃げるフォーコに向けて魔法弾を放つ。それを必死に躱し、その場から逃げ出した。


 黒い飛行体は、反撃による損傷を無視してタナゴに向けて空中を飛び回りながら砲を撃ち続けた。魔法の防壁と、科学の装甲の戦い。


 先にガタが来たのは科学の方だった。地球の局所戦闘機、雷斧の黒い装甲がボロボロと崩れながら、それは地上に落ちた。その中から鼠色の人型機動兵器が飛び出し、油断したタナゴに近づいて頭を掴み、握り潰した。


「人の星で勝手に新型機の実験なんてするから」雷斧のパイロットは自虐的にそうつぶやいたが、バイクに乗る二人を見て、口を閉じた。


 ジャロは正気を取り戻し、隣にいる少女がフォーコであることを知った。停止したバイクの上で、二人は抱き合い、しばらくの間感情を吐露し続けた。




 戦争が終結し、平和が訪れる。戦火の届かなかったのどかな街の赤い屋根の小さな家に三人家族が暮らしている。


 少女が学校に行くためにその家を飛び出した。彼女の瞳は空色だった。彼女の髪は灰色だった。彼女の肌は薄橙だった。彼女の口の中は青緑だった。

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