東の王子の話

鹿角まつ(かづの まつ)

 東の王子の話

 

 昔むかし、東の国のお城に王子が住んでいました。

  王子は狩りが好きで、その日も王子は狩りをしに、りっぱなマントと帽子を身につけ、弓矢をたずさえて、家来たちを連れて森へ行きました。

 しかしその日は運わるく、王子たちが森の奥に進むにつれて、辺りは白い霧が立ち込めてきました。

 霧はどんどん濃くなり、気づけば王子は家来たちとすっかりはぐれてしまいました。

 王子が途方に暮れている間にも、陽はどんどん落ちていきます。

 空腹と暗さで心細くさまよっていると、しげみの奥に、焚き火のほのかなあかりが見えました。

 近づいてみると、どうやらこの辺りの木こりがひとり、一休みして火を焚いているようです。

 王子はこれはありがたいと思い、話しかけようとしましたが、王子である身分がばれたら大変と、宝石の飾りがついた帽子を取り、マントを頭からすっぽりかぶって顔を半分だけ出すと、木こりのいるところまで近づいて、こう話しかけました。


 「わたしは隣の国の商人で、森をとおって街に出るつもりだったのだが、道に迷ってしまった。どうか火にあたらせてくれまいか。」


 木こりは無口な男でしたが、こだわらずに焚き火であぶった腸詰めやパンを王子に分け、夜は古い毛布を出して、王子にかけてくれました。

 木こりが張った粗末な幕の下で、王子は焚き火を見ながらぐっすり眠ってしまいました。


 翌朝、霧はすっかり晴れ、手分けして一晩中王子を探し回っていた家来たちは、森の奥で王子を見つけました。

 王子は毛布にくるまれて、木陰でぐっすり眠っていました。

 家来たちが喜びの声を上げて王子にかけ寄ると、王子は気がついて家来たちに昨日の夜のことを聞かせました。

 王子は昨日の木こりの親切を思い出し、あの木こりはどこにいるかと周りを見まわしましたが、どこにもいません。

 見れば頭上に張られていた幕もありませんでした。


(なんと、きっと家に帰ったのだな。わたしの命を助けてくれたお礼がしたいものだ…)


 そうして王子は家来に連れられて、無事お城に帰還しました。


 

 さて次の日、王子は家来たちをともない、荷車に礼の品をぎっしり積んで、馬車に引かせ、森の近くにある小さな村まで行きました。

 家来たちは手分けして、そのあたりを通る村人たちに聞いてまわりました。


「昨日この森の中で木こりに出会ったのだが、この村の誰なのか知らぬか。亅


 しかし村人たちは、誰に聞いても口をそろえて言うのでした。


 「きのうは霧が濃かったから、山に入った者はいねえよ。」


 道で出会った者だけではなく、村人の家々を一軒一軒訪ねて木こりを探しましたが、とうとう王子たちは、木こりを見つけられませんでした。




 その頃、森をはさんで向かいにある西の国では、

 西の国の城に住む王子が、

 自分の身をうれいこの世をはかなんで、しろを飛び出し放浪の旅に出たと、

 国じゅうでうわさになっていました。


しかしはるか遠い西の国のうわさは、

東の国の王子にはいっさい聞こえてこないのでした。


 まだ携帯もSNSもなかった頃のお話。


                        おわり

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東の王子の話 鹿角まつ(かづの まつ) @kakutouhu

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