銃声響く都市で

夜桜くらは

銃声響く都市で

 高層ビルがそびえ立ち、ネオンの光が闇夜を照らし出す。無数の電光広告が壁面を飾り立て、ビルとビルの谷間には巨大な看板がひしめいている。路上には常に人が行き交い、それぞれ思い思いの方向へと流れてゆく。

 進化したテクノロジーに支えられたこの都市では、もはや人類の生活様式は過去のものとなり、人々は超高度な技術を自在に操るようになっていた。


 都市の支配者は、人類ではなく人工知能たちだった。彼らは自己学習機能を備え、人間と寸分違わぬ外見を持ち、そして人間には到底不可能な技術を扱うことができた。

 人工知能たちは、瞬く間に人間の支配領域を奪い取り、いまやこの大都市で暮らす人間は一握りとなっていた。


 しかし、そんな状況下にあってなお、希望を捨てない者たちがいた。彼らはレジスタンスを結成し、人工知能による統治から人々を解放するべく戦い続けているのだ。


◆◇◆◇◆


「反抗者A、北西へ逃走。追走する」

「了解。見つけ次第確保する」


 狭い路地裏を駆け抜ける影があった。それを数人の男たちが追跡している。

 追っ手の二人は、その手に銃火器を構えていた。黒光りする銃身が、薄暗い路地を断続的に照らす。


 銃口の先には、一人の少女がいた。歳は十代半ばほどだろうか。明るい茶色の髪をポニーテールにまとめている。彼女は後ろを振り返りもせず、ひたすら走り続けていた。追っ手を振り切ろうとするかのように、右に左に曲がりくねった道を選んでいる。

 だが、追跡者たちは彼女を見逃しはしなかった。まるで彼女の行く先がわかっているかのように、的確に先回りしていく。やがて、袋小路へと追いつめられた少女は、壁を背にして振り返った。


「くっ……こうなったら……!」


 追い詰められた少女の目に闘志が宿る。腰に提げたホルスターから拳銃を抜き放つと、追っ手に向けて構えた。

 その頃には、既に追っ手たちも追いついていた。手にした銃器を構え、少女を取り囲んでいく。


「……っ!」


 多勢に無勢の状況下にあって、少女はわずかに顔をしかめた。しかし、その瞳にはまだ諦めの色は浮かんでいない。むしろ、この状況を打破するための方法を考えているようにすら見える。

 じりじりと包囲網を縮めていく男たちに対し、少女は慎重にタイミングを見計らっていた。そして、ついにその瞬間が訪れる。


「……今だっ!!」


 叫ぶと同時に、少女は地面を蹴って駆け出した。それと同時に、引き金を引く。銃声とともに弾丸が放たれ、それは追っ手のうちの一人の腹部に命中した。

 だが、被弾した男は一瞬怯んだものの、倒れることはなかった。それどころか、何事もなかったかのように平然と歩み寄ってくるではないか。


「な、なんで!?」


 予想外の出来事に、少女は驚愕する。その間にも、もう一人の男が迫ってきた。彼は手にしていた銃を構えると、躊躇ちゅうちょなく発砲してくる。

 放たれた銃弾は、真っ直ぐに少女へと向かってきた。避けなければ確実に命中してしまうだろう。


「きゃああっ!!」


 悲鳴を上げながらも、なんとか直撃を避けることには成功した。しかし、完全に回避することは出来ず、弾は腕をかすめていった。鋭い痛みが走り、鮮血が飛び散る。


「無駄な抵抗だ。大人しく投降しろ」


 銃を撃った男が言う。その声は冷静沈着で、感情を感じさせないものだった。


「誰がそんなこと……! アンタたちに……従うくらいなら……」


 その台詞を言い終わらないうちに、少女の身体が崩れ落ちる。どうやら体力の限界が訪れたようだ。男たちは顔を見合わせてうなずき合うと、少女を捕らえるべくゆっくりと近づいていった。


 ──その時だった。突然、激しい銃声とともに、一発の銃弾が飛んできた。狙いたず、それは一人の男の頭部に命中し、金属同士がぶつかりあうような音を響かせた。撃たれた男の頭からは火花が飛び散り、そのまま倒れて動かなくなる。

 続いて二発目が発射され、別の男を捉えた。同様に頭部を撃ち抜かれ、同じようにその場に崩れ落ちる。三発目、四発目も的確に男たちの頭を撃ち抜いていき、あっという間に全滅させてしまった。


◆◇◆◇◆


「……ん……あれ……?」


 意識を失っていた少女が目を覚ます。ぼんやりと霞む視界の中に、人影が映った。誰かが自分を見下ろしているのがわかる。


「あ、シグザー……」


 その人物の顔を見た瞬間、彼女は安堵の表情を浮かべた。目の前にいたのは、長身の男だった。年齢は二十代前半といったところか。長い銀髪を後ろで束ねており、耳にはいくつものピアスをつけている。そして背には大型の狙撃銃を背負っていた。


「ベレッタ、テメェ……」


 シグザーと呼ばれた男が低い声で言うと、少女──ベレッタはビクッと身体を震わせた。そして、ひきつった笑みを浮かべながら口を開く。


「あ、あはは……ゴメンね? 助かったよ~」


 そう言って笑う彼女の顔には、冷や汗が流れていた。その様子を見て、シグザーはワナワナと肩を震わせる。


「このバカ!! だから一人で行動するなっていつも言ってんだろうが! 死にてぇのか!?」

「ひゃうっ!? ご、ごめんなさい~!!」

「それと奴らは頭を狙えって教えただろうが! どこ狙ってんだボケ!!」

「うぅ……だってぇ……」

「言い訳すんじゃねぇ!!」

「ひぅっ!? も、もうしないから許してぇ~!」


 一方的に怒鳴りつけられ、涙目になりながら謝るベレッタ。しばらくガミガミと説教を続けていたシグザーだったが、やがて大きな溜め息をつくと、やれやれといった様子でかぶりを振った。それから地面に転がっている機械人形アンドロイドたちを一瞥してから、再び視線を戻す。


「まあいい。ここは片付いたからな。アジトに戻んぞ」

「あ、待ってよぉ……」


 さっさと歩きだすシグザーを慌てて追いかけようとするベレッタ。そこでふと腕の痛みが治まっていることに気がつく。不思議に思って見てみると、そこには包帯が巻かれていた。彼が手当てをしてくれたのだろうか。そう思うと、自然と笑みがこぼれてくる。


「オイ、行くぞ……なんだ、いつになくだらしねぇツラしやがって」


 振り返ったシグザーが怪訝けげんな顔をする。そんな彼に対して、ベレッタは慌てて手を振った。


「い、いや、なんでもないよっ!? ただ……ありがとね。助けてくれてさ……」


 照れくさそうに頬を染めながら礼を言うベレッタ。そんな彼女を見て、今度は逆にシグザーの方が気まずそうな表情を浮かべる番だった。


「チッ、うるせぇな。とっとと帰るぞ!」

「はーい……」

「ったく……大人しくまもられとけよ、バカが……」


 ぼそっと呟いたその言葉は、しかしベレッタの耳には届かなかったようだった。彼女は嬉しそうに笑いながら、小走りでシグザーの隣に並ぶと、その腕に抱きついた。


「おい、引っ付くんじゃねぇよ」

「いいじゃん、別にぃ」

「よくねぇよ」

「ねぇ、

「……あぁ?」


 唐突に愛称で呼ばれ、怪訝そうな表情を浮かべるシグザー。だが、当の本人はまったく気にしていないようで、ニコニコしながら言葉を続けた。


「えへへ……呼んだだけー♪」

「はぁ……? わけわかんねぇこと言うなや」


 呆れたような顔をするシグザーだったが、それ以上は特に何も言わなかった。代わりにベレッタの頭を乱暴に撫で回す。


「わっ、ちょ、ちょっとぉ!」


 抗議の声を上げるものの、本気で嫌がっているわけではないらしく、顔は笑っていた。それを見たシグザーもまたニヤリと笑みを浮かべると、ぽつりと呟くように言った。


「へっ、やっぱお前はそうやってヘラヘラしてる方がお似合いだぜ。……

「へ……? あっ……ふ、不意打ちは卑怯でしょ!?」


 名前を呼ばれた瞬間、ベレッタの顔が真っ赤に染まる。それを見て、シグザーは満足そうに笑った。


「ケッ、ざまぁねぇな」

「うぅぅ~! ばかぁぁ~!」


 恥ずかしさのあまり、ポカポカと殴りつけるベレッタだったが、シグザーにとっては子猫にじゃれつかれているようなものなので、痛くも痒くもないのだった。

 そんなやり取りをしながら、二人は夜の闇へと消えていった──



 ──この二人は十年後に結婚します。

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