ニコイチ
外清内ダク
ニコイチ
「あんたの右半身、もう腐り始めてる。早く取り替えた方がいい」
誰も彼もに咎められるのがあんまり鬱陶しいので出歩くのをやめて5日目、どうしても捨てておけない残務処理で外出したが、俺は早くも後悔し始めていた。言われなくたって分かってる。俺の正中線から右半分――お前は既に死後8日が経過している。酷い腐敗臭は、お前とくっつきっきりの俺の鼻をこそ最も強く刺激している。全く鼻持ちならない奴だよ、お前は。今やそれが比喩表現じゃ済まなくなったってわけだ。
単位が足りなくてイラついて、誰彼かまわずケンカを売り歩いてた学生時代、ギャンブル・バーでお前と意気投合さえしなければ、俺にももっと違った生き方があっただろうか。大学も辞め、立ち上げたベンチャーでヤク=ザの企業舎弟をつとめ、回されてくる半端仕事をこなしながら必死に生き残るすべを探した。危ない橋を二十も三十渡りきり、渡りきったと思い上がったところで足元を掬われた。敵組織にとってみれば、俺達を丸ノコで縦真っ二つに切断したのは、シノギを横取りされたことに対するせめてもの見せしめだったんだろう。だが現代の医学は公開処刑の猟奇性からすら人を救い出してしまう。俺の左半身とお前の右半身。生き残ったパーツを継ぎ合わせ、俺とお前はニコイチになった。
だのにお前は、俺より先に死んでしまった。
「なあ、親切で言ってるんだぜ。いまどき身体のパーツくらい金さえ出せば……」
「くたばれ、おせっかい」
取引相手の差し出グチに唾を吐き、俺は杖をつきつき家路につく。その途上でコンビニに寄り、25年ぶりで
25年。25年だ。お前が煙たいと言って嫌がるから、俺はこんなにも長期に渡って禁煙を強いられてきた。晩飯の献立だの女の好みだの、つまらないことで意見が食い違うたび、いつかお前をブッ殺して肺いっぱいに煙草を吸ってやると妄想してた。殺すまでもなく癌による臓器不全でお前は死んじまったわけだが、いずれにせよ俺は自由だ。好きなだけ吸える。ざまあみろ。
ハハハ! 笑いが込み上げてくる。すれ違った通行人が奇異の目を向けてくるが、知ったことじゃない。
なあ、俺たちは不思議な関係だったよな。俺らの商売はいつも決まったやり口。お前がゲンコツで顧客を脅し、俺が口八丁でなだめて金を引き出す。山陰の原野だの、ルノアールのジクレー版画だの、ろくでもない商品を物の価値の分からないカスどもに売りつけてきたもんだ。
金なら腐るほど稼いだし、女だって古くなったらいつでも新しいのに交換してきた。だのになぜ、俺はお前の死体を右半身にぶら下げたまま、暑い盛りの道をひとりで歩いてるんだろう。
覚えてるか? 河原町で、飲み屋の女を口説いたこと。あの女、いざベッドに入るときになって、左右半分ずつ縫い合わされた俺たちのチンポを見て悲鳴を上げやがるんだもんな。あれは萎えたよ。でもなあ、お前も悪い。いきなりキレて女をぶん殴るもんだから、俺は後始末に苦労したんだ。お前をなだめて、女にわびて、どうにか関係をとりもつのに小一時間もかけちまった。ほんと、良くないと思うぞ、ああいうの。感情に振り回されちゃいけない。
暴力は道具として使わなきゃ。
冷静さという概念から最も縁遠いのがお前という男だった。やることなすこと全てが熱く、うるさく、大ぶりで、俺はお前の言動に振り回されてばかりだった。まさに情緒の獣。お前のそういうところが、たまらなく腹立たしかったよ。お前と一緒にいると、俺まで感情がヒートアップしてくる。本来の自分じゃなくなってくる。まるで熱病だ。俺はお前の熱に浮かされて、そのおかげで25年も突っ走って来られたのかもしれない。もし俺が一人だったら、俺はこんなに行動的に破滅的に生きられただろうか。もっと慎重に、悪く言えば臆病に、どこかの会社に収まって、案外普通のサラリーマンをやってたかも。そうしてりゃ良かったかな。無難で、安定してる、幸せな暮らし……
幸せ……か。ハ!
お前のせいで俺の人生は滅茶苦茶になったんだ。責任取ってもらいたかったね。だが、俺への心理的負債をまるごと踏み倒して、お前は
ならばもし、死んだのが自分の右半身だったなら――いったいどうなってしまうんだろう。
夏の道が終わる。
俺はやっとの思いで家に帰り着き、汚れたベッドに我が身と杖と、もう動かない右半身を投げ出す。コンビニ袋から引っ張り出したパッケージを噛みちぎり、
25年ぶりの
THE END.
ニコイチ 外清内ダク @darkcrowshin
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