僕だけが見えない『何か』

音音

短編作品 【僕だけが見えない『何か』】

「なあ、マー君」

「ん?」


「ずっと見てくるよね、あのおじさん」

「えっ、ごめん目悪くて何も」


「そか、気味悪いからもう行こ!」

「うん」


「…なあ、マー君」

「んっー?」


「怖くないの?…それ」



_____短編作品【僕だけが見えない『何か』】



 ドカドカっと騒々しい足音で目が覚める、横では妹の涼花が忙しなく布団を片付けていた。


 起きたなら片付けてと、乱暴に毛布を投げつけてくる。仕方がないので自分のものを押入れに仕舞った。


 最近、妹は僕を避けるようになっていた。母親は思春期だからよと、若干言葉を濁しながら僕をなだめた。


 なぜ避けるのか、実はわかっていた。お母さんも分かっているから僕に気を使っているのだ。

 

 家族には僕には見えない『何か』が見えている。


 そして、その何かは、僕を見つめている。


 見えているのは家族だけじゃなく、友達や隣の部屋のおにいさん、担任の先生までもが見えていた。


 家族以外の人が見えているのか、確認はしていないが反応を見れば明白だった。


 朝食のハムサンドを口に詰め込み、早々と家を出て学校へと向かった。


 教室に入るといつも集まっている友達の輪の中に飛び込む。


 おはようと軽く挨拶して、たいして内容もない話をぺちゃくちゃと話した。


 不意に誰かの視線を感じる、振り返るが誰か見ていたような、それでいて誰も見てもいないような…。


 友達に呼ばれ首の向きを戻す、ちょうど担任が教室に入ってくる、各々が自分の席に着いた。


 昨日より若干、授業時間が早く過ぎたように感じる。


 いつの間にか昼休憩の時間になっていた。


 いつものグループ、いつもの拓真の机の近くで弁当を囲む。


 いつも通りの、他愛のない時間が過ぎるはずだった。


 昼休憩の時はスマホゲームをこのグループでするのがいつものお決まりだが、今日は違った。


 ちょっと…こっち来い、と拓真は僕を引っ張り教室から連れ出した。


 仕方がないので、抵抗せずについていく、人が一人もいない廊下の端まで来ると拓真は止まった。


 なんかあった?不安そうに僕に呟く。何もないけど…どうしたんだよ、とできる限り気楽に返す。


 いや、それならいいんだけど…言葉を濁しなが続けた。


 「近づいてるぞ」


 拓真いわく、『何か』は僕に向かって手を伸ばせる範囲までいるらしい。


 何もないならいいけど、なんでも俺に言えよ、と拓真は真剣な顔をし先に教室に戻っていった。


 

 放課後、部活も何もないので皆にバイバイとだけ言って学校を出る。


 拓真は優しい、だから他の人たちより見えてしまうのだろう。


 拓真以外のグループの子たちは見えていたり、見えなかったりちらほら。


 ただ皆どこかで怖い思いをしているだろう、…拓真もきっと勇気を出して僕に伝えたんだ。


 家に着く、お母さんはお帰り~と元気そうに言う、カバンを廊下に置き、リビングに向かう。


 ただいまと言った後、母親の目の前だが、やはり今しかないと思った。


「なあ、だれかいるの」


 お母さんは何言ってるのと笑っている、そして震えている。


「いい加減にしてくれねーかな、僕には見えないけど…」


「みんなが怖がってんだよ」


 言葉の後、静かな空間にかすかに物音がする。


 「…ドッ」


 洗面所からだろうか、洗濯機?今は洗濯などしていない、でも…。


「ドンッ…」


………………ドンッドンドンドンッドンドンッ、ドンドンッドンドンドンッドンドンッ、ドンドンッドンドンドンッドンドンッ、ドンドンッドンドンドンッドンドンッ、ドンンドンッ、ドンドンッドンドンドンッドンドンッドンドンッドンドンドンッドンドンッ、ドンドンッドンドンドンッドンドンッ、ドンドンッドンドンドンッドンドンッ、ドンドドンドンッドンドンドンッドンドンッ、ドンドンッドンドンドンッドンドンッ、ドンドンッドンドンドンッドンドンッ、ドンドンッドンドンドンッドンドンッ、ドンドンッドンドンドンッドンドンッ、ドンドンッドンドンドンッドンドンッ、ドンドンンドンッドンドンッ、ドンドンッドンドンドンッドンドンッ、ドンドンッドンドンドンッドンドンッ、ドンドンッドンドンドンッドンドンドンッ、ドンドンッドンドンドンッンドンッドンドンドンッドンドンッ、ドンドンッドンドンドンッドンドンッ、ドンドンッドンドンドンッドンドンッ、ドンドンッドンドンドンッドンドンッ、ドンドンッドンドンドンッドンドンッ、ドンドンッドンドンドンッドンドンッ、ドンドンッドンドンドンッドンドンッ、ドンドンッドンドンドンッドンドンッ、ドンドンッドンドンドンッドンドンッ、ドンドンッドンドンドンッドンドンッ、ドンドンッドンドンドンッドンドンッ、ドンドンッドンドンドドンドンッドンドンドンッドンドンッ、ドンドンッドンドンドンッドンドンッ、ドンドンッドンドンドンッドンドンッ、ドンドンッドンドンドンッドンドンッ、ドンドンッドンドンドンッドンドンッ、ドンドンッドンドンドンッドンドンッ、ドンドンッドンドンドンッドンドンッ、ドンドンッドンドンドンッドンドンッ、ドンドンッドンドンドンッドンドンドンッドンドンッ、ドンドンッドンドンドンッドンドンッ、ドンドンッドンドンドンッドンドンッ、ドンドンッドンドンドンッドンッ、ドンドンッドンドンドンッドンドンッ、ドンドンッドンドンドンッドンドンッドンドンドンッドンドンッ、ドンドンッドンドンドンッドンドンッ、ドンドンドンドンッドンドンッ、ドンドンッドンドンドンッドンドンッ、ドンドンッドンドンドンッドンドンッ、ドンドンッドンドンドンッドンドンッ、ドンドンッドンドンドンッドンドンッ、ドンドンッドンドンドンドンドンッドンドンドンッドンドンッ、ドンドンッドンドンドンッドンドンッ、ドンドンッドンドンドンッドンドンッ、ドンドンッドンドンドンッドンドンッ、ドンドンッドンドンドンッドンドンッ、ドンドンッドンドンドンッドンンッドンドンドンッドンドンドンッ、ドンドンッドンドンドドンッドンドンドンッドンドンッ、ドンドンッドンドンドンッドンドンッ、ドンドンッドンドンドンッドンドッ、ドンドンッドンドンドンッドンドンッ、ドンンドンッドンドンドンッドンンッ、ドンッドンドンドンッドンドンッ、ドンドンッドンドンドンッドンッ、ドンドンッドンドンドンッドンドンッ、ドンドンッドンドンドンッドンドンッ、ドンドンッドンドンドンッドンドンドンッドンドンッ………………………


 「「ドンッ!」」




 どれほど時間が経っただろうか、僕に降り注いだであろう呪いから守るように母親が僕を抱きしめ続けた。


 いつの間にか、狂ったように暴れていた洗濯機がぴたりと動きを止めている。


 その数日後、僕たちの家族はこの団地から引っ越すことになった。


 父は母が引越しの提案を出した時、すぐに了承をした。妹も何も文句を言わずに、ただ深く頷いた。


 友達との別れの際、多くのクラスの友達はなぜ引っ越すのかと不思議そうに訊ねてくる。


 父親の仕事の都合で、とあやふやに誤魔化した。そんな中で、拓真を含める数人の友達はそうかと何かを悟ったように呟き、いつでも遊ぼうと最後の挨拶を交わした。




 引っ越しから数週間が経つ。


 なんとか新しい学校で喋れる仲間も見つけ、新しい家の部屋に溜まった段ボールも片付いてきた。


 新しい住処は駅から20分程歩いた所にあり、以前住んでいた団地よりやや大きいアパートだ。


 部屋の片付けをしている妹の代わりに自販機でジュースを買いに外へ出る。レモネードお願い、と駄賃も渡されずにパシリにされてしまった。


 アパートの下にある自販機にてレモネードを探す、二つも設置されているのにレモネードはどこにも見当たらない。


 ため息をつきながらコンビニへと向かった。


 目当てのものを買い、コンビニから出る。少し距離はあったが初めてこの地区のコンビニに行った。


 ちょうど駐車場の端に猫がゴロンと腹を見せながら寝転んでいる。


「かわいい…」


 ゆっくりと近づき、くつろぐ猫の姿を見つめる。


 不思議そうに、猫も僕の後ろを見つめていた。

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僕だけが見えない『何か』 音音 @inunekonoheya

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