第1話 アウトローへの道
この世界に仕返しをする。
そう決意して、私は運良く逃亡を成し遂げた。
だが、この奇跡がいつまで続くかは分からない。曲がりなりにも管理されていた奴隷農園時代に比べ、逃亡奴隷は社会からのはみ出し者だ。見つかって捕まれば、間違いなく殺される。一人で身を隠すこの生活では、些細な怪我でも命取りになりかねない。
ただ、いつ死ぬか分からないからこそ、せめて、死んでから少しでも仲間たちに自慢話ができるようになっていたい。「ちょっとはこの世界に仕返してきたぞ」と。
そんな覚悟を胸に、私は森の奥深くに身を潜める。
そして潜伏生活も、早いもので三か月が過ぎた。
バブル♪バイブル♪ベジタブル♪
ピーマン食べたらスーパーマン♪
今や私は、悲壮感もさっぱり忘れて、鼻歌を歌っていた。
私の使える魔法は土魔法だ。これを使えば植物が一瞬で成長する。だから、元となる木や種さえあれば、野菜も果物も望むがままに手に入った。
夜は土の穴倉を作り、その中にコケのベッドを作って眠る。湿気が多少気になるけれど、奴隷農園時代の雑魚寝よりもよっぽどいい。
そんな風に、森の中の生活は、奴隷時代の辛い思い出を吹き飛ばすくらい快適だった。当初は世界に復讐するという決意に燃えていたが、この平和な日々を送るうちに、いつしかその決意も白くなってゆく。
「いかん、いかん。これが楽を覚えて堕落するというやつか。いや、奴隷時代散々苦労してたんだ、少しくらいは……いやいやいや」
私は、あのころの思い忘れまいと首を振る。
ただ、堕落するほど快適でも、全てが完璧というわけでもなかった。
逃亡奴隷狩りから身を隠さないといけないし、猛獣や害獣の脅威もある。また地形リスクも半端なく、実際に一度崖から落ちて死にかけた。
そんな中でも生きてこれたのは、土魔法のおかげだった。
「いやぁ、私、土属性でほんと良かった!」
そう言いながら、土にポンポンと手を当ててお礼する。
この世界には、土魔法や服従魔法といった魔法がある。だから、他にも色んな魔法があるのだろう。
ただ、私が使えるのは土に関連する魔法だけだった。私は土属性なのだろう。
「前世のイメージだと土ってハズレ属性だったけれど、とんでもない!」
よくあるファンタジーの設定では、火、風、水、土といった属性がある。
その中では火が人気な気がするけれど、火は食べられないし、カロリーだってゼロだ。風は物体ですらないし、やはりカロリーがゼロ。水魔法は、喉が渇いたときに便利だろうなと思いはしたが、土魔法で育てた果実で喉をうるわす事もできる。しかもこっちはカロリー付き。
つまり生活においては土魔法が最強なのだ。
ただ、そんな土属性でも、一つだけ問題があった。
土魔法で作れる食事は……タンパク質がほぼゼロなのだ。
土魔法で作る野菜や果物は非常においしいので、毎日楽しく食事をしていた。けれどもそんな中、前世の記憶がこだまし始める。
――健康的なバランスの取れた食事を。
そんな厚生労働省かどこかが洗脳のように繰り返していたフレーズが、頭の中をリフレインし始めたのだ。
ならばと、小動物を捕まえようと罠を仕掛けてみたけれど、罠の作り方なんて知るはずもなく空振りばかり。虫なら簡単に取れるけれども……虫を食べるくらいなら、栄養失調を選ぶね、私は。
だから私は、川べりに通って魚を追いかけることにした。
これが、私がアウトローへと進むきっかけだった。
◇
私は今日も川べりで魚を追いかける。
ここ数か月、努力し続けた。
カゴを作ったり、川をせき止めたり色々工夫はしてみるが、あまり収穫量はあがらない。小さな魚が獲れても、大きな魚が獲れることはめったになかった。
だから依然、タンパク質不足が続いていた。
そんなある日。
どこか遠くからゴーという地鳴りが聞こえて来た。匂いもなんだか土臭い。
直後――ドドドという音。
そして、目の前に、津波のような濁流が現れた。
「な、なんだこれ! ぶぺぺぺっぺ!」
私は容赦なく押し流された。
濁った水の中で必死にもがく。時折顔を出しては大きく息を吸い込み、また水中に引きずり込まれる。
そんなことを繰り返していると、いきなり身体が落下した。
「あばばばば」
恐らく滝つぼに落ちたのだろう。確か、滝つぼに落ちたらぐるぐると回されて死ぬと動画で見たことがある。ヤバイ、私は状況の皮肉さにパニックになった。奴隷時代は過酷な労働で死ぬかと思ったが、まさか自由になったら溺れ死ぬとは。
そんな中も、なんとか土魔法で石の支柱を作り、それを渡る形で滝つぼから脱出した。
その後、暫く流されながら、命からがら川べりにたどり着く。
そして疲れ果てた重い身体を引きずって、手と足に力を入れて川べりに上がろうとした。
――瞬間、時が止まった。
目の前に、バーベキューをしている八名ほどのイカついおっさんがいたのだ。
突然のことに、彼らも動きを止めている。
私は全身びしょ濡れで、ボロの奴隷服が体にべったりとへばりついて重い。肩までの黒髪も顔にへばりついている。つまりはとても不快な状況だ。
そんな中、一人の男が下卑た笑みを浮かべて口を開いた。
「なんだなんだ? 川から美味そうな魚があがってきたじゃねぇか!」
その言葉に他の男たちも我に返ったように高笑いを上げる。
「ほんとだ、ぎゃははは! いいツマミになりそうだ!」
嘲笑が辺りにこだまする。
よくよく見てみると、男の手元には武器があった。様相からして、この辺を根城にしている盗賊とかだろう。
男たちは、固まっている私に次々と言葉を投げつける。
「お嬢ちゃん、食べられたくてこっちに来たのかい?」
「ガキだけど、なかなかいい感じじゃねぇか。びしょ濡れってのもそそるぜ」
私のお腹は空腹でぐうぐう鳴り、濁流に打ちのめされた体は悲鳴をあげている。そこへ下品な言葉を投げつけられ、上から目線で見下される。
私は、なんだかキレてもいいような気がしてきた。
ゆっくりと立ち上がり、男たちを見据える。
「ごめんね? 私いま、疲れてるわ、お腹減ってるわでイライラしてんだわ……」
低い声でそう告げると、男たちが一瞬不思議そうな顔をした。そんな彼らを見据えながら告げる。
「選択肢は二つあるけど、あんたらに決めさせてあげる。私のために肉を焼くか――」
一拍置いて、ニコリと笑う。
「それとも、地面に埋まるかだ」
その言葉と共に、一人の男の足元に穴を生み、その中へと落とす。
「うわっ、なんだこれ!? てめぇっ、なんかしやがったか!?」
立ち上がり、武器を手取ろうとする男たち。そうはさせない。
私はそのまま残りの男も穴に落とした。
そして川べりからあがり、穴の中の男達に言葉を投げつける。
「ごめん、選択肢あげる言ってたけど、嘘だった」
罵声を返してくる男達。そんな男達の罵声をBGMに、香ばしい煙をあげている肉を手に取って、アチアチしながらおもむろにほうばった。
目の前に光が満ちる。久しぶりに食べたタンパク質に、涙が出そうだった。
私は我を忘れて、そのまますべての肉を食べつくした。
そして、ふぅと一息ついてから、この場から去る決意をした。
ついでに魔法を使って、はじめに落とした男の穴の一部をなだらかな傾斜に変え、登ってこれるようにする。あとの男達は、この男が助けるだろう。
その男は、穴から出てきた瞬間、青い顔をしながら私に声をかけてきた。
「おい、じょ、嬢ちゃん。これは一体何だ? もしかして、ま、魔法ってやつか?」
「……多分」
そういいながら私はさらに距離をとる。これくらいの距離だと逃げきれるだろう。
「な、なら、嬢ちゃん、俺らの仲間にならないか? 俺らと一緒ならもっと大きなことが……」
青い顔をしながらも、目を輝かせながら語りかけてくる。
私はその言葉を聞きながら後ずさりで更に距離をとった。そして踵をかえして走り出す。
「じょ、嬢ちゃん、明日もここにいるから、その気になったら来てくれよ!」
そんな声が後ろから聞こえた。
私は、さっさと上流に向かって足を動かした。随分と流されたからさっさと戻らなければならない。
そう思っていたのに。
次の日、私の足は勝手に下流の川べりへと向かっていた。
影に隠れて、男たちがいるかどうか確認する。男達は昨日の言葉どおり、同じ場所にいた。
そしてまるで私を待っているかのように、肉を焼いていた。
私は……口元で少しだけ笑った。
「ドーン!」
土魔法で穴を生み出し、男たちを落とす。
そして彼らが焼いていた肉を奪って逃走した。
「じょ、嬢ちゃん! いや違う、おいこらまて、肉泥棒!」
「ごめんね、お肉借りるね!」
「借りるもクソもねえ!」
そんなやり取りが何日か繰り返された。
こうやって私は、健康的なバランスの取れた食事を手に入れたのだった。
そんなある日。
男たちは「肉を手に持って」私を待ち伏せしていた。このままでは穴に落とせない。
「お嬢ちゃん、毎日毎日肉を奪っていくのはどういうつもりだ?」
リーダー格の男が、怒りをこめて言った。
私は体を震わせながら答える。「私、もう肉なしでは生きられない身体になってしまったの……」
「だからって、人のもの盗っていいわけないだろ!」
「あんたら盗賊が言うなよ。あと、盗賊が説教たれんな。説教賊」
私の一言に、男たちは顔を見合わせる。
「俺らだって好きでこんな事してる訳じゃねぇ。ここにいるのはみんな社会のはみ出し者だ。いろんな事でまともな生活ができなくなった奴らばかりよ」
リーダーが言葉を一拍置いて、私の胸元に向かって指をさした。
「嬢ちゃん、あんたもだろ? その胸の「奴隷印」は飾りじゃねえはすだ」
私は思わず胸元を手で覆う。
この世界では、奴隷は生まれた時から胸に奴隷印を持って生まれるのだ。
私が何も言わないでいると、男は続けた。
「俺は奴隷ってのはよくわからんが、こんなところに一人でいるもんじゃねえってのは知っている。つまり、お嬢ちゃん、逃亡奴隷だろ?」
そう言って、リーダーは私に手を差し出した。
「お嬢ちゃんも困ってるんじゃねえか? 仲間、とは言わねぇが、協力できることもあるだろう」
私はリーダーの手を見つめた。
そして。
再び穴に埋めて、肉を奪って逃走した。手から肉が離れてくれたからだ。
そんなことを繰り返す中、いつの間にか私は彼らと一緒に肉を焼くようになっていた。
これが、私のアウトローへの第一歩だった。
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