第50話 踏み出した一歩
次々と崖から駆け降りてくる黒い影。
彼らを睨むように見つめながら、空中の岩を差し向けた。だが、その瞬間、視界を切り裂くような炎の輝きが走る。
奴らが、炎をまとった剣で岩をぶった切ったのだ。
何してくれてんだよ、そんなの反則だろう……。
心の中に浮かぶ撤退という二文字を押し殺し、降下してくる騎兵たちに視線を向けた。そして、魔法を差し向け、彼らの足元を崩そうとする。
けれども距離が遠すぎるのか、奴らが干渉しているのか、結果は全く効果なし。平然と崖を降り続ける。
だったら次だと、地上へと辿り着いて駆けてくる先頭集団の足元を穴で崩す。
一瞬だけ軍馬がバランスを崩すものの、あっという間に立て直した。
いや、ほんとどうなってんだ。
次だ。
「ヌリカベっ!」
声と共に、乱立する森の木のごとく無数の土壁を生成する。
土壁は私の特技だ。少しくらい離れていたって量産はできる。
それさえも騎兵達は軽々と飛び越えてくる。けれど、私は土壁だけで奴らを止められるとは思っていない。私の真の目的は、彼らの着地地点を穴に変えることだ。ただ、一瞬バランスを崩す騎兵はいても、転倒にまでは至らない。
これはマズイ。
「死」という言葉が脳裏をよぎる。私の攻撃が一切通じない上に、絶えず新たな騎兵が下りてくるのだ。
私は上空に展開したままのアイアンウォールを解除した。
もう周りからは声は聞こえない。メンバーはいないはずだ。逃げてくれたのだろう。
自分一人なら別の方法で身を守ったほうがいい。
アイアンウォールを解除するのに合わせて、岩片を一斉に彼らに降り注ぐ。
……いや、効くとは思ってなかったけれど、全く意味がないとも思ってなかった。
炎を纏った剣を一振りするだけで、雨のように降り注ぐ岩を軽くいなされる。
縮まっていく距離。
私は、自分と奴らの間に砂煙を巻き上げ、視界を遮った。
奴らが私の元に来た瞬間が自分の命の終わりだと感じ、恐怖心で無意識のうちに身を隠す手段を選んだのかもしれない。
いや、違う。まだ全ての手段を試していない。
自然と下がってしまっていた足を、もう一度一歩前へと踏み出した。
その時――風を起こす黒い騎士たちが、砂煙から姿を現わした。
私は、雄叫びを上げる。
全身の力を集中させ、魔法の結晶と化す。
生み出したのは岩のゴーレムだ。同時に三体。ただし、これらは動き辛い二足歩行型ではなく、四つ足の獣を模したものだ。
確か前世の古いペルシアあたりで、戦象が馬を動揺させて勝ったと聞いたことがあった。それにあやかったのだ。
私の造り出したゴーレムが大地に前足を打ちつけ、黒い騎士たちに向かって突撃する。
その瞬間、先頭の戦馬が恐怖に駆られて暴れ始めた。見たことがない巨大な獣に驚いたのだろうか。いななきをあげながら暴れて迂回し始めた。
ここにきて、初めて効果があった手だ。
こいつら今まで、ゴーレムを前にした訓練なんてやってなかったのかもしれない。やけくそではあったが、やけくそだけに今までの中で一番マシな手だった。
直後、新たに二体の岩の獣を生み出す。
その時、心臓が軋む痛みが走った。
何もこれは服従魔法の痛みじゃない。身体が限界を訴えているだけだった。だったら気にしていても仕方がない。ただ、ひたすらに目の前に迫ってきた騎兵に向かって岩の獣を差し向ける。
次の瞬間に目に映ったのは、両断される岩の獣。黒い騎士とすれ違った際に一刀で両断されたのだ。
……なんだあいつら、チートかよ、こんなの終わりじゃないか。
それでも、いまや奴らのターゲットは完全に私のみになっている。だから一秒でも長く生き続けるのが今の私のやることだ。
岩の獣を両断した騎兵が迫る。
炎の剣が掲げられたその時、私は自分の足元を崩して穴に落ちた。即座に上部を石蓋で閉じる。
蹄鉄の音が頭上を通り過ぎる。
その間にも私は土の中を移動する。
そして土壁を生み出す勢いで地上へと飛び出した。
もはや先頭集団とは交錯しており、私は彼らの背面に回る事になった。
彼らの反応は早かった。私に向かって火球を放つ。
マズイと思って空中で石壁を作って防御するも、ロケット弾のような威力の火球を、急造した石壁で防ぎきれるはずもない。石壁は破壊され、私は後方へと吹き飛ばされる。
そんな中、右肩に熱が走るのを感じる。
……しくった!
至近距離で石壁が破壊されたので、石片を自分で受けてしまったのだ。
それでも、痛みを堪えて、着地と同時に転がり立ち上がる。
続けて攻撃を放つ仕草をする騎兵。
ただ、幸運な事に私の唯一の味方である岩の獣が近くにいた。
私はその岩の獣を解体して全て岩片へと変え、大量の岩片を騎兵へと差し向ける。
続く爆発。その余波を避けるために、私は転がった。
転びながらも魔力を別の獣へと向ける。
先ほどの獣は目くらましだった。獣はもう一体いる。
その一体を騎兵の背後に回し、質量にまかせた突撃を喰らわせようと。
その瞬間、心臓が凍った。
「――確かに変わった奴隷だ」
場違いなほど冷たい声。
その声が背後で聞こえた時、意識が断ち切られた。
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ここで第一章は完結となります。
第二章の再開まで暫くお待ちいただけましたら大変嬉しいです。
奴隷少女の斜め上な異世界戦線 ~魔法の枷のせいでクソハード~ [第一部完] 浅木A @E_S
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