第49話 これより死地に入る


 地に転がりながらも状況を整理する。

 私達は今、魔術師に急襲されている。

 そしてそれはきっと恐らく――軍隊所属の魔術師だ。


 いや、ダメだろう、そんなの、どうしようもないじゃないか。


 焦りだけが先走って、どうしたらいいか考えがまとまらない。その間にも、メンバーの悲鳴が耳を突く。その中にはアリシアの声もあった。


 ただ、振り返る暇もない。何か対策を立てなければ全滅してしまう。

 だから力を振り絞って立ち上がる。


「逃げろ! みんな、今すぐ!」


 叫びながら、考えを巡らせる。こんな風に遠くから飛んでくる火球に対抗する方法を。


 銃は無力だ。弾を込める時間がないし、そもそも崖の上の奴らに届かない。


 だから、ここで対抗できるのは――私だけだ。


 覚悟を決め、声にならない声をあげながら魔力をしぼりあげる。

 今、自分が持てる限りの最大級の魔力だ。


 体感して分かった。火球はいわば小型のロケット弾のようなものだろう。当たった瞬間に爆発して対象物を破壊する。

 だったら。


 付近一体が黄金色の光で満たされた。


 頭の中のイメージを一番正確に表す言葉を口にする。


「アイアンウォール!」


 私の声に呼応して、上空に無数の岩石が生まれる。メッシュのように配置されながら。


 これは私が前世のニュースで見た某国のミサイル迎撃システムから連想したものだ。

 その迎撃システムの本来の仕組みは、飛来するロケット弾を自律的に追尾し、空中で破壊する仕組みだ。それができるなら一番安全だ。

 けれども飛翔してくる火球を一つ一つ迎撃するなど、私には不可能だ。だから手数で勝負する。


 無数の岩片を空中に展開して、どの角度からも必ず岩石に当たるようにする。それを何層にも重ねて配置する。


 分厚いトンネル状の石で上空を完全に覆ってしまおうかとも思ったが、その場合はこれほど高い位置に配置できない。

 その場合、岩を貫通したら飛び散る岩石で命を落としてしまうことも考えられた。


 だからこそ、なるべく高い場所で爆発させることを選ぶ。


 相手はそれをどう思ったのだろう。

 ただ力で蹴散らせばいい。そう思ったのかもしれない――視界に映ったのは、煌々と光を放つ無数の火球だった。


 轟音によって大地が揺れる。爆風が、熱が、そして破壊された岩石が飛来する。


 とっさの事で防ぎきれずに、私はいくつかの石片を身体に受けた。

 激痛が走る。腕と脇腹を負傷したようだ。


 私が宙に配置した岩石をすり抜けて地上で爆発した火球もあった。

 だが、逆に言えば、防げているものもある。

 もう少し厚くすれば、かなりの部分を防げるようになるかもしれない。


 再度魔法を展開する。

 今度はより大きく、何層にも。


「今のうちに、森に!」


 全力で魔力を絞り出し、次々と新たな壁を作り上げる。私の手から放たれる魔力が、周囲を黄金色に染め、岩を生み出し、空に向かって広がってゆく。


 轟音が連続する。先ほどよりも貫通した火球が減ったようだ。


「早くって!!」


 私は叫ぶ。今は唯一の機会だ。だから早く!


「わかった! ルーも……」


 爆音の中、誰の声かもわからない。


「いいから早くっ!!」


 問答をしている余裕がない。


「ルー、お前っ」

「うるさいっ! 私を殺したくなければ頼むから!」


 続く声は、爆音に飲まれて聞こえない。


 少しでも距離を稼ぐため、足を前へと動かした。その一歩だけでも、非常に強い圧力を感じる。


 そんな圧の中、崖の上にいる影に向かって小さな石片を飛ばしてみる。

 こんなものはただの虚勢だ。奴らから見れば、小さな石ころなんて意味があるはずもない。


 ただ、それでも火球の攻撃が止んだ気がした。


 ほんの少しの静寂が訪れる。


 次の瞬間。


 崖の上から無数の黒い影が飛び降りてくる。


 黒い影は、騎乗の兵士だった。

 ほぼ垂直に近い崖を、轟音と共に飛ぶように駆け下りてくる黒い影。


 なんじゃありゃ?

 あんなの物理的に無理だろ?


 ただ、無理もなにも、目の前で起きている事が現実だ。


 降下してくる騎兵たちを見て、分かったことがある。


 こいつら、アクトリアの軍隊じゃない。

 ――隣国のエーレシードだ。


 アクトリアの兵の軍服は濃緑で、赤い軍章をつけている。一方、降りてくる奴らは黒い軍服に金の軍章だ。


 戦場ではあるまじき事だったかもしれない。

 けれど黒い影を前にして私は、今までの人生を思い出していた。


 奴隷農園でのこと、トランのこと、アリシアのこと、そして解放戦線でのこと。

 

 ああ、走馬灯ってこいいう時にも流れるんだ。

 砂煙を巻き上げて迫る影を見ながら、心の中で一節を唱えた。


 ――これよりは、死地に入ると、心得よ。


 けっこうな確率で死ぬだろうからね。

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