第48話 これが……


 今回の拠点放棄に当たっては、隊を分けずに全員で移動する事になった。


 メンバーの数も減っているという理由もあるが、主に私が反対したからだ。


 曲がりなりにも私がいれば、通常では歩けないような場所に身を隠しながら移動できるし、飢える可能性もなくなる。それが驕りだったとしても、もう主張せずにはいられない。隊を分けて誰かがいなくなるなんてもう御免だった。


 切り立った崖の上を魔法でならし、道を作りながら進む。

 正直言ってしんどい。以前アリシアと森の中を駆けた時も、道をならしながら走ったけれど、あの時は獣道を塞ぐ障害物を埋める程度だった。

 今回は崖の上の道なき道を道にするのだ。しかも、その道は、周囲よりも少し削って位置を下げ、ある程度姿を隠せるように作っている。不自然には見えない程度の深さではあったけれども、これこそ本当に常に魔法を発動しているようなものだった。


 だからやっぱり驕りだったのかもしれない。このせいで私の足は鈍り、頻繁に休憩をお願いせざるを得なくなった。移動速度が完全に私に依存してしまっていた。


 ただ、おかげでこれまで「敵」には気づかれずにいた。

 こちらが「敵」を認識しているにも関わらずだ。


 今、私達は高い崖の上で休息をとっていた。

 広がる青空の元、眼下の林道を見下ろす。

 眼下をゆくのは、大規模なアクトリア軍。


 地響きを立てる足音で進み続ける兵士達。かれこれずっとこの行軍風景を眺めていた。先頭集団は遥か先まで行ってしまったのに、なかなか最後尾が見えてこない。


「……奴ら、戦争でも始めるつもりっすかね?」


 隣でロジが呟いた。


 ……そう、私達を捕まえるためだけに、これほどの軍を国境に展開するなんてありえるのか?

 戦争、それは誰もが思い浮かべていた言葉だった。


 私たちは東へと進んできた。既にこのあたりはエーレシードとの国境沿いのはずだ。ただ、アクトリアとエーレシードは仲が悪いときいている。いくら私達を捜索しているといっても、この規模の軍隊を派遣すればエーレシードとの関係が壊れる可能性もある。

 そんな危険を冒すだけの価値が、私たちにあるのだろうか。


 私は後ろにいる修道女へと視線を送る。

 修道女は、小さく首を振った。


 それは分からないという意味か、それとも答えたくないという意味か。

 私は修道女から視線を外して、眼下へと視線を戻す。



 ◇


「いざ立ーて戦人いくさびとよ、御旗みはたに続け~」


 意気揚々と歌いながら進む。

 暗い空気が嫌なので、歌いながら進むことにした。


「まぶしい日を浴び~おくるな我に~♪」

「今日は曇りだぞ」

「音程はそれでいいのか?」


 歌いながら道をならして進む私。

 さっきから後をついてくるメンバーが色々と茶々をいれてくる。まぁそれはそれでいいけど。


「おもちゃの兵隊、ラッタッタ~♪」

「お、曲が変わったな」


 あれから私たちは方針を変えた。

 というのも、私の疲れ具合が半端なかったからだ。

 反対する私をおいて、今はスピード勝負でリスクを取って森の中の下道を進んでいた。


 今いる場所は、赤茶色の岩肌や砂利がむき出しになっている、崖崩れの跡のような場所だった。

 とにかく今回の作戦はスピード優先なので、このまま突っ切る事にした。ただ、安全のために要所要所に防御用の土壁は立てていた。


「雄々しーく進みてー」

「その曲も飽きたな」


 うるせえ、シャイニングフィンガーぶちかますぞ。


「待て」


 まるで私の心の中を読んだような突っ込みをしてくるエイス。


「いや、流石にシャイニングフィンガーはぶちかまさないよ?」

「いや、そうじゃ……」


 瞬間、私は息を止めた。何かがおかしいと感じたからだ。


 反射的に上へと視線を向ける。遠く前方にある高い崖へと向かって。


 見えたのは、崖上に現れた黒い影。それらは何かの装備を身につけていて、光を反射させていた。

 聞こえたのは、金属と金属がこすれるにぶい音。まさか――。


「伏せろっ!!」


 そう言ったのは誰だったろう。

 声すら出すことができないままに、私は魔法を練り上げた。

 ――土壁を上方へと伸ばす、全力で。小高い木ほどの高さまで伸ばしてゆく。


 同時に、オレンジ色の光が私の視界を眩しく焼いた。


「ルーッ!」


 土壁の構築にかまけて伏せていなかった私を、エイスが素早く押し倒した。その瞬間聞こえたのは、連続した爆音、響く悲鳴。

 ……防ぎきれなかったっ!?


 けれども確認する余裕なんてない。

 急いで立ち上がり、顔を上へと向けた私が目にした光景。

 それは今まで見た事、経験した事が無いような光景だった。


 ――火球。


 まるで小さな太陽のように赤黒く燃える火球。

 一つ一つは手のひら程のサイズだろう、その小さな無数の太陽が私達に向かって放たれた。


 ――なんだ、これ?


 反応することすら忘れていた。その間にも火球は後方の土壁へ命中し、轟音と共に土壁を破壊して炸裂する。


「……え」


 後方には確かアリシアがいたはずだ。

 そう思った瞬間にも、火球は私の目の前の土壁にも当たり爆発する。

 吹き飛ばされ、地に転がって思う。


 ――これが魔法か?


 私は理解した。


 なんだ、銃なんかよりよっぽど強いじゃないか。


 銃と魔法、どっちが強いかなんて、考えるまでもなかった。

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