第47話 私は残る


「私は残るぞ」


 ティムたちがここに向かっている事は間違いないんだ。ここにいれば必ず会える。

 それに、ティムに売りつけた御神体の代金を回収していない。だからこそ私はこの拠点に残りティムを待つ事を主張した。


「ダメだ、ルー。もう奴らが近くまで迫って来ている。これ以上は危険だ」


 私の主張を切り捨てるエイス。ただ、表情からすると判断に苦しんでいるのは間違いない。


「だからこそ私がここに残るんだ」

「ダメだ。ルーはアリシャをどうするんだ? 一人にするのか?」

「!? だったら私も残ります!」


 自身の事をやり玉にあげられ、即座に反論するアリシア。


「それもダメだ。俺たちにアリシャを放っておけというのか?」


 エイスの反論に言葉を飲み込むアリシア。アリシアの性格的にはこういう風に使われるのが一番嫌いだろうに。


 エイスの本音は分かっている。修道女を安全な拠点に連れていきたいのだろう。その護衛の中に私がいて欲しいのだ。

 それが組織として正しい判断ということは分かる。だから私もあまり抵抗できなかった。いくら感情で残りたくても、理性が違うといってしまえば、命令のせいで行動に移せない。


「……じゃあせめて物資をいっぱい置いていく」


 ティム達がこの拠点に戻ってきた時に、お腹を減らさないように。


「……悪いが、それもダメだ、証拠になりそうなものは全て処分していく」

「なにも目立つように洞窟に置いておくんじゃないよ。こうするんだ」


 私は早足で洞窟の外へと進み出た。

 入り口周辺の茂みに手持ちのラムの種をありったけ撒き、次々と成長させていく。ただし、いつもと違って完熟手前で成長を止める。


「ちょっとは怪しいけどさ、まさかこれが拠点の証拠とは思わないでしょ。それに、これなら私たちが一度ここに戻ってきたってティムたちにも伝わるし」

「……そうだな、これだったらいい」



 それ以降私はエイスと口をきく事をやめた。出発は今夜の夜半だ。もうしゃべっている暇はない。それまでの時間を、拠点付近を捜索する時間にあてる。


 ……けれど、この捜索でエイスの言葉が正しい事が改めて分かってしまう。


 捜索の中、私は整然と行進する大規模な隊と遭遇した。遠征をするための荷駄や商隊まで付いてきている。一望するだけでは把握できないほど規模が大きい。


 私も、流石にこれには血の気かが引いてゆく。


 これはもはや警備隊レベルじゃない――軍隊だ。しかも辺境の警備を行う辺境伯のものではない。アクトリア国軍のものだ。


 だからこそ焦った。こんな中、ティム達が帰ってこないのは危機的でしかない。


 それに、根本的な疑問もある。私達を捜索するためにこんな大規模な軍まで出す事などありえるのだろうか?


 私は一度拠点に戻り、一緒にいるエイスや修道女に軍隊の事を伝える。


「あいつらの一人をとっ捕まえて尋問でもしようよ」

「……ルーさん、お気持ちは分かりますが、その行動はここにいる仲間全員を危険に晒す事になります」

「情報収集してから動いた方がいじゃん? こんな活動をしていれば余計に」

「一介の兵士を捕まえてなんの情報が得られるでしょうか。こんな活動をしているからこそ慎重にならねばなりません。感情で行動してはならないのです。今私達が壊滅すればティムさんたちが戻ってくる場所もなくなります」

「…………」


 私は舌打ちして下を向いた。そう言われてしまえばどうしようもない。なによりティムのことをだされてしまえば、本当にどうしようもない。


 私は再び洞窟を飛び出して捜索を開始する。

 けれどもなんの成果も情報も得る事ができずに時間だけが過ぎていった。


 タイムリミットだ。


 夜のとばりが森に降りる。もうここにはいられない。


 私は最後にできる事をしようと、マッチョの姿を探して洞窟内を探し回った。そして見つけて近くまで歩み寄り、マッチョだけに聞こえるように声をかける。


「マッチョ……じゃなくてクロッシュ、お願いがあるんだけど」

「……どうした?」

「次に行く所の場所ってクロッシュは知ってる? それってどっち?」

「…………」

「私は知らないんだけど、クロッシュなら知ってると思って。知ってるなら教えてもらえると嬉しいんだけど……」

「……北東の方向だ」

「きっちり北東? それとも北寄り? 東より?」

「東寄りだ」

「分かった、ありがとう」


 私は頭を下げてマッチョにお礼を告げた。

 私はまだ完全には信用されていないので、次の行き先を教えてもらってない。だから本来は私に伝えてはダメなのだろう。ただ、マッチョは教えてくれた。多分、この拠点の中で唯一教えてくれる可能性があったメンバーだ。マッチョだってティムの事を心配しているだろうし、なんせ一緒に戦った居残り組だ。


 私は足早に洞窟から飛び出した。

 もう周囲を捜索してティム達を探す時間はない。だったらせめてここに戻ってきた彼らが、次にどこに行けばよいのか分かるようにしておきたい。


 私は。洞窟の入り口付近に、直線状にネクターの実を実らせていく。そしてその直線を何本か作り、東北東に向かう大きな矢印の形を作っていく。数メートル規模の大きな矢印だ。


 これで気づいてくれるかは微妙だったので、洞窟の入り口に三角の石を配置した。東北東に向けた矢印の代わりだ。しかも、鏡餅のように二つ重ねて。

 以前ティムと一緒に警戒にあたった時に作った、落とし穴を示す目印に似たものだ。二段までなら軍の奴らにも分からないだろうが、ティムなら気づいてくれるはずだ。


 他にも何かできる事はないかと洞窟の入り口付近をウロウロしていると、エイスに中に呼び戻される。これが本当のタイムリミットだ。



 月の光が届かない曇った夜。


 夜の闇に紛れて私達は静かに拠点を出発した。


 何かを振り切るような表情で、隊の先頭に立つマッチョ。レドや他のメンバーがそれに続き、修道女やアリシアは隊の中盤だ。そしてしんがりは私と、後から続くエイスだ。


 鬱蒼とした森の中をかき分ける。

 私は、重い足を前に運びながらも、一度だけ拠点の方へと振り返った。

 もうここから拠点は見えない。


「……ルー」


 後ろからエイスがかすれるような響きで声をかけてきた。

 その声を無視して、私は顔を前に向け直す。


「……すまない」


 エイスの小さなその声に、一瞬、色々なものが入り混じった感情で、足を止めてしまう。


 けれども私がするべき事は怒ることでも悲しむ事でも怒鳴ることでもない。私だってティムたちを見つけられなかったし、怒ってもティムたちの為にはならない。


 その言葉に何かを返すことはせず、私は再び足を前へとむけた。

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