第46話 急場一転
半分の月が昇る夜。
私たちは、夜の闇に紛れて本拠地から出発した。
今回も隊を三つに分けて移動する。
私は修道女のいるチームに配置された。もちろんお付きの者の二人がいるし、修道女の護衛ということでエイスもマッチョもレドもいる。ついでになぜかアリシアもいた。
随分と胃が痛くなるメンバーだ。私は別の隊にしてくれてもいいのよ? と言っても完全無視。
人数も十名以上と目立つ規模になっているが、修道女を守りながら移動するので仕方がないらしい。優遇されてんなー、こいつ。
そして森の中を行ったら行ったで、修道女が通れないような倒木や岩などを私が魔法で整備させられる。ちやほやされてんなー、こいつ。
ついでに修道女は体力がないらしく、速攻疲れ切って動けなくなってマッチョにおぶられてついてくる。甘やかされてんなー、こいつ。
ちなみに、私がヘイトを溜めている対象は修道女だけではない。シャムシェル襲撃の際に支給された着心地のよい軍服が、アリシアに横取りされた。
アリシアだとそこまでサイズがブカブカではないかららしい。虐げられてんなー、私。
ただ、軍靴のブーツだけはなんとか確保した。小さい刃とか色々仕込んでたから、こっちが本命ではあったので、それだけはよかった。
そんな風に初日も夜を迎え、野営の準備に取り掛かる。
さっそく寝床の代わりに穴倉を作るように言われる私。こき使われてんなー、私。
私は早々と穴倉を完成させ、みんなに声をかける。もはや、その程度では注目されなくなってきたので、追加加点を狙ってネクターを育ててみた。
「……ほんとうに素晴らしい魔法ですね、ルーさん」
さっそく修道女が捕まった。修道女ホイホイだ。
「まこと、ルーさんに出会えたのは大神様のご加護の賜物です。ただ、これほど簡単にこれほどの物を育てられるなら、執務室に忍び込む必要もなかったはずですけどね」
「なっ、なんのこと!?」
こんな疲れてるタイミングで突っ込まれても困る。
「……ルーは食い意地がはってますから」
修道女と私の間に割って入るアリシア。
私をフォローするための言葉かもしれないが、あんまり嬉しくない。アリシアの言葉に、みんながうなずいているのにも、納得できない。
「みんな分かってないな。グルメと食い意地は違うんだ。私のは人生の質を高めるためのグルメだ。単にお腹を膨らませるための食い意地とは次元が違う」
「……昨日のルーは、「元取らなきゃ」とか「他の人の倍食べなきゃ損」って言いながら食べてなかったか?」
私に反抗してくるマッチョ。最近マッチョは私に反抗的だ。
「ちがあああう! それはそれ。これはこれ。そもそもその前にジーンに嫌がらせで食事の量を減らされていた分も入ってるの!」
「まぁ、ジーン、そんな酷い事を……」
私に同情の瞳をむけてくる修道女。いや、お前、絶対知ってただろ。
ただ、ここでジーンを追い詰めることができるのなら、修道女の言葉に乗るのも一興だ。
「そう、ほんとに酷いよね。嫌がらせはそれだけじゃないんだ。私のパンにだけカビが生えてたり、私のスープにだけ肉が入ってなくて虫が入ってたり。それでも博愛精神あふれる神職かっての。大神様に謝罪して神職返上しろ」
言った瞬間、ジーンの周りの空気が一気に冷えた。
ジーンは、ゆっくりと肩にかけている銃を持ち直す。銃口を向けられる悪寒に、私はジーンから後ずさった。
「ジーン、ダメですよ。銃は音が響きすぎます」
「……こういう場合は剣の方がいい」
……修道女とお付きの者Bがジーンに進言する。謝罪アンド神職返上はちょっと言い過ぎたのかもしれない。見れば、メンバーも青い顔をしている。
ただ、こんな風にジーンをいじってるのも理由があった。そもそもジーンにムカついているというのもあるが、私は、ジーンから垣間見える「見下し」の感情が気になっていた。
その感情は、私だけではなく奴隷全体に向けられているように見えたのだ。
それが正しければ、ジーンは自分の意思で戦線にいるわけではない。修道女の命令か、それともそれ以外か。
このあたりをいつか突いてやろうと思っていた。
「やだなぁ、ジーンさん。そんなに怒るとは思わなかったの。ごめんね? ジーンさんって神職歴、長いんだっけ?」
「ルーさん、信仰の深さに年数は関係ありませんよ」
黙り込むジーンの代わりに割り込んでくる修道女。修道女には割り込んで欲しくないんだけどな。
「そうなんだ。神職歴が長いと、奴隷解放とかの活動にも協力的になっていくもんなのかなって思ってさ。私、その辺知らないからさ。てか、そもそも神様の教えの中で、奴隷への博愛精神とかも説いてたりするんだっけ?」
なるべく自然に聞いたつもりではあったが、不自然だったかもしれない。何名かが私の方に視線を向けてきたから。
「……ルーさんが信仰に興味を持っていただけるなんて嬉しいことですね。では私が、大神様がこの世界をお作りになられた日の事からお教え致しましょう」
あ、これは長くなるやつだ。
前世の夏休み、法事でお寺に連れていかれ、延々とお坊さんのお説法を聞かされた時と同じだ。
「あ、ごめん、私ちょっとお花を摘んでくる」
トイレに行く隠語を駆使して、即時撤退をすることにした。
そして、私とアリシアが二人でお花を摘みに行くことになった。基本的に一人では動かないようにしているからだ。
……結局、お花を摘みたかった訳でもなんでもなかった私は、二人で草むらをブラブラしながら時間を潰す羽目に。
だからついでに、アリシアに聞いてみた。
「ジーンって奴隷のこと嫌いだろうに、なんで奴隷のこと支援してるんだろうね。大神様とやらも、奴隷に対する博愛精神を説いているんかね?」
アリシアは少し考えて、言った。
「……奴隷を適切に管理するのが愛というなら、そうね」
まぁ、そうだよね。やっぱり教会の教義で動いているわけではなさそうだ。大神様の教えというのを聞かずに逃げてきて正解だった。
「……はぁ、管理が愛か。管理が愛だったらジーンもアリシアもめっちゃ私の事を愛してることにならない? 二人とも、めっちゃ私の素行を正そうとしてくるし」
アリシアは、呆れ半分の顔になった。
「そうしたら、あなたは全員から愛されていることになるわね」
その言葉に、私は思わず「ゲゲゲッ」と嫌な顔をした。
◇◇◇
そんなわけで、この行程で私の胃はだいぶやられた。
別に、いつもジーンから銃口を向けられている感覚がしていただけではない。日が経てば立つほど状況が悪化していったからだ。
私たちを捜索しているのだろうか。森の中で百名規模の敵部隊と鉢合わせした時には、心底肝が冷えた。とっさに穴倉に逃げ込んで事なきを得たが、そんな事、他の分隊ではできやしない。だったら他の分隊は、どうやって乗り切っているのか、
そんな風に私が心配するくらいだ。当然、修道女やエイスもその心配で口数が減っていく。
なんだか変に気を使い、食べ物を大量に出すも、もうみんなこの程度じゃ慰めにもならなくなっていた。
四日間に渡る行軍で、私たちはなんとか無事にフィーラと呼ばれる最初の拠点へと戻ってきた。
久しぶりに戻ってきた安堵もつかの間、私はすぐに付近の捜索を始める。
他の分隊を探すのだ。
同じく私と共に捜索に立つのはマッチョ。私に手を貸してくれてるつもりなのか、疲れが溜まってヘロヘロな私を引きずるように連れまわしてくれる。
この捜索で私達は隊の一つを見つける事ができた。帰還の最後の行程だけでもお付き合いすることができたのは、本当によかった。
ただ……いつまでたっても残りの一つが見つからない。
一日、二日経ってもだ。
そしてティムも、その中にいた。
私だけではない、誰もが不安を感じていた。
日を追うごとに、この付近にも奴らが姿を見せる様になってきていたからだ。
「残念ですが、このフィーラの拠点も捨てねばならないようです」
珍しく厳しい表情で告げる修道女。
……いや、ダメだろ。
だったらティムたちはどうなるってんだよ。
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