第45話 くぅー、疲れました


 くぅー、疲れました。これにて任務完了です!

 これから私は人生の休暇に入ります。次に会うのは来年か来世か。それまで皆様さようならー。


 朝が明けて。

 そんな風に現実逃避をしながらも働き続ける。

 体力を消費しただけでなんの役にも立たなかった落とし穴を、今度は体力と精神力両方を消費しながら埋め続ける。この道を通るのは奴らだけではないので、流石に放置ではいられない。



 意味のない疲れを引きずりながら、私たちは修道女の待つ本拠地へ戻る事にした。今更鍛冶小屋に向かっても仕方がないしね。



 本拠地に戻るまでの行程は、思ったよりも厳しいものだった。


 警備に回る兵士が日に日に増員されているのだろう、兵士たちとのニアミスが頻発した。そればかりか一度奴らに見つかって、標的になったティムを庇ってマッチョが腕を負傷した。


 霊元あらたかな御神体を渡した矢先になんという事だ。もちろん速攻で兵士を土に埋め、応急手当てもしたけれど、とにかく早めに本拠地に戻りたい。


 そんな事がありながらも、なんとか本拠地に帰還した私たち。


 私たち以外のフィーラのメンバーは半日早く本拠地に帰還していたらしく、心配顔のエイス達に迎え入れられた。


「苦しゅうない、出迎えご苦労」


 そんな私の言葉には反応がない。奥の方から乾いた目で私を見ていたアリシアにすら無視された。みんなマッチョの怪我に気を取られてそれどころじゃなかったしね。

 そうだよね、マッチョの筋肉は戦線の心の拠り所だからね、分かるよ。


 だからこそ、マッチョの手当てが終わったタイミングで修道女が声をかけてきたんだろう。


「クロッシュさん、レドさん、ティムさん、それにルーさん。お疲れのところ申し訳ありませんが、現状をご説明させて頂きますので執務室までお越し頂けますか?」


 相変わらず柔和かつ有無を言わさない口調で告げてくる修道女。私はなんとなく前世で校長室に呼び出しを食らった時の事を思い出した。



 執務室に集まる私たち。

 修道女の最初の一言からして嫌な一言だった。


「この本拠地を放棄することになりました。出発は今日の夜半です」

「……えええええ!? せっかく戻ってきたのに!」

「仕方ないんだ、ルー」


 そう言ったのは、疲れ顔のエイスだ。


「警備兵がすぐ近くまで捜索に来るようになっている」

「はい、直にここも危険になるでしょう。そのため、フィーラ以外の拠点のメンバーは、役目を終え次第、元の拠点に戻るようお伝えしました。そして私たちも今夜、ここを発ちたいと思います」

「…………私たちもって、エクスタリシアさんも出ていくの?」


 私は根本的な疑問を口にした。


「……はい。今後、私はフィーラのメンバーと行動を共にしたいと思います」

「ええええええええっ!」


 声をあげた私に、全員の厳しい視線が集中した。

 え、だってついて来るんだよ? この修道女が。そんなの嫌に決まってるじゃん。


「なんでこっち来るんだよ! もっと優秀な拠点あるでしょ!? そっちに行きな……いでっ!」


 隣にいたマッチョに片手で頭を掴まれ、握力で潰されそうになった。腕を怪我しているにも関わらずこの握力よ。


「その代わりではありますが……」


 修道女が澄んだ瞳を私に向けてきた。嫌な予感に私は身構える。


「今夜は皆さまの労をねぎらうために特別なお食事をご用意致しました」


 ……やっぱり修道女って最高だよね。本当に素敵なリーダーだわ。

 まさにこの戦線を率いるのに相応しいと思う。




 ◇


 目の前には白い湯気を巻き上げるスープがあった。丸々とした芋、香ばしいキノコ、そして色とりどりのハーブが一緒に炊き上げられている。


 何より目を引くのは、別添えで置いてある骨つきの干し肉だった。しかも二本。表面を炙っているから、焼けた匂いが芳しい。


 この大盤振る舞いは、拠点の放棄が決まった昨日から始まったらしい。備蓄している食糧を持っていけないかららしいが、そうであればズルすぎる。

 つまり居残り組以外は、半日先にいい思いをしていた事になる。


 しかしそれでも構わない。出遅れた分は、倍返しで取り返せばいい。


 頂きますと手をあわせ、私は肉へとかぶりつく。


 肉が固く歯がとおり辛いが、力をこめて噛み締めると、口の中にコクのある脂の風味が広がった。

 やっぱりタンパク質と脂質って最高だよね。


「…………」


 こちらを見つめてくる透き通った瞳に気がついた。

 修道女がこちらを見ているのだ。私は無視して肉をかじり続ける。


「ルーさんて……本当に美味しそうに肉を食べますよね」


 この宴を用意してくれたのは修道女なので、一応愛想程度の視線を送ったが、その後はとにかく無視を続ける。

 修道女には以前に犬扱いされたから、これ以上は話したくない。


 それにしたって、本来こういう「食い意地」キャラはアリシアのハズだった。ただ、トランの事件以降、アリシアはそのキャラを捨ててしまっている。


 さらには今回の作戦で何もできてないからか、宴会の間もずっと黙り込んでいる。

 今のアリシアはただ黙々とスープを口に運んでいるだけで、その様子は正直言って怖い。怖くて話しかけづらい。おそらく、そのせいで私にお鉢が回ってきているんだろう。


 なんとなく私は席を移動して、アリシアの隣へと座る。


「……アリシャ、これ知ってる?」


 言いながら、軍の拠点で手に入れたあのグリーンライムの実を小袋から取り出す。

 それをアリシアの肉のうちの一本に、しぼってかける。


「あっ……」


 非難がましい表情をするアリシア。

 アリシアは勝手に唐揚げにレモンをかけると怒るタイプの人間だったのか。ただ、味見してもらわないと話が始まらない。


「毒じゃないよ? 食べてみて?」


 相変わらず疑いの瞳を向けてきながらも、ゆっくりと肉を手に取るアリシア。クン、と匂いを嗅いだ後、小さく肉の端をかじる。


 その瞬間――アリシアの瞳からまばゆい光が溢れ出す。まるで、昔はじめてシチューを振る舞った時かのように。


「……でしょ?」


 このグリーンライムの果汁は、油の臭みを消し、脂の甘みを強調してくれる。その実力たるや、私が危険を冒して取りに行くのに余りあるほどだ。


 爆速で肉を食べ始めるアリシア。

 そんなアリシアの姿を、エイスたちがじっと見ていた。


「……お分かりいただけただろうか? エイス君。このグリーンライムの果汁は、脂の旨味を万倍にも増強してくれるのです。食べてみたいよね? 今なら先着五名限定でこのグリーンライムと肉一切れを交換してあげましょう」


 食卓を囲むメンバー達からブーイングあがった。


 なんでこいつらブーイングするかね? ただで美味しいものにありつけると思う方が間違ってるのに。


「不満ですか? 不満を述べるだけじゃ物事は解決しませんよ? 神は言いました。右の頬を打たれたら左の頬を差し出せと。つまり、この味を知りたければ、肉一切れを差し出せということです」

「ルー、お前……」

「ルーさん、大神様はそんなこと言ってませんよ?」


 白い目を向けてくるエイスと、ニコニコしながら否定してくる修道女。

 気にせず私は言葉を続ける。


「つまり、ねだるな、勝ち取れ、さすれば与えられん、ということです!」

「ルーさん、大神様はそんなこと言ってませんよ?」


 ニコニコ顔を崩さない修道女。


 ただこの瞬間、アリシアの動きがピタリと止まった。

 爆食していたらしく、あっと言う間に肉を一本食べ終えたようだ。


「ん? どうかしましたか?」


 アリシアが、私の目の中をのぞいてくる。顔が近いし、目も怖い。どうしたのだろうか。私がアリシアを広告塔にしたのが気に食わなかったのだろうか。


 いや、違う。

 アリシアはそんな人間ではない。本当は心底食い意地が汚い人間なのだ。

 その証拠に……。


「勝ち取ればいいのね」


 そう小さく呟きながら、私の耳に口を近づけてきた。そして私だけにしか聞こえない声で囁く。


「ねぇ、ルビ。これはずっと考えていたことなんだけど」


 これは嫌な予感がする。


「あなたへの命令を、“これから言う私の命令を全部ききなさい"に変えたらどうなるの?」


 ……これは、私も考えたことがあるものだった。


 これはアレだ。

 神様に「願いを一つかなえてあげる」と言われて、「じゃあ願いを三つに増やして」と頼むみたいな、超絶卑怯なウルトラCだ。


 食い意地張りすぎだよね。こんなウルトラCの切り札を、ここで出してくるなんて。

 

 ……結果がどうなるかは分からないけれど、こんなくだらない状況でそんな大技、使われてたまるか。


「ねぇ、どうなるの?」


 アリシアはやっぱりアリシアだった。

 夜が更けていく中、私の胸の中の小さな賢者が「次は気をつけよう」と囁いた。


 結局私は、いつもの通りの奉仕をすることになった。グリーンライムだけじゃなくて、ネクターやラムといった食事の後のデザートまで。



 それを見て修道女は「ルーさんは本当に慈悲深く、奉仕の心をお持ちの方ですね」とニコニコしていた。こいつもなんかずれてるよね。知らんけど。

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