第44話 陣取りとポロリ


 

 先ほどの勝利で勢い付いた私たち、特に第六天魔王二号のマッチョがノリノリになったので、このままここに陣取って敵を迎撃することにした。


 それにしたって全く同じ位置に陣取ってもマイナスにしかならない。

 だからシャムシェルに向かって、十分ほど戻った位置で改めて陣取ることにした。


 作戦名は、ポロリもあるよ落とし穴大作戦。

 今回は急場ごしらえの穴ではなく、ちゃんと土をかぶせてカモフラージュした落とし穴を作る。


 いつもの手口ではあるが、有効だからこそいつもの手口なのだ。

 それに、つい先程まで普通に通っていた道に、急に大量の落とし穴ができているのだ。その不気味さったらないだろう。


「うふふふふ……」


 私は一人で笑い続けていた。


「……ルー、さっきから何かおかしいけど、大丈夫か?」

「うふふ、ちょっと楽しくてねー」

「……何がそんなに楽しいんだ?」

「うふふふ……」


 私は過去のことを思い出す。


 私がまだ女頭だったころ、私は、働かない子分たちに遠隔攻撃用の武器を渡して一緒に攻撃してもらえるようにしようとした。ただ、そのあとアリシアに服従させられ、悲惨な目にあって叶わなかった。その後も一人で前線に立たされていた。


 それが今や、この連携プレーである。もはや、いつもボッチで戦わさせられていた私じゃない。そんなの、楽しくないはずがない。


「老いも若きも男も女も、みんなポロリするがよい……」


 私のつぶやきに、ティムが反応した。


「お、お師匠様はすごいですね……こ、怖くないんですか?」


 震える声に振り返る。

 ティムは穴に枝をかける作業を続けているせいで、顔は見えなかった。

 ただ、まださっきの戦闘を引きずっているようだった。


 それはそうかもしれない。目の前で血飛沫あげて死ぬ人間を見たら誰だって怖い。訓練された兵士でさえ逃げ出す者が出ると聞く。ましてやティムは気が優しいタイプなのだから。


 だから私は、一度は使ってみたかった言葉を言ってみる。


「……大丈夫だよ、ティム。あなたは私が守るから」


 瞬間、マッチョとレドの身体が固まった。

 なんだよ、文句あるのかと抗議したくて、私は二人の方を見る。


「いや、なんだか柄でもないこと言ってんなと思ってな」


 確かにそれはそうだ。これは私が好きだったアニメから引用したセリフなので、私がいう柄なんかじゃない。私も、私からそう言われたら同じような反応をするだろう。


「ほーん、じゃあ柄にもあることを言ってやろう……。弟子二号ティムよ、貴様は修行が足りておらん……」


 一瞬うろたえるティムに、私は指を突き付ける。


「ならば御神体じゃ! 御神体を買うのじゃ!」

「……え、ご、御神体、ですか?」

「そうじゃ、御神体じゃ。御神体を買って心を込めて磨くのじゃ! さすれば雑念なんてイチコロよっ!」

「……そもそもルーの方が雑念だらけなんだが」


 無粋なツッコミはスルーすることにした。


弟子二号ティムよ。分かるか? 悩むより行動じゃ。それすなわち修行じゃ。つまり磨くのじゃ。だから貴様にはこれを授けよう」


 言いながら、私は手近にある岩を削り、親指くらいのサイズの人間の像を作り出した。私の細かい技巧がなせる業だった。

 そしてティムへと歩み寄り、ミニチュアサイズの像を手のひらに乗せる。


「わ……小さい」

「これなら戦場でも持ち運べよう。銅貨三枚な」


 レドが興味津々で覗いてくる。


「御神体って感じゃないな。せいぜい子供のおもちゃだな」

「黙れ。銅貨三枚な」


 力づくでティムに握らせる。


「でも、僕、お金持ってないです……」

「出世払いにしてやろう。このご神体は帰るまでそなたを守る、だから帰ってから支払うがよい」

「……帰ってから」


 帰ってからもお金がないのだろう。奴隷は普通お金なんて持ってないから仕方がない。

 だから私は、なんとかお金をひっぱってこれそうな人間にも売りつけようと考えた。


「レドよ、マッチョよ、おぬしらもいるか? 実は本日キャンペーン中で、お買い上げいただいた方にはもう一体ついてくるのじゃ! つまり二倍救われる! そんな霊験あらたかなこの御神体が買えるのも今日この時だけ! レドよ、マッチョよ、いるか?」

「いらねぇ」

「俺もだ」

「なんでさ」

「真心込めて磨けそうにないしな」

「磨いていたら、ルーの「銅貨三枚じゃっ!」って言ってる時の顔がよぎりそうだしな」


 言いながら、二人が笑う。

 こいつら、文句を言い過ぎだろう。私が柄でもないこと言ったら文句いうし、柄でもあることを言ったらまた文句を言う。いったいどうしろっていうんだ。


 ふと見ると、ティムまで笑っていた。

 私は白い目でティムに視線を向ける。


「……あ、いえ。お師匠様、有難うございます。僕……有難く磨かせていただきますね」


 ティムが目を細めて笑った。……まぁ、笑えるならいいのかもしれない。それに、一体は売れたし。


 こうやって軽口を叩くのも一つの方法だ。


 命の奪い合いが怖くない人間なんてそういない。血や肉片、血の匂い、そういったものを知れば知るほど、次は自分だと身体が固まる。

 けれども、怖かろうが怖くなかろうが手を動かすしかない。そうしない方が死ぬからだ。だからこうやって恐怖をシャットアウトするために軽口を叩くわけで。

 そのノリは、私の「第六天魔王」名乗りのノリに似ていた。


 そんな訳で、その後は軽口大会に移行した。


 魔法の話しから、すっかり客が減った魔法教室の話になり、再び御神体の話までへ。

 御神体だけじゃなくてお札も買う? とティムに聞いたら、流石にそれは断られた。



 ……そんな風に準備を進めるも、結局、軍の奴らがこの林道に戻ってくる事はなかった。


 あの時感じた恐怖を克服できなかったのか、それとも部隊の再編成が間に合わなかったのかは分からない。分からないけれど……霊験あらたかな御神体のお陰だという事にしておいた。



 そんな訳でポロリもあるよ落とし穴大作戦は、私が間違えて二度ポロリと落ちただけで終了した。


 他のメンバーは落ちていないのになんで私だけ落ちるんだろう。

 ちなみに二度ともティムがカムフラージュした穴だったので、ティムはそれ系の才能があるのかもしれない。

 もしくは裏でご神体が手を回したか。


 どちらにしろ、次からは自分の足元にも気を付けることにした。

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