第43話 逃走と闘争
森を横断する林道に沿う茂みを、私たちはとにかく走り続けた。
しばらくすると、背後の方から馬の蹄のような音が聞こえてくる。
私は先を走るマッチョの横まで追いつき、声をかける。
「奴ら来たかも!?」
背後をちらりと見るマッチョ。私はとにかく言葉を続ける。
「で、どうする? 一つ目は逃げる、二つ目はここで戦う。どっちにする?」
「……二つ目、だな」
「マジ? 私的には一つ目なんだけど」
私は茂みから林道へと入り、振り返って両手を掲げた。
魔法で土を掘り起こし、林道にいくつもの浅い穴を作った。この魔法は簡単だが効果的だ。浅いといっても馬が通れば転ぶ程度の深さだからだ。
急に立ち止まった事に気づいたのか、レドとティムが急いでこちらにやってくる。私は「来なくていい、茂みに戻れ」とジェスチャーしたあと、私自身も茂みの中へと戻り、二十メートルほど茂みの中に入っていった場所に位置どった。
そして人間がちょうど立てるほどの深さの穴を作る。
「みんなこっちきて!」
言うや否や、まるで訓練でもされているかのように全員が素早くやってくる。みんなそろそろこのパターンに慣れてきたのかもしれない。
全員が穴に入ったタイミングで、私は先生を気取って小さく手を挙げた。
「これは
「……なるほど。この形だと狙いやすいな」
「撃った後はどうするんだ?」
「攻撃が来たら石で蓋をして土の中に引きこもりまーす」
「……向こうからしたら嫌なやり口だな」
軽口をたたくマッチョとレド。こいつらは戦闘経験があるだけあって、呑み込みも早い。
けれど。
「……僕、こ、怖いです」
ティムの握りしめた銃身がわかりやすいほどに震えていた。
カザル鉱山から逃げてきたティムは、戦線においては新人だ。前回の襲撃でもお留守番だったので、今回が初めての戦闘だ。
いままで一方的に危害を加えられることはあったとしても、危害を加える側に回るなんて初めなのだろう。さっきから一言も発していなかった事からして、もっと早めに気付くべきだった。
「じゃあその銃貸して? 私が撃つよ」
「……そんな!」
「銃、撃ってみたいし、撃ち方だけ教えて?」
手を出した私に、揺れる瞳を返してくるティム。この間にも蹄の音はどんどん近づいてきている。できれば早く決めてほしい。
「……僕が撃ちます」
そういって、震える手のまま銃に弾を込めるティム。
「了解。みんなが攻撃してくれるから、私は防御に全振りするねー」
絶対に怪我をしたくないので、そう分担することにした。
瞬間、何かが崩れるような大きな音、続いて悲鳴が響き渡った。私が作った穴に引っかかったのだろう。
「総員停止!」
張りのある男の声が聞こえてくる。
かがり火の位置的に、私の作った落とし穴の手前の方で引っかかったようだ。彼らは意外と慎重で、馬を降りて周辺を調査するように指示を出した。
「道なりに大きな穴がいくつかあるようです。騎乗しながら進むのは危険だと思われます」
「よし、下馬のまま進む。敵の襲撃があるやもしれん。皆、気を引き締めろ」
騎馬隊のかがり火が、ゆっくりと私たちの左方向から正面方向へと移動した。そして丁度私たちの正面まで移動してきたタイミングで。
「今ですっ!」
カチリと小さな音。
瞬間、三挺の銃が連続して爆発音を響かせた。
防御に全振りするといいつつ、ついでに私もこっそりと石弾を向けておいた。
「グァッ!」
「な、なんだっ! 敵襲か!!」
立ち込める白い煙で見ずらいが、少なくとも銃は一発は当たったらしい。ならば次にする事は一つだ。
「装填せよ!」
偉そうに指示しているが、私が言うまでもなくみんな装填を開始している。私のは単なる自己満足だ。私は敵からの反撃を警戒しながら、立ち込める煙を消すためにパタパタと手であおぐのが役割だ。
その少しの時間で、マッチョとレドは弾を装填した。そして、二発の爆発音を響かせる。
敵のかがり火のお陰で、血しぶきが舞い散ったのが見えた。
「ほげええええ」
思わず口に手を当てる。
隣では、弾を込めていたティムが青い顔で動きを止めていた。多分ティムと私は同じような顔をしているんだろう。
「な、なんだっ、この攻撃は!?」
「ご、伍長がっ!」
ただ、混乱の度合いは向こうのほうが大きかったらしい。大きな音と血しぶきで、兵士たちの足が完全に止まった。
そして――さらに爆発音。見るとレドが次弾を放っていた。
装填も早く、確実に当ててくる。どうやらレドは腕がとてもいいらしい。
「何だ!? なにが起こっている?」
「まさか、魔術師か?」
そうだった、この世界の人は銃に慣れていない。だからこの破壊は魔法だと思ったのだろう。
「矢だっ! 右前方に矢を放てっ!」
ようやく右方面からの攻撃と気づいた奴らは、こちらに向かって矢を射ってきた。
瞬間、みんなを覆うような石蓋を作って穴を閉じた。
頭上でカンカンと石蓋に矢が当たる。
随分と大量の矢が放たれているようだ。ただ、矢の数も無限ではない。次第に静かになって、ついには何も聞こえなくなる。
静寂がしばらく続いた。
敵が次の行動に移る様子はない。どうやら私たちの動きを窺っているようだ。
ただ、私たちもそのままぼーっとしている訳ではない。
私は、敵の後方へと回る穴を掘った。奴らが様子見で留まってくれているからこそできる芸当だ。
既に装填を終えた皆は、敵の後方の穴から顔を出し、銃を構えた。
連続する爆発音と悲鳴。
「ダメだ、一旦引く! 撤退だ!」
瞬間、私は再び穴を石蓋で閉じた。
速攻で作った石蓋の上を、馬の蹄が通り抜けていく。
ドカドカと駆け抜けるその重量に、石蓋が割れやしないかと冷や冷やしたが、なんとか持ちこたえてくれた。
「くそ、覚えておれよっ!」
そんな声が遠くから響きてきた。
あまりにも二流なそのセリフに、私はうずうずが止められない。
「……ふふふ、覚えておれ、か。いいだろう、この第六天魔王、逃げも隠れもせんよ」
「いや、逃げも隠れもしてるだろ」
冷静に突っ込んでくるレド。
「ぼ、僕はいいと思います、この……逃げも隠れもする作戦」
「俺もいいと思うぞ」
私を褒めたたえるティムとマッチョ。そりゃそうでしょう。塹壕はゲリラ戦での定番。銃との相性はベストマッチ。いや、知らんけど。
「……で、ダイロクテンマオウさんよ、次はどうすんだ?」
一番調子にのらないタイプのレドが、珍しく調子にのって聞いてきた。だから私も調子に乗る。
「……我は第六天魔王。撤退という言葉は知らぬ。ただ敵を屠るのみ。鍛冶小屋に行くなど、子供の遊びに過ぎぬだろう?」
既に私たちが東に向かっていることはバレてしまった。このまま鍛治小屋に向かえば、敵を誘導してしまう可能性がある。
私の言葉に、マッチョがふむと頷いた。
「だな、居残り組はこのまま居残るか」
「よかろう、ならば、我らが演じる最高の舞台を作ろうではないか」
それに、追われながら迎撃するくらいなら、しっかりと準備をして敵を迎え撃つ方がよっぽどいいに決まってる。
みんながそれに賛成し、居残り組は居残り組らしく居残って敵を迎え撃つことにした。
そんな中、マッチョが、
「ダイロクテンマオウか……なんかカッコいいな」
と呟いた。
いや、マッチョ君。君もこっち系の人かな? ただ、君が第六天魔王を名乗りだしたらシャレにならないからやめようね。
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