第42話 子爵救出作戦


 ◇◇◇◇


 あれから本拠地を出発した私たちは、三日かけてなんとか無事にシャムシェルの牢獄近くまでたどり着き、森の中で潜伏していた。


 このチームにいるのは、私とエイス、マッチョ、レドといったいつものメンバー含む二十名程度だ。アリシアはおいてきた。繰り返す。アリシアはおいてきた。


 監視班によると、少し前に牢獄から複数の小隊が出ていったとのこと。恐らく陽動が効いたのだろう。


 それでもまだシャムシェルの牢獄の中には三百ほどの兵士が残っているらしい。対するこっちの数は二十人ほどだ。見よ、我らの戦力がゴミのようだ!


 だからなのか? 私がずっと働かされ続けているのは。


 ただ、ひたすらトンネルを掘る。

 シャムシェルの牢獄から離れた森の中からスタートし、立って歩けるほどの高さのトンネルを掘り続けるのだ。いつものハイハイで進むサイズの穴と比べると、その手間たるや数倍以上。


 そんなわけで他のメンバーが警戒という名目で遊んでいる中、私はずっと穴を掘り続けていた。まるで生まれた頃からモグラかのように。

 これって労働法違反じゃね? この組織のコンプライアンス窓口を教えてください。


 そしてついにトンネルが完成した日、私は「通行料一人銅貨10枚」といったが、マッチョからチョップを食らうだけで終わった。この組織はパワハラまでするのか。



 ◇


 月が姿を現したタイミングで、私たちは作戦を開始した。


 予定通り地下からの侵入だ。


 シャムシェルの牢獄に侵入するのは十名とし、残りのメンバーはトンネルのスタート地点の森で待機してもらう。


 ちなみに侵入する十名は、シャムシエルの制服である緑色の軍服を着用している。これは軍から支給されているだけあって私が普段着ているぼろ服よりも上等だ。ブカブカなのは玉に瑕だけども、あとでちゃんとアレンジして普段着として使おう。


 そんなこんなで結局無償通行になったトンネルを通り、あっという間に終着点までたどり着く。地図によるとここから上に掘り進めればシャムシェルの牢獄の地下へと侵入できるはずだ。


「……トンネルを、抜ければそこは、牢獄だった(字余り)」


 即興川柳を呟きながらも、上方向へと掘り進めていく。

 すると、建物の土台らしき石の構造物にぶち当たった。


「ビンゴ」


 崩落しないように気をつけながら堀り進めると、割れた石の隙間からうっすらとした光が漏れてきた。


 その隙間から顔を出す。

 ――瞬間、目をひん剥いたハゲと目があった。


 私は口元で小さく悲鳴をあげながらも石の欠片をハゲへと飛ばす。

 クリーンヒット。ハゲは仰向けにひっくり返って昏倒した。


 ハゲ以外には誰もいない事を確認してから、穴の中から這い出す。辿り着いた場所は薄暗い牢屋の中だった。つまりこのハゲは囚人だろう。


 私は合図を送り、皆に出てきてもらう。


 穴から出てきたエイスが足元に転がるハゲに驚きながらも、丁寧にふん縛った。


 私はふん縛られているハゲに手を合わせたあと、新しい穴を掘り始める。逃走経路をごまかすための偽穴だ。キルキスでもやった手法だ。そして速攻で終わらせて、高速ハイハイで牢屋へと戻る。


 今度は次の任務だ。


 牢屋の鉄格子まで歩み寄り、冷たい鉄の軸に手をかけた。

 そして鉄格子がはめられている四方の石を砕き、鉄格子を枠から外す。


 鉄格子自体は難なく外れたが、倒れてきた鉄格子が重く、潰されそうになった。そこをマッチョが片手で支えてくれる。やっぱり筋肉は強い。


 私はマッチョにも手をあわせたあと、さらなる任務へと取り掛かる。衛兵が降りてくる階段を予め石壁で塞いでおくのだ。


 ……なんだか私が一人でやらなきゃならない仕事多くね? まじでコンプライアンス窓口に相談したい。


 思いながらも階段をふさいだ後、牢屋へと戻り皆にミッションコンプリートを伝えた。


 ここからが作戦の本番、サロモン子爵の捜索だ。



 捜索には全員ではなく半数の五名であたる。あんまり沢山いても目立つからね。


 息を潜めながら地下牢の中を捜索する。かび臭い臭いが気になった。


 そしてどうも女の衛兵が珍しいのだろう、捜索の途中もずっと囚人たちが私に向かって視線を投げてくる。見てんじゃねーよと威嚇をしたかったけど自重した。


 捜索する事、数分。

 一番奥まった場所の狭い牢屋で、ボロイ布をまとった肉まんのようなおじさんがいた。


「フランツ・サロモン子爵ですね」

「……な、なんだ!? なぜ私の名前を呼ぶっ!?」


 牢屋越しに問いを投げるエイスに、ビビッて全力で威嚇をしてくるおじさん。つまり彼がサロモン子爵ということか。この世界、裕福でないと太れないので、肉がつまったあの体形が目印なのだろう。


「俺たちはシスターエクスタリシアと同じ目的を持つものです。貴方を助けにきました」

「なんと! エクスタリシア様が!?」


 ぱっと顔を明るくするサロモン子爵。

 そんな中、エイスからの目配せに気づき、私は鉄格子を支えている石を魔法で砕いた。先ほどと同じく簡単に外れる鉄格子。その光景をみたおじさんは、小動物みたいに目を丸くする。


「……今、な、何をした?」


 そんなおじさんに、私は丁寧にお答えする。


「牢屋のトラブル八千円ー♪」

「後で説明いたします。今は逃げなければ」


 私の歌を遮ってサロモン子爵へと告げるエイス。私は残念な気持ちになりつつも、負けずに小声で続きを歌う。早くて安くて安心ねー♪


 なにも単に歌っているだけではない。私は、歌いながらも魔法でサロモン子爵にかけられた足かせの破壊を試みた。けれどもやっぱり鉄はうんともすんとも言ってくれない。


 ただ幸いにも、サロモン子爵の足かせは牢屋とは繋がっていなかったので、マッチョが抱えて脱出することになった。牢屋のトラブルには魔法よりもマッチョだね♪


 サロモン子爵を抱えるマッチョに並列して歩く。この隙に情報収集に努めるためだ。


 「ねーねー、サロモン子爵ってなんで戦線を支援……いででででっ!」


 サロモン子爵に聞こうとした瞬間、マッチョが私の頬っぺたをつねってきた。おのれマッチョめ、片手でサロモン子爵、片手で私の頬とは器用な奴だ。

 痛む頬を抑えながら他の機会を狙ったが、今度はエイスにブロックされた。


 そんなこんなで私たちはトンネルへと入り、逃走を開始する。


 しんがりは私だ。トンネルを埋めながら進む必要があるからだ。こうやってトンネルを埋めながら逃げれば、逃走経路がバレることはほぼないだろう。


 ただ、掘るよりは楽だとは言え、埋める作業もそれなりに手間がかかる。


 後ろ向きで必死こいて穴を埋めながら進む私と、どんどん先を行くマッチョ達。その松明の光と背中がどんどん小さくなってゆく。うーん、仕方がないにしろなんだか寂しい。


 私は暗くなってゆくトンネルの中で一人で穴を埋め続けた。ほんと、誰かこっちを手伝ってくれないだろうかね?




 埋め続ける事約三十分。途中から適当になりつつも、私はようやくトンネルのスタート地点へとたどり着いた。


「ぷはー! やっぱり、シャバの空気はうめぇな」


 独り言をつぶやきつつ、トンネルから顔を出した。

 瞬間、マッチョと目があった。

 驚いて周囲を見渡すと、そこにはマッチョとレドと弟子二号であるティムがいた。


「あれ、みんな待っててくれたんだ」


 正直誰もいないと思ってた。


「あぁ、居残り組だな。他のメンバーは先に鍛冶小屋に向かった」


 レドの説明を聞きながら穴から這い出る私。

 身体中に付いた土を手で払っていると、マッチョが何かを差し出してくる。


「……使うか?」


 マッチョが差し出してきた物、それは銃だった。

 私はその銃を両手で受け取る。思った以上に重い。


「わーい、銃使ってみたかったんだよねー、うれしー……でも、やめとくわ。ただでさえ疲れてて走りたくないのに、こんなの持ったら走れないし。撃ち方もわかんないし」

「なら……今度撃ち方を教えてやる」


 ニヤリと笑うマッチョ。これはマッチョなりに私を認めてくれたという意思表示だろうか。こういうのは嬉しいね。私もつられて笑った。

 そんな中、いつもクールなレドが視線を東へと向けた。


「おい、居残り組。遊んでいる暇はないぞ。あいつらを追わないと」

「了解。でも、三十秒だけ頂戴?」


 私はポケットの中に隠し入れていたネクターの種を取り出した。せっかく残ってくれたのだから何かお返しをしたい。


「三十秒だけ休憩しよう。ついでに残り物には福があるって事を証明したい」


 言いながらも素早くネクターを育て上げ、実った黄色い果実をみんなに手渡した。


 そのほんの少しの時間で食べるネクターもやっぱり美味しくて、居残り組はみんな笑顔で親指をたててサムズアップした。

 

 私たちは銃とネクターを手に、鍛冶小屋に向かって走り出した。

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