第41話 作戦遂行前日


 ここに集まりたるは二十名弱のメンバー。

 場所は例の執務室。私が深夜に家探しをしたあの部屋だ。


 中心に備え付けられている大きな机を、十名弱のメンバーが取り囲む。

 エイス含めた各拠点のリーダーたちだった。だから私の知らない顔ぶれがほとんどだ。


 私やマッチョといった脇役は、周囲の壁際に待機していた。


 ちなみにアリシアはお留守番だ。つまり「アリシアは置いてきた、この戦いにはついてこれそうもない」って事だ。アリシアも悔しそうだったけど、万が一アリシアが戦いについこれるようになった日には、私が滅びかねないから下手に煽ったりはしない。


 そんなこんなで元々そこそこの広さがあった執務室はとっても密な感じになっていた。


 集められてから既に十分以上。待ちぼうけも飽きてきたので、脇にあった戸棚の中でも漁ろうとした所、マッチョにチョップを食らった。


 ちょうどその時、廊下から足音が響いてくる。主役がやって来たようだ。


 険しい表情をしたお付きの者と共に姿を現した修道女。この部屋にいるメンバー全員が修道女へと目をやった。


 修道女はいつもの柔和な表情のまま部屋の奥まで歩み、大きな机の議長席らしき場所でふわりと振り返り、私たちに視線を一巡させる。


「ノル、フィーラ、トレ、エルバ。これだけ多くの同志が無事に一堂に会せたことは、偉大なる神の導きに違いございません。心より感謝致します。貴方たちにお集まりいただいたのは、先日私たちの未来に重大な影響を及ぼしかねない事件が発生した故です」


 流れるように言葉をつづる修道女。

 そんな中、私はひそひそ声でマッチョに尋ねる。


 修道女の言うノルとかの訳の分からない単語は、各拠点につけられた識別名らしい。それぞれ数字をもじったものらしく、私たちがいたフィーラは四を意味するらしい。一体拠点はいくつまであるんだろうね?


「私たちの支援者であるフランツ・サロモン子爵がシャムシェルの牢獄へ収監されました。私たち戦線との繋がりが明るみになった訳ではありませんが、疑われた事は間違いないでしょう。今は別件での検挙に留まっておりますが時間の問題です」


 修道女の言葉に、息を飲むメンバーたち。


 フランツ・サロモン子爵という人物がこの戦線を支援している人物らしい。てか、フランツ・サロモンって誰よ。私も旅の行商人から貴族の家名を聞いたりしていたけれど、さすがに子爵レベルは分からない。


「我々の今回の作戦の目的、それは、フランツ・サロモン子爵の奪還です。もちろん正面からの奪還は難しいでしょう。これから作戦を説明いたします。ジーン、地図を」


 修道女の言葉に、机に地図を広げるお付きの者A。私は、背伸びをするように覗き込んだ。


「本日から五日後、ノルの構成員はシャムシェル牢獄の西にあるイーグルの村を襲撃していただきます」

「ぶっ」


 私は思わず吹き出した。周りの視線が私に集中する。その視線のほどんとが「黙れ」とか「場を乱すな」とかそんな雰囲気のものだった。いや、そうはいってもね……。


「この襲撃は陽動です。村人を傷つける必要はありません。続けてエルバの構成員にはカノゼ、トレの構成員にはリートの村を襲撃してもらいます。恐らくこれでシャムシェルの牢獄に駐屯している警備兵の多くを差し向けることができるでしょう。その後、フィーラの構成員でシャムシェルへと侵入していただきます」


 つくづくこの場にアリシアがいなくてよかったと感じた。いくら陽動とはいえ、周辺の村を囮にする作戦なんて大反対するに違いない。


 ……というか、こんな手法を使う奴らだ。もしかしてここの所アクトリアの北部が荒れてるのってこいつらのせいだったり……しないよね?


 いやいや、しないよね? 私はかなり複雑な気持ちになった。


「サロモン子爵は牢獄の地下に収監されています。そのため、フィーラの構成員には地下から牢獄へ侵入してもらいます。……ルーさん」

「へいっ!」


 突然名前を呼ばれたので変な返事をしてしまった。お陰でまたみんなの視線が集まった。


「……ルーさんの魔法で地下から牢獄へ侵入して頂きます。フィーラの構成員はルーさんと一緒にサロモン子爵の保護に努めてください」


 少しだけざわめく執務室。

 ざわめきがこの程度で済んでいるという事は、事前に私が魔法を使えることは説明済みだったのだろう。


 それにしても、地下から牢獄に侵入するやり方は私がキルキスで実行したやり口そのものだった。

 あれ? ってことはキルキスの事も知ってたりする? もしかしてこの作戦って私のアイデアをパクった? キルキスの時もそうだったけど、私って天才かもしれない。

 まぁ、誰しも考える事なのかもしれないけども、


「作戦の概略は以上です。次に詳細について説明します」

「はいはいはーい」


 重苦しい空気を振り払うように、私は先生への質問よろしく手をあげた。

 相変わらず周りから「空気を読め」的な視線が送られてきたが、知らんがな。


「その子爵を捕まえるまではいいとして、捕まえた後どうするんでしょうか?」

「……捕まえるではなく、保護です、ルーさん。詳細は各拠点ごとに個別に説明いたしますが、国境沿いに馬車を手配しますので、そこまで子爵を護送して頂く事になります」

「それってもしかして……亡命?」


 修道女がすっと瞳を細めた。つまり肯定ということか。


「子爵ってのはこの組織の支援者なんでしょ? そんな人を逃しちゃっていいの?」

「ご心配無用です。ルーさんは子爵の保護に尽力してください」

「そうなんだ、亡命って、ファムリスかエーレシードか……」

「ルー」


 エイスが私に黙れと牽制をしてくる。この組織の背景を知るいい機会だったのに。もうちょっとくらい質問させてほしかった。


 この国アクトリアは、北側で二つの国に接している。西にはファムリス、いまいる中央から東にかけてはエーレシードだ。確か、西のファムリスはアクトリアと仲がよく、逆にエーレシードはアクトリアと仲が悪かったはずだ。だからファムリスじゃなくてエーレシードどの繋がりがあるなら丁度いいのだけれども。


「ここからだとエーレシード……」

「ルー!」


 エイスがものすごい剣幕で私に怒ってくる。そんな怖い顔をしなくてもいいのにね。


 修道女はそんな私にニッコリと微笑んだ。


「各メンバーの動き方については、それぞれの拠点のリーダーにお尋ねいただくようお願いいたしますね、ルーさん」


 それ以上この場で空気読めない質問をするとぶっ殺すぞ的に牽制された気がする。

 これはアレだ。

 万が一誰かが捕まっても情報が漏れるリスクを最小限に抑えるってやつだ。



 この後、各拠点のメンバーに分かれて作戦会議をしたけれども、動き方ばっかり話し合って、背景とかは教えてもらえない。



 こいつら、私の魔法に頼っておきながら、都合よく口を閉ざす。それなら私も自分で情報を手に入れてやろう。ついでに実力を見せつけてやることにしよう。

 てか、今回も穴掘りだけだけども。

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