第40話 銃か土壁か


「ねぇ、ちょっと待とうか?」


 翌朝。

 町から外れた誰も来ない荒野で、私は両手をホールドアップしていた。


 私に銃口を向けるのは二名のお付きの者。

 十時方向に一名、二時方向に一名。両者とも私から十メートルほど離れている。どうやら彼らは銃の名手であり、銃の扱いには長けているとのことだった。

 だったら余計に……。


「完全に殺りにきてんじゃん」


 私は、離れた位置にある小屋の陰でニコニコしながら見学している修道女へ声を向けた。冗談で言っていた死刑執行がマジだったらしい。


「いえ、この程度なら何とかなるとエイスが申しておりました」

「エ、イ、ス!?」


 ここの所全ての元凶となっているエイスに抗議の視線を投げつける。

 エイスはバツが悪そうな顔をしながらあさっての方向を見た。いや、あんた、どっちの味方だよ。まぁ修道女だろうけども。


「でも、タイミングがずれたら死にそうだな」


 これはギャラリーの一人のマッチョのセリフ。


「ええ、死ぬわね」


 これはもう一人のギャラリーのアリシアのセリフ。


「ええ死ぬわね、じゃない!? ほんとに死んだらどうすんだ!」

「貴様の存在価値は魔法なのだろう? ならば魔法で価値を示せばよいだけだ」


 これは十時方向にいるお付きの者A、ジーンの言葉だ。殺意マシマシである。


「まさか怖気づいたとでも?」


 これは二時方向にいるお付きの者Bの言葉。名前は知らない。けれどもこれは知っている。こいつら二人とも、随分と私のことが嫌いらしい。


 ただ、私もここで舐められるわけにはいかない。今後の私の立場的な意味も含めて。

 だからここぞとばかりに煽り返す。


「……はぁ、しょうがないなぁ」


 わさとらしく頭をかきながら、私は指をクイックイッと曲げた。


「君たちさ、まさか勝てると、思ってる?」


 五・七・五に区切って川柳風に煽る。こいつらに川柳が通じるかどうかはおいておいてだけども。

 ただ、やってみたかったんだよねー、この煽り。


 嫌いな奴からの煽りって効果抜群らしい。

 先ほどまで本気とも冗談とも取れなかった姿勢で銃を構えていた二人が、急に銃を構えなおし、眼光鋭く私へピタリと標準を合わせてきた。

 ちなみに当然のように既に弾は込められている。

 ……冗談の通じないやつらだ。


 どちらにしろ、冗談はもう終わりだった。

 私は深呼吸を一つして、二人の動きを見渡した。


 周囲の空気は凍りつくほどの緊張感に包まれ、次第に体感温度が下がってゆく。


 これは勝負だ。そう、全ては……。


 お付きの者Aが少しだけ右足を踏み込んだ。


 ――先制攻撃ができるかだ!


 彼らが引き金を引く一瞬の隙を突き、私はお付きの者AとBの足元を土魔法で崩した。

 二人は体勢を仰向けに崩し、勢いで空に向かって銃を暴発させる。


 私はすぐさま粘土の雨を降らせた。大量の粘土の雨が彼らの顔や目や銃を覆い、彼らのあげた悲鳴すら封じる。


 そして最後の仕上げとばかりに私は、空中に大きな石弾を生み出して彼らに向けて……。


「ちょーーっと待ったぁ!」


 マッチョが大きな声をあげながら、こちらに走ってくる。


「待て、ルー、お前なにやってんだ!」


 エイスも焦った様子で駆け付けてくる。

 石弾を放つ寸前の私と、お付きの者Bの間に割って入った。

 この間、お付きの者Bは体勢を崩した格好のまま、粘土でべとべとになった銃を見て呆然としている。


 一方のジーンは、口に入った粘土を吐きながら、「き、貴様、土壁で塞ぐのでは、なかったのか?」と叫びをあげる。


 ……いや、そう思ってたけどさ、あんたら完全に殺りにきてたじゃん。


 確かに土壁と銃のどっちが強いかやってみよう大会のはずだったけど、仕方ないじゃん、命の危機はいかんよ。


 私は、空中に生んだ石弾を消した。

 そこに聞こえてきた、うわずった声。


「……す、素晴らしいです」


 場違いな声に振り向いて見れば、修道女の瞳が震え、頬がピンクに上気している。


 ……もしかしてこいつ、魔法フェチなのかな。


「素晴らしいです、ルーさん、これは……」


 声もどこか震えている。どうやら随分と興奮しているようだ。土魔法とかあんまり見た事ないのだろうか。まぁ私も、服従魔法以外の魔法を見た事がないけど。


だから、


「エクスタリシアさん、あなたは今とても興奮されているようです」


 と昨日言われたことをドヤ顔で返しておいた。ジーンとかがピクリと反応してたけど、修道女は気にしていないみたいだった。




 その後、私の「あれじゃ、撃たれる前に反撃するしかない。でないと死ぬ」という至極まっとうな意見が受け入れられ、周囲に乱立させた私の土壁に弾を打ち込むという本来あるべき方法へと変わった。


 そして銃か土壁かどっちが強いかの結果は……土壁の分厚さに依存するという当たり前の結論に落ち着いた。


 結局、命を危険にさらしただけ損だったじゃん。納得いかない。




 ◇◇◇


 私は今、おさんどんをしていた。


 あれからさらに三日。見たことのない顔ぶれが次々にこの本拠地に集まってきていた。

 私たちも含めておおよそ百名を超えるメンバーが本拠地に集結する予定になっているらしい。


 こんなに大人数で集まってバレないもんかねと思いもしたが、この教会周辺には本当に誰もこない。

 ここまで人が来ないということは、村ずくめで手を回しているか、よっぽど神様に人望がないかのどちからなんだろう。後者だったら面白いのに。


 ただ当然のように、数が増えるにしたがって物資も大量に必要になる。特に食料は余計にだ。でも、そんな理由で私がおさんどんをしている訳ではない。物資は元々計画されていたから足りてはいた。


 理由は別のところにあった。

 ……私がぶっ倒したあのお付きの者Aのジーン、あいつはこの拠点の補給担当だったのだ。


 あれからというものの、私に回される食事の量が減った。まずスープが他のメンバーに比べて半分の量になった。

 そればかりか、私のスープだけ肉が入ってなかったり、私のスープにだけ虫が入っていたりした。さらに配られたパンにはカビのトッピング付きだ。そんな陰湿かつ的確な嫌がらせが続いたのだ。


 私は食料を自分で調達することができる。それが私の強みであり、生き延びてこれた所以だ。


 けれども根本的な仕組みとして……肉は作れない!


 たしかに万物は土から生まれる。けれども私が生み出せるのはあくまで土から生えてくる物であり、植物性のものに限られる。当然ながら動物性タンパク質は生えてこない。


 ……そのせいで、私は三日連続肉ゼロの日を過ごした。


 正直、三日連続肉ゼロなんて珍しい事じゃない。盗賊だった頃も肉が食べられることの方が珍しかった。


 ただ、周りが肉を食べている中で私だけ食べれないのは話が違う。


 皆が美味しそうに肉を食べている中、自分一人だけスープに浮かぶ虫をつつくストレスがハンパないのだ。思わず実力行使で肉を奪おうかとも思ったが、そんな事をすれば、お付きの者が因縁をつけてより陰湿な嫌がらせをしてくるに違いない。


 そんな私の惨状をみて、アリシアは、


「欲しいの?」


 とか言いながらこれ見よがしに肉を平らげた。

 おのれ、この世界よ、滅びろ。


 結局私はここでのおさんどん役を買って出る事で、いじめを神回避した。

 ていうか、なんで私ばっかりおさんどんやってんだ?



 ただこの三日、遊んでいるメンバーばかりではなかったようだ。裏でコトは着実に進んでいた。


 ようやく主要メンバーの集合が完了したらしく、夜に作戦会議が開かれることになったのだ。


 ていうか随分と動き出すの遅かったね? 計画の立て方間違ってない? と厭味ったらしく言ってみたが、どうも他の拠点のメンバーを呼ぶ前に私の見極めをしておきたかったらしく、この時間差ができたらしい。


 いや知らんがな。何でもかんでも私のせいにするんじゃねーよ。


 唯一褒められるとすれば、私もその作戦会議に呼ばれたことくらいだった。


 まぁ私の有能さを思えば当然だよね? まだおさんどんしかしてないけど。

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