第39話 目の前に肉が一つ

 

 私の前には、肉が一つ。

 手を伸ばしても届かないギリギリの位置に肉が安置されている。


 これは、私の発狂を止める為の供物だ。

 あれから私は発狂を続けた。

 それを止めるために、あわててエイスが倉庫からもってきたものだった。


「では、ルーさん。仲直りにルーさんの使える魔法を一通り教えて下さいますか?」


 肉へと近づこうとした私の足が後ろにピーンと引っ張られる。まだ足に鎖をつけられているからだ。


 微笑みを浮かべた修道女が、修道女の足元にある肉を私から少し遠ざけた。


「……エクスなんとかさんって、煽り能力すごく高いよね?」

「あら、先ほどは私の名前を普通に口にしていただいてませんでした?」

「あー、言った言った。エくそタレシアさんって」


 その言葉にエイスやお付きの者の顔色が真っ青になった。知らんがな。滅びろ。


「ええ、ではこのエクソタレシアに教えてください。ルーさんが使える魔法を。私、本当はとっても楽しみにしていたのです」

「わーい楽しみにしてくれてありがとねー。例えばねー、目の前の人に石を飛ばして攻撃したり、目の前の人に岩を飛ばして攻撃したり、目の前の人を、岩のゴーレムで殴ったりかなー。実践しようか?」

「岩のゴーレム、そんな事まで……」

「うん、実践しようか?」

「是非お願いします。ただ、ここではそれもままならないでしょうから別の機会を設けさせてください」

「分かったー、いつでも言ってくれよなー。全力でシャイニングフィンガァをお見舞いするから」

「有難う御座います。それともう一つお伺いしたいのですが」

「なんだよ?」

「アリシャさんから下されている命令を教えて下さいませんか?」


 不意打ちに、ちょっとだけ心臓が飛び上がった。

 こいつはまだ私を信じてない。そして主人はアリシアだって決めてかかっている。まぁ正解だけど。


「アリシャは主人じゃなくて私の友人だって言ってんのに」

「アリシャさんはもう自白されましたが」

「えっ! まじで……てか、その手にはのらないぞ!」


 エ糞タレシアはニッコリと微笑んだ。なんだろう、腹立つねこいつ。


「ていうか、私に下されてる命令が何かとかどうでもいいじゃん? 私がこの戦線に協力しようと思ってたのは事実だったんだし」

「過去形ですか?」

「いや、できるのであればこれからも」


 あくまでも命令を遂行する過程で一致する限り、という前提が付くけども。


「……分かりました。ではこの件は不問にしましょう」

「え、いいの?」


 驚いた。この糞女がこうも簡単に引き下がるとは。


「本気で私たちに協力してくださるのでしょう? 私は、ルーさんの意志を大事にしたいと思っています」


 ……これはもしかして、アレか。私が言った「道具のように」という言葉を気にしているのか。単純にエイス達の手前ってのもあるかもしれないけれど。


「じゃあさ、私からもお願いがあるんだけども」


 この融和ムードは利用するに限る。私も修道女に要求を投げつけることにした。


「なんでしょう、ルーさん」

「あんたの足元にある肉、いい加減こっちに持ってきてよ」

「いいですよ?」


 肉を手に取り、私の前に差し出す修道女。

 素早く修道女の手から肉を奪い取り、肉の真ん中にかぶりつく。


「ほへへへうひひひへはほう」

「なんですか? ルーさん」


 これで手打ちにしてやろうと言ったのが、伝わってない。まぁどうでもいい。とにかく今は噛みしめたい。干し肉だから固いけれども噛みしめれば味は出る。


 地下牢は、暫く私が肉を食べているだけの空間となった。

 その間も修道女は、肉をかんでいる私をひたすら見つめてくる。しかも中腰でニコニコと嬉しそうに。


 ……なんだこいつ、犬に餌でも与えた気分にでもなってるのか。いや、鎖に足がついているからそれっぽいにしても。


 とにかく私は肉へと集中し、干し肉を骨だけの姿へと変えた。

 満足してふぅと一息つきながら言う。


「おかわり」

「お手」

「あぁっ!?」


 私はキレた。この世界にも「おかわり」や「お手」はあるのか? いや、大事なのはそこじゃないけど。


「……冗談ですよ、ルーさん。ついつい。ただ肉を新しく持ってくる代わりに、明日ルーさんの魔法を見せてくれませんか?」


 糞女の後ろではエイスが目をまん丸にしながら固まっている。一体何に驚いているんだろうか、もはやどうでもいいけど。


「……いいよー。だから早くおかわりちょうだい? あと、エ糞タレシアさんが……」

「その呼び方を止めろ」


 カチャリと金属音が響いた。お付きの者が目を充血させながらこちらに向かって銃を向けてくる。


「やめなさい、ジーン」

「ですが、エクスタリシア様……! こんな奴、お許しいただけるのであれば……」

「エ糞タレシアさんの言うことをちゃんと聞こうね?」


 煽るつもりの私の言葉に、お付きの者の顔がカッと赤くなった。

 お付きの者が唇を噛む。どっちにしろこの糞女の許可なしでは撃たないだろうから、ただの脅しでしかない。

 ただ、私も脅されてるだけじゃいられない。


「そうだね。いいよ、やろうか? ジーン。エ糞……いや、エクスタリシアさんも魔法を見たいって言ってることだし、明日、その銃と私の土壁のどっちが強いかやってみる?」


 私は、骨をピシりとジーンに向けた。

 銃と土壁どちらが強いか。どちらにしろこれは、今後私が生き残るためにも確認しておかなければならない事だった。


「……いいだろう、後悔するなよ」


 お付きの者が私に向けていた銃口を下へと下す。呼応するように、私も骨を下ろした。


 お付きの者に視線を向けられた修道女は、一度首を振ってから、「分かりました、いいでしょう」と言葉を続けた。

 そんな修道女とお付きの者の後ろで、エイスたちはずっと青い顔をしっぱなしだった。



 そんなわけで明日私の銃殺刑……もとい、銃か魔法かどっちが強いのか大会が開催されることになった。


 ただ、修道女はすでにノリノリで「ようやくルーさんの魔法が見られるのですね」と嬉しそうに色々と指示を出していた。


 ていうか、修道女も服従魔法を使ってるだろうに、なんであんなにワクワクしてるんだろうか。修道女も服従魔法しか使えないタチなんだろうか。


 まぁ、あまり土魔法をみたことがない様子だったので、ここで修道女に脅しをかけておくのも悪くないはずだと感じていた。

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