第38話 牢屋
私は今、一人で牢屋に閉じ込められていた。
アリシアとは別に閉じ込められていた。
牢屋の壁は鉄板で補強され、出入り口は鉄格子で閉じられている。
さらに両手両足を鉄の鎖で縛り、鉄の柱に繋ぐという徹底ぶりだ。
……それは正しかった。
残念ながら私が魔法で破壊できるのは石までだ、鉄は破壊できない。以前雑談でエイスにそう話していた事が仇になった。
後悔しても仕方がない。とにかく地面の鉄板をひたすら睨み続ける。
なんとか魔法を通そうとするけれども、やっぱりうんともすんとも言ってくれない。
おかしいよね、鉄だって土からできているのに。
そんな風に鉄と格闘を続ける中、こちらへと向かってくる足音が聞こえてきた。
ほんの少しだけ重心が右に偏っている足音。これはよく聞いた足音だ。
「ハロー、エイス君」
私の適切な扱い方を組織にアドバイスしてくれた当人が、沈痛な面持ちで姿を現した。
エイスは私の問いかけに答える事もなく、淡々と金属のようなものを取り出し、鉄の扉の錠前へと差し込んだ。
……おりょ?
私は既視感に囚われた。パンの男に牢馬車から連れ出された時となんだか似ている。今度こそこっそり逃がしてくれるパターンか?
「……ルー」
私の名前を呼びながら、ゆっくりと牢屋の中に入ってくるエイス。
廊下にあるランタンのせいで逆光になっており顔は見えないけれど、どんな表情をしているかは声で分かる。まるでこんな所なんて来たくなかったかのように。
私の目の前まで距離を詰め、立ち止まったエイス。私は座っているから、完全に見下ろされている状況だ。
「ルー」
「……」
私は、重い両手を持ち上げながら立ち上がり、呼ばれた名前に答える代わりに、表情が見えない灰色の目を見返した。
「……ルー、お前は……どこまでが嘘でどこからが本当なんだ?」
疑問を呈してくるその態度から察するに、こっそり逃してくれるパターンはなさそうだ。
「もう嘘はついてないよ?」
これも嘘なんだけども。
「……かといって、話すつもりもないんだな?」
「言ったじゃん、私だってあの女を信用してないって」
「そうだな……お前はそう思ってるんだよな」
「で、エイスは何しに来たの?」
エイスは私から視線を外した。そして、一度言いかけた言葉を飲み込んだ。
濃い影が隠す中でもその表情はひどく苦しそうに見える。
「……シスターがお前の処分を決めたんだ」
「その処分って……そう言う意味の処分?」
「あぁ……そうだ」
「そっか」
事態は思った以上に深刻みたいだ。
「俺は……お前を殺したくない」
ぽつりと呟くエイス。色んな考えが頭の中に巡るも、まずは気持ちを切り替えて牢屋の中を見回した。
とにかく急いで逃げる算段をたてる必要がある。
ならば目の前にいるエイスを人質に脱出を考えてみるも、この牢屋には私が扱える武器がない。そもそも私を拘束する鉄の鎖がそれを許さない。
……少しずつ、焦りが生まれてくる。
私はエイスの腰に携えられている長剣へと目をやった。
この長剣は、さっき私達を尋問していた時には持ってなかったものだ。つまりわざわざ持ってきた事になる。
もしエイスが私にこの剣を振るったら、今は逃げれる気がしない。
心の中で舌打ちする。私を適切に扱ったエイスが恨めしい。
私を見ていたエイスが、一瞬その目を閉じだ。
そして目を開き、自らの腰に手を回す。
……これはマズい……。
けれどもエイスが手に取ったものは、剣ではなく、鍵だった。
エイスは腰の皮袋から鍵を取り出し、私の両手の錠前へと差し込んだ。
「おい、なにやってんだ」
「……ここで逃げなきゃ殺されるだけだ」
マジでこっそり逃がしてくれるパターンか?
私は少しだけ目眩がした。
「いや、うん、……わーい、ありがとうって言いたいけど……でも、その……アリシャも捕まっているし」
「アリシャは心配ない。クロッシュが手引きをしている。北の墓地で落ち合う予定だ」
「……そっか……って、いやいや、有難いんだけどさ、なんかおかしくない? それでいいの? あんたらもタダじゃすまないんじゃないの?」
「……もう決めたことだからな」
「いや、そんなこといっても……」
一体こいつらの頭の中はどうなってるんだ? なんでこんなにお人好しなんだ? こいつらにだって想い描く未来があるだろうに。
ガシャリと音をたて、手首の鎖が地に落ちる。それを見届けたあと、私はエイスの顔をみつめる。
「私らを逃がしたとして、あんたらはどうすんの」
「俺たちはなんとかなる。なんとかならないのはルーとアリシャだ」
「そうは言うけど、エイス、あの拠点のリーダーなんでしょ? えらい裏切りじゃないの? 下手したら私らと一緒に殺されたり……」
「……そうなったらそうなった時だ」
「はぁあああっ!? 何言ってんだよ!」
返された単純な答えに、腹の底が煮えたような気がした。
「馬鹿なの? 死ぬの? あんた言ってたでしょ、あんたにはあんたの叶えたい夢があるって。あんたが死んだらその夢は終わりじゃないの? なのに、ぽっと出の私らのために簡単に命を張るって言ってるわけ?」
「……ルー」
「はぁぁぁ、バカすぎてもう知らない。もういいよ、もう分かった、もう私らのことは何もしなくていいよ。私が悪かったんだよ。これは本当のことだけど、私は本当に協力しようとしてここに来たんだ。でもちょっとした事情があっておかしくなってさ……」
もはやこの状況、何をしてもこれ以上悪くはならないだろう。だから迷いはしたが、エイスに告げる。
「だから、もう一回やりなおさせてよ。こうなったら最後の手段で私もあの糞女……じゃなくてエクスタリシアさんに全部話すよ。そしたら誤解は解けるはずだよ。なんだったら肩だって揉むよ? だからもう一回エクスタリシアさんと話しさてよ」
……カミングアウトする情報を選べばなんとかなるはずだ。
命令に違反しない範囲で、こいつらを止めるには、それしかない。
「ルー」
「なんだよ」
「……つまり、お前はこの組織に残りたいと言うことか?」
「あー、うん、残りたいなー。私この組織に残りたいなー」
「……そうか、ルー。お前がこの組織に残りたい理由は…………これじゃないのか?」
言いながら、折り畳まれた紙を私の手に握らせてくる。
受け取った紙をパラリと開いた。
中には、銃の全体像やパーツらしき図形が描かれていた。
「……これは銃の設計図だ。流石に最新ではなく一世代前のものだが。でも、これだけでも充分な手柄だろう?」
「はぁぁ?」
「これを見つけるまでこの組織から離れるわけにはいかない……そう命令されているんだろう?」
私はブチ切れた。
「はぁぁ? はぁあああ??? いい加減にしてくれっ!」
私は設計図を地面に投げ捨てた。ついでに拘束されたままの足で踏みにじる。
「何言ってんだ、なんでこんなもの!」
「……ルー、お前は随分と銃に興味を持っていたな。探るような質問も多かった。それに普通の奴隷は、火薬や設計図という考え方自体知らないはずだ。執務室にも、これを盗むために忍び込んだんだろう?」
「アアアアアアアアアッ! うるさいっ、そんなの知らんがなっ!! いや、その程度のことなんて知ってるがなっ! いや、違う、知らんがなっ! それに万が一私が設計図を欲しがっていたとしても、そんなのホイホイ渡すんじゃねぇよ! このクソバカアホエイス!」
「ルー……」
「こんなものが何になるってんだよ! 日本人はね、種子島に銃がやってきた時に銃を分解してマネして作ってんだ、こんなもの後生大事に守っててもマネする奴は分解してマネすんだよ! なんでみんなして必死にこんなの守ろうとしてんだ!」
「無理に分解したら爆発するようになってるが」
「へ? ……そうなの?」
「あぁ。その仕組みもここに書かれている。だから二重の意味で重要なんだが……知らなかったのか?」
痛々しいものを見るかのような目線で、私を見てくるエイス。
「うん……知らなかった。てか、君たち随分と危ないものを持ち歩いていたんだね」
「…………」
あれ、無視された。
これは呆れフェーズに入ったか?
「じゃあ、これも爆発とかする?」
私は設計図を踏みにじっていた足をのけた。
「それはただの紙だ」
「いやそれはそうだろうけど……なんか仕込んでんじゃないの? 怖いから捨ててきてよ」
「……いいのか?」
「さっき私が言ってたこと聞いてた?」
「もし最新のものが必要なら……」
「はぁぁ?? 私の話聞いてた!? いらんて!」
「……分かった。いらないなら処分する。俺もちょっと危ない橋を渡っちまったからな」
「いやいやいや、クソバカアホエイス君。なにやってんのよ。どうせ危ない橋渡るんなら、そんなもんより肉がいいよ。肉盗ってきてよ」
「……そうだな、次はそうするよ」
言いながら、一旦廊下へ出てランタンを手に戻ってくるエイス。
「やったー……ってか一応聞いておくけど、それって私の墓には肉を供えてやるぜベイベー的な意味じゃないよね? 確か死刑囚は最後の晩餐に好きな物を食べさせてもらえるとか聞いたことがあるんだけど……」
「……どうだろうな。とにかくこれは燃やしてしまうけどいいか?」
「だからいいって言ってんじゃん。それを種火にバーベキューしようぜ」
ランタンで設計図の端に火をつけるエイス。
設計図は端から燃え広がり、少しずつ灰になって牢屋の中に舞い散った。
ただ、そのあいだ中ずっとエイスがこっちを見ているのが気になった。
もしかしてまだ疑ってんのか?
イラついて抗議の言葉を口にしようとした瞬間、複数の足音がこちらに向かってくる。
予想に違わず現れたその姿は、修道女とお付きの者だった。
「シスターエクスタリシア」
牢屋の中に入ってくる修道女に向き直り、片膝をつくエイス。
それを見た修道女が、ふわりと笑い、口を開いた。
「……ルーさん、設計図は燃やしてしまいましたが、よかったのですか?」
「はぁ?」
「あと、糞女と話しをしたいとおっしゃっていましたね? お話ししますか?」
「…………はぁ? ……はああああああああああっ!?」
脳内が熱くなる。
この段になってようやく気付いた。
さっきからずっと私は試されていたんだ。銃の情報を盗み出す命令を受けてないかどうかを。
「イアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
私は叫んだ。
なんなんだ、皆して私を馬鹿にしやがって!
こんなの酷くない? バカなの? 死ぬの!? こんな世界酷すぎる! 滅んでしまえっ!
私は、久しぶりに第六天魔王になりたい気持ちになった。
「ふざけんなっ! キィエエエエエエエエッ!」
牢屋の狭い空間で、私の絶叫は反響し続けた。
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