第37話 転がされたアリシアが一つ


 私の横にはアリシアがひとつ。

 両手両足を縛られて、みじめに転がされたアリシアがひとつ。

 ついでに私も同じように転がされている。


 あれから一日遅れて本拠地に到着したアリシアは、到着後すぐに拘束された。

 今は地下牢の一部屋で、二人して芋虫状態になっている。お陰でアリシアから向けられる視線がとても痛い。


「俺達だって本当はこんな事はしたくないんだ……」


 瞳に沈痛なものを浮かべながらエイスが呟いた。


 私達を取り囲んでいるのはエイスと、修道女とお付きの者、それに加えて後から到着したレドやクロッシュたちだった。

 初期メンバー揃い踏みだ。明らかに嫌がらせだ。


 突然拘束されたアリシアは、はじめは修道女やメンバーに対して怒りの声をあげていた。

 けれども私の素行が説明されてからは、ただただ私に冷たい視線を向けるだけのマシーンとなった。

 あー、胃が痛い……。


「けれど話してもらうしかないんだ。アリシャ、君なら知っているんじゃないのか? ルーの主人は誰だ? ルーに下されている命令はなんだ?」


 ただただ押し黙って首を振るアリシア。そうだ、がんばれアリシア、こんな奴らの暴力に屈するなー!


「もしかして、アリシャ……君だったりするんじゃないのか?」


 いかにも貴族然とした見た目のアリシアだ。当然の流れだ。


「私とアリシャの友情を疑うなんて酷くない?」


 二人の会話に割って入る。それによってアリシアに「私は何もしゃべってないよ」と暗に伝えたつもりだった。ただ、何もしゃべってないのはそうだとしても、何もやってない訳ではない。


「友情……? 今考えてみれば、君たちの間柄は友情といえるものではなかったように思える」

「……酷い! 友情の形も人それぞれだよ」


 バレてるなら仕方ない。まぁ、実際にその通りだし。


 ただ、こんな風に何度も繰り返される詰問に、いつまでも無言を貫き続けるのは逆効果と思ったのだろう。

 苛立った瞳を一瞬私に向けた後、アリシアが小さく口を開いた。


「……ルーの言った通りです。私ではありません。それに私は、ルーが服従させられているなんて知りませんでした」


 アリシアはシラを切る事を選択した。

 事前に意識合わせをしていないからここからは完全にアドリブになってしまうけれど、その選択の理由は分かる。


 アリシアが服従魔法を使えるなんてカミングアウトした日には、よくて追放、最悪この場で殺される。服従魔法を使えるなんて、奴隷にとっては危険人物でしかないからだ。

 戦線の本拠地にいて絶対的な信頼がある修道女とは訳が違うのだ。知らんけど。


「……知らなかったと? ルーが言う通り、ルーと君の間に友情があるのならそれは考えられない」


 一瞬私に視線を向けた後、エイスが続ける。


「それに……君たちはまだ嘘をついている」


 エイスの声のトーンが一層冷えた。


「最初に君たちはクルーシャから逃げてきたと言っていた。……ただ、クルーシャの農園主にアリシャと同じくらいの年の娘はいなかった」


 私の背中の筋が冷たくなった。

 ……もうそこまで調査されているのか。調査が既に終わっているという事は、結構前から疑われていたという事だ。

 もうこれは、だいぶ無理かもしれない。


「でも、クルーシャからというのは」

「ルー! 君には聞いてない」


 さっきからこんな調子で私の話を聞いてもらえない。でも、クルーシャから来たと嘘をついたのは私だから、私が話さないといけないのだ。


「その話をしたのは私だ、アリシャじゃない。だから私に理由を聞かないと意味がないよ?」


 その言葉に、ようやくエイスも私の方へと向き直した。


「じゃあルー……なぜ嘘をついた? クルーシャから逃げてきた事も、魔法が使える事も、主人がいる事も全部だ。俺たちが君たちを信用できるはずがないだろう?」


 エイスから向けられる瞳の奥に怒りが見える。


「……嘘ついていたのは謝るよ。でも最初に会った時は私だって警戒していたんだ。あんな状況じゃみんなを信用できなかったのも仕方ないじゃないか」

「じゃあ、今なら説明できるのか?」


 思い切って嘘を認めてみるも、エイスの口調は変わらない。もはや、彼らが望むような説明をしない限り、信用が回復しないレベルになっているんだろう。いや、彼らが望む説明をしたところで、信用が回復するかどうか。


 ただ……それについては私も思うところがあった。


「今だって、無理だよ……」

「ルー……」

「私だって、そこのエクスなんとかさんを信用できないもの」


 私に服従魔法をかけて口を割らせようとしてきた女。こんな場でも、悠然とした態度を崩さない修道女。


「エイスも見たでしょ。さっき私が服従魔法をかけられかけたのを」

「……それはルーが」

「私が悪いって? そりゃ、食べ物探したのは悪かったけど、両手を縛られて銃口を向けられて服従させられそうになるほど悪いことだった?」


 エイスの表情が、一瞬ひるんだ気がした。それを見ながら言葉を続ける。


「……私だっていままで一生懸命協力していたつもりだった。芋だってむいたし、みんなと一緒に戦って、みんなに向けられる攻撃も前に立って防いだ。褒められることはあっても、ここまで酷い事をされる覚えはない。それが何? ちょっと言いたくない事を言わなかっただけで、力づく? そのうえ服従魔法までかけて、口を割らせようとした? なんだよそれ、私の意志なんてどうでもいいって事じゃん」


 エイスの顔つきも、メンバーの顔つきも、大きく歪んだ。


「それってさ……私の事を道具としか見てないって事じゃん。奴隷解放を訴えているエクスタリシアさんこそが、そんな事をしちゃいけないとは思わなかったの?」


 エイスもメンバーも、私の言葉には答えない。


 ……この修道女は、私に服従魔法をかけようとした。つまり、奴隷解放を掲げるくせに、私を奴隷扱いしたのだ。

 目的の為に手段は選ばないのは分かるが、目的と反する手段を選ぶ人間は、目的をどこか軽んじているか、本当の目的を隠しているかの可能性が高い。

 だからこの修道女は、私の中では信用できない人物に成り下がった、


 まぁ彼らからしてみたら、私の方がよっぽど信用できないんだろうけども。


 そんな私の意図が伝わりでもしたんだろうか。エイスと私の間に、修道女が割って入る。

 次いで優しい笑顔を向けてきた。


「……ルーさん。あなたのおっしゃることは分かりました」


 私が投げる視線を、優しく受け止める。


「私たちの間には随分と深い溝があるようです。私たちはもう少しお互いを知らなければならないでしょう。……けれども今は少し休みませんか? あなたは今とても興奮されているようです」


 そんな風に、是とも非とも言えない事を言いながら微笑む修道女。


 そして本当に話をしても無駄だと思ったのだろう。

 ふわりと目を細めてから、お付きの者に場を任せて去ってゆく。


 その悠然とした背中を見て思う。


 バーカ、バーカ。何が「あなたはとても興奮されているようです」だよ。上から目線でいってんじゃねーよ。次に会ったときは覚えておけー。


 そう思いつつも、私は牢屋の床にへばりついていた。なんとも情けない姿でね。 

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