第35話 深夜のピクニック


 分隊の中では私たちの部隊が一番乗りだった。


 もちろん、食料面に不安がなく最速で行動できた私のお陰のはずだけれども、誰も褒めてくれない。どちらかというと、休憩を取らずに行動した疲れの方が大きく、それどころじゃなさそうだった。


 そんなわけで、諸々の説明は後回しにして、とにかく今夜は地下施設で休息を取ることにした。


 白い修道女に施設の奥へと案内される。

 この施設は地下牢としても使われていたこともあるらしく、小さく区切られた小部屋……つまり牢屋が多く備えられていた。私はそのうちの一つの部屋をあてがわれた。


 やった! 一人部屋ゲット。まぁ、女性が私一人だからだけど。

 初めての建物で寝るのって、なんだか旅行気分でテンションがあがるよね。さらに地下だから暗いおかげで、探求心もくすぐられる。

 だからやらないわけにはいかない。


 ……深夜のピクニック、もとい、情報収集の開始だ。


 明日にはアリシアや他のメンバーが到着するだろう。だから、夜間に一人で行動できるのは今夜だけなのだ。



 深夜、みんなが寝静まっただろう頃。

 木でできた固い寝台から身体を起こし、音を立てないように鉄格子の扉を開く。


 ……私は、この戦線を支援している組織が教会だなんて思っていなかった。


 太古の神々が道具として奴隷を作った以上、教会が奴隷を支援するのはおかしいのだ。さらに、最新の武器である銃を所持しているのもおかしい。教会が表の顔だとしても、裏には別の組織が存在するはずだ。


 その組織がアクトリア王国と敵対する組織なら良いにしろ、そうでないならどこかで袂を分かつ必要がある。だからできる限り早めに目星を付けておきたい。



 私はぬき足さし足で、暗い通路へと進み出る。


 道中、皆が寝ている小部屋を通り抜けてきたけれど、みんな疲れ果てているのだろう。多少私が音を立て歩いても、目を覚ますことはないほどに眠っていた。


 ゆっくりと歩を進め、目星をつけていた部屋の前まで歩み寄る。

 修道女に案内された際にこの部屋をチラ見した時、中には書類などが沢山置かれていた。恐らく執務室なのだろう。

 ……情報を探すには絶好の場所だった。


 私は慎重に木の扉を開く。


 部屋の中は真っ暗で、人の気配も感じられない。第一段階クリアだ。


 通路においてあった小さなランタンを手にして、部屋の中へと足を踏み入れた。

 ランタンの光が、部屋の中をぼんやりと照らす。


 中央に大きな机があり、壁沿いには大小様々な棚があった。


 まずは手始めに一番大きな棚を開ける。中には鞭や手錠や釘といった道具が並んでいた。ぱっと見、拷問道具に見えて声が出そうになったが、見ない事にして扉を閉める。


 隣の棚の引き出しを開ける。中にはコンパスや定規などの雑多な道具が入っていた。シーリングスタンプ等がないかと探したが、それっぽいものは何もない。ここもハズレ。


 私が求める情報、それは何かしらの「印章」だった。


 なんでもいい、この戦線の背後にいる組織の素性をうかがい知ることができる印章。それこそ手紙に押印されているものでもいいし、武器や衣服などに刻印されているものでもいい。


 私は文字が読めない。ずっと農作業ばっかりしてきたし、盗賊時代も勉強できる環境ではなかった。けれども印章だけは分かる。盗賊時代に出来る限り旅商人をひっ捕まえて、教えてもらっていたからだ。

 その知識が命運を分けることがあると思っていたためだ。


 捜索を続ける中、ふと、一番奥に設置されている小さな机が気になった。この部屋の中ではこの机だけに豪華な装飾が施されている。


 その細工された美しい装飾の引き手を握り、ゆっくりと引いてみる。

 引き戸の中に入っていたのは……小さなガラスの小瓶。その小瓶を手に取り目の前にかざした。


 小瓶の中に入っているのは、黄金色の粘度のある液体だった。


 キラキラと輝くような液体。これはもしかして……蜂蜜というやつではないだろうか?


 土属性な私は、常にフレッシュなフルーツを食べることができる。

 ただ、いまだにこの世界では蜂蜜というものを口にしていない。森の中で蜂の巣を見かけて突撃したこともあったが、死にそうになったのであきらめていた。


 ……もしこの黄金色に輝く蜂蜜をフルーツにかけたら、どれほど美味しいだろう。


 そんな危険で甘い想像が頭の中に駆け巡る。


 私は、この蜂蜜を徴収することに決めた。


 ただ、とにかくひと舐めだけでもしておこうと、ガラス瓶のコルクを開けて人差し指を突っ込んだ。


 すると、思ったよりも固い感覚が私の指に伝わってくる。


 あれ?

 そう思った瞬間。


「手を挙げろ!」


 突然背後から聞こえてきた男性の叫び声に、私は両手をあげた。


 その反動で小瓶が吹っ飛び、放物線状の軌道を描きながら床に落ちてゆく。

 

 ――なんか、こういうの前にもあったな。

 グリーンライムをくんかくんかしてた時とか。


 目の前の食べ物に必死になりすぎて、警戒がお留守になるのはよくないね。


 小瓶が砕ける音を聞きながら、そう残念に思わずにはいられなかった。

 

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