第34話 今、かわいいと言ったね?
土壁に閉じ込めた人物を「食っちゃるぞー」と散々脅したのは失敗だった。
どうもこの男は、奴隷解放戦線の本拠地からの伝令だったらしい。
そうならそうと早く言ってほしい。散々脅した後に解放したからとても怯えてしまっている。
死んだ魚のような目をしながら身体を抱えて震える男。あまりの震えっぷりに、エイスから『ルーお前、何やったんだよ……」と怒られた。
いや、そんなん知らんがな。伝令が来るなら来るって言っておいてくれ。
その伝令が来てからというものの、アジトが一気に慌ただしくなった。メンバー全員で荷物を整理したり、破棄したりしているのを見ると、まるでお引越しでもするんじゃないかと思うほどだった。
「え? そうっすよ、ここを引き払うんっすよ? 聞いてないんですか?」
「は?」
エイスもクロッシュもレドも相手してくれないから、弟子一号のロジに聞いたらこれだよ。
どうせ私はなんにも聞いてないですよー。情報格差だ。いじめかよ。ムカついたから一人で勝手に芋を蒸して食べまくった。
彼らは決めたら行動が早い。
次の日の朝にはアジトを引き払い、一部残るメンバーをのぞいて全員で西へと向かって出発する事になった。
今回も、部隊をいくつかに分けて森を行軍する。
私とアリシアは別の部隊に分けられた。アリシアはクロッシュの部隊で、私はエイスの部隊、つまりエイスという監視付きだ。
露骨な分断と監視にイラっともするが、どうせならこの機会に情報格差を覆してやろうと思い、荷物や銃を大量に背負って歩いているエイスへと声をかけた。
「ねぇ、どこに向かってんの?」
「まっすぐだよ、まっすぐ」
「まっすぐって……?」
「まっすぐって言ったらまっすぐだよ」
「……はぁ。まっすぐね」
そのまままっすぐ天国へ、とかじゃないならいいけど。
元々警戒されているからか、ずっとこんな感じだ。この組織の成り立ちや戦略だけでなく、これからどこにいくのかすら教えてもらえない。
それでも私は、手を替え品を替え、情報収集の努力をする。
森の中の行軍はかなり気を使う。
落石だけじゃない。森には虫や蛇といった小型の生物から、猛獣といった大型の危険な生物までいる。それらに気を払いながら、警備兵に見つからないような歩きづらいルートを進むのだ。苦労もひとしおだ。
だからこそ、休憩時間には気が緩む。
その隙を狙おうと、崖に身を寄せて休憩を取るメンバーたちに、私はネクターを振る舞うことにした。
「はーい、ルーちゃんのもぎたてフレッシュなフルーツですよ」
人気の高いネクターをメンバーに配っていく。いわゆる賄賂作戦だ。喜ぶ隊のメンバー。
ただし、エイスに渡そうとしたタイミングで、私はこれを取り上げた。
「……エイスは、肉と交換」
エイスが一瞬、むっとした顔をする。
「肉なんてもってないぞ?」
「うそだー、そんな重そうな荷物かかえてんのに?」
「肉より大事なものがあるだろ」
「肉より大事なものって何よ。銃弾とか?」
「……気になるのか?」
そりゃねーと言いながら、私はエイスにネクターを手渡した。
「だってさー。私なんにも教えてもらってないんだよ? 色々気になるよ。最悪、これからのことは教えて貰えないにしろ、せめて過去のことくらいは教えて教えてほしいと思うのが普通じゃない? あの時の軍の施設襲ったやつとかさー。あれって銃弾とか火薬とかを焼いてたんでしょ?」
その言葉にエイスが少し驚いた表情をした。
「……ルー、火薬って、随分難しい言葉知ってるんだな」
私は思わず唖然としてしまう。
「……いやいや、火薬くらい知ってるでしょ。エイスって、私の事バカだ思ってない?」
私は勘づいた。
もしかしてエイスは、私があやしいから何も教えないんじゃなく、バカだと思ってるから教えないんじゃないだろうか。
そうだったらいたたまれない。私のスーパー頭脳が泣く。なんとかその評価を覆すために思いっきり賢そうな話をふってみた。
「……本当は賢いルーちゃんは、他にも可能性を考えてるよ。例えば銃の設計図を奪いに行ったとか、技術者を救いに行ったとかは鉄板だよね」
「……設計図って言葉まで知ってるのか。ルーちゃんはすごいな。どこで知ったんだ?」
この世界の奴隷は、火薬や設計図については知らないらしい。
銃弾という単語はエイスが口にしていたから知っててもおかしくないけど、火薬とか設計図とかまでは、奴隷として生きてたら知らないだろうしね。
「あー、いやほらさ、前の奴隷農園の主人がそういうの好きでさ、色々しゃべってたのを盗み聞きしたんだ」
「盗み聞きか。ルーっぽいな」
……一対こいつは、私をなんだと思ってるんだろうか。
「やだー、私そんなことしないよー。盗賊じゃあるまいし。てかさ、正解か不正解かくらいは教えてくれてもいいんじゃない? 聞いといて答え言わないのはズルいよ」
「そうだな、まぁ……当たらずとも遠からず、って所かな」
「そうなんだ。まぁ銃を持ってるアドバンテージはちょっとでもキープしておきたいもんねぇ」
分かる分かると私は首を大げさに縦に振った。
「……そうか、大魔術師のルー様でもそう思うんだな」
「そりゃそうよー。テクノロジーの進化は魔法みたいなもんだからねー。私だって魔法の杖よりスマホが欲しい時とかもあるし」
「スマホ……?」
こんな感じで結局、私がペラペラしゃべるだけの会になった。
おかげでロクな情報を手に入れることができなかった。これじゃあべこべだ。
◇
この組織の背後に誰がいるか。
いくつかの可能性について考えてはいた。
例えば、アクトリア国の敵対国、現アクトリア王に敵対する国内勢力、あるいは火器の威力を示したがる武器商人たち。
人道的な理由から支援してくれている可能性なんて考えない。なにしろ奴隷は道具なのだ。人ではないモノには人道的支援など必要ない。
けれどもなんとかの法則によると、こういう場合には一番あり得ないものがでてくるものらしい。
移動を繰り返して私たちが辿りついたのは、地方都市カルディアのほとりにある古めかしい教会だった。
その教会の奥に、白い石でつくられた石碑がずらっと並んでいる。あれは墓地だ。
私たちは、夜の闇に紛れて一つの墓石の前まで忍び込んだ。
エイスが力づくで墓石の一つを裏返すと、そこには穴があった。ただの墓ではない、下から風が吹き上げてくるほど深い穴だ。
エイスは私にランタンを渡し、手で中に入れと追い立てた。
「ねぇ。もしかして墓に入れっていってる?」
これは直接的な「死刑」の意味か。
私だけ墓に入らされて、「そのまま封印されて終了」なんてなることを警戒した私は、別のメンバーに先に入るよう促して、安全を確認してから後から続いた。
階段の中は空気がひんやりと冷たく、カビ臭い。石壁で囲まれてはいるが、この石壁の向こう側には本当に人が埋まっていると考えたら、背筋がゾッとしてさらにひんやりとした気分になる。
そんな気持ちを堪えながら、長い階段をゆっくりと降りていくと、たどり着いた底に大きな広間があった。
石造りの暗い空間は、数十人くらいは入れそうなホールになっていて、武器や道具箱らしき荷物が置かれている。その奥には通路らしき道があって、さらに奥の部屋らしき空間がうっすらと灯りでて照らされていた。
私たちが降りてくる音がうるさかったからだろうか、通路の先のうっすらとした灯りがこちらに向かってくる。
それは三人ほどの影だった。
先頭にいる人影は、華奢な女性だ。年のころ二十歳前後だろうか、白い修道服を身にまとった白い長髪の女性。この薄暗い地下には場違いだと思えるような白い立ち姿だった。
「……シスターエクスタリシア、お久しぶりです」
慌てて階段から降りてきたエイスが、膝を折り恭しく礼をする。
「フィーラのエイス、あなた達がご無事であったことを心から嬉しく思います」
フィーラ? フィーラのエイスだと?
突然出てきた厨二病みたいな言葉の響きに、私は思わず噴き出した。
お陰で、エイスからかなり冷たい視線を向けられた。
吹き出してしまったからだろうか、白い女性が私へと視線を向けてきた。透明な水色の目を優しく細める。
「……とても可愛いお嬢さんもいらっしゃるのですね。今日は疲れたでしょう? フィーラの全員がここにたどり着くまでるまで暫くかかるでしょう。今夜はゆっくり休んでください」
……この人、今、私の事を見て「可愛い」って言ったね?
なんていい人なんだ。エイスが敬語を使っていたから、戦線のお偉いさんなんだろうけど、さすがお偉いさんは一味違うね。違いが分かる人間だね。
そんな人からの助言にはきっちりと従った方がいい。だから私は今日はゆっくりと休むことにした。
なんてこと、あるわけがない。
私は、盗賊なのだ。なんだったらコソ泥でもなんでもいい。
だから私は、他の人が寝静まったタイミングで、この地下施設の捜査をすることにした。
教会が、人道目的で奴隷を支援してるなんてありえないからね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます