第33話 我をたたえよ


「ふははは、讃えよ、讃えよ、我を讃えよ」


 戦線のアジトに帰ってからは、ひたすら私のターンが続いていた。


 弱きを助け、強きをくじく。さらにお腹が減っている人には食べ物を分け与える。

 まさに救世主的英雄。そんな事ができる私が讃えられないわけはない。


「苦しゅうない、肩を揉め」

「はいっ! 先生っ!」

「イテテテテッ!、やめてっ、もういいからやめてっ!」


 力加減ができない弟子一号(ロジ)を止める。隣では弟子二号(ティム)がどうしていいか分からずにオロオロとしていた。


「そこの弟子二号、ぼさーっとしている暇があったら役に立たない兄弟子の代わりに肩を揉む!」

「は……はいっ!」

「イテテテッ! 痛いって、君たちなんなの? 馬鹿なの? 馬鹿力なの?」

「す、すみません!」


 アジトに帰った後、エイスは「私が魔法を使える事」を残りのメンバーにカミングアウトした。

 一時は騒然となったものの、その後はロジやティムのように魔法を習ってみたいというメンバーが出てきて、私は多くの弟子を抱える事となった。


 やっぱりみんな魔法使いたいよねー。使えるようになるかは知らんけど。


 かくして野外で魔法教室を開くこと数回。ここにいるのは五名ほどのメンバーだ。全てのメンバーに一度で教えると他の作業が手薄になるので、ローテーションで魔法教室を開いている。


「……なら俺がやろうか?」

「あ、待って待って、マッチョ君……じゃなくてクロッシュ君、君は何もしなくていいよ。とにかく頑張って魔法使ってみて」


 弟子三号(マッチョ)に肩でも揉まれた日には、肩の骨が砕ける。


「それと弟子二号、ティム君。君にはこのご神体を授けよう。銅貨三枚でいいよ」


 お手製の石の像をティムに放り投げる。ティムは慌てて石の像を受け取った。


「これは……何ですか?」

「御神体だよ。土の女神っぽいやつ。銅貨三枚ね」

「僕、お金なんて持ってないです……」

「あー、ツケでいいよ、ツケで」

「……このご神体と魔法には関係があるのか?」


 聞こえてきたのはマッチョの声。マッチョのくせに師匠が答えられない質問をしてくるなんて生意気だ。


「マッチョ君……分かってないね。魔法というものは正しき精神から生まれるもの。つまりご神体を磨いたり、師匠の肩を揉んだりする事でその正しき精神が育まれ……」

「そう……じゃあ先ずはあなたの精神から正さないといけないわね」

「げっ!」


 アリシア、私の天敵だ。

 野外で遊んで……いや、魔法の習得に勤しんでいた私たちを連れ戻しに来たようだ。後ろにはエイスもいる。私の天敵揃い組だ。


「あなたたちが遊んでいるせいで、内は大変なんですけど?」

「……なんと、私たちの崇高な鍛錬を遊びと言うか……ええいっ、弟子たち、あいつをやっておしまい!」

「えっ? それはちょっと……」

「あ、そういえば俺、今日は洗濯当番だったな……」

「ぼ、僕も芋むきに戻らないと……」


 一切気概を感じさせない言葉を言う弟子たち。


「…………ぐぬぬ、仕方ない、ならば一旦撤退だ。ただしこれは撤退などではない、戦略的後退だ」


 敗戦濃厚になったらすぐに撤退するのが良将の証。こんな所でこいつらを相手していたって仕方ないのだ。だた、それにしたって販売機会を奪われたのは悔やまれる。


「はぁ、今日で全部売りつけてしまおうと思ってたのに……」


 心から残念の声が出た。


「なぁ……アリシャ、一つ聞いていいか?」


 二人の方から流れてきたエイスの声。


「ええ……」

「ルーは……最初っから「ああ」だったのか?」

「ええ、最初っから「ああ」よ」

「そうか、なんと言っていいのか」

「……ええ、私も、なんと言っていいのか」


 ……なんだあいつら? 結託しやがって。アリシアだっていつの間にか猫かぶりをやめてるし。あれか? 外敵がいたら内側は結束するというあれか? 


 抗議のために「土魔法のことは嫌いになっても、私のことは嫌いにならないでくださいー」と言ってみたが、場の空気が死ぬだけで終わった。




 そんな風に魔法の存在で戦線が浮足立っていたのも最初の数日だけだった。


 魔法教室に来るメンバーが何故だかどんどん減ってゆく。

 これはいけない、私の立場が弱くなってしまう。可能性を捨てることは生きる事を捨てる事だぞ? いいのか? 弟子たちよ。

 ていうか、せっかく私の立場の向上のいい機会なのに、どうすれば?



 それからおおよそ一週間。


 雨が降ってるからやる気がなくダラダラしてたら、雨があがった瞬間に周辺を警備してこいと言いつけられ、洞窟外へと放逐させられた。ついでに食べ物を持って帰ってこいと言いつけられる。


 なんだか以前より扱いが雑になってないだろうか。


 ただ、流石に一人で警備に回るまでは信用されていなかったようで、弟子二号(ティム)をつけられた。


 この弟子二号(ティム)は、カザル鉱山から逃げてきた逃亡奴隷だ。魔法の事をカミングアウトした際に、すぐに理解を示したメンバーの一人だった。


 元々カザル鉱山の麻袋は私じゃないかと疑っていたらしい。これ以上変な噂がたつのも嫌なので、慌てて口止めしたけれど、目ざとい奴っているものよのー。


「そんな訳でティム君、本日のメインミッションを復唱せよ」


 湿った土の香りを感じながら、私はティムに向かって片手をあげる。


「はい、師匠。それは肉です!」


 弟子二号(ティム)も私にあわせて片手をあげる。


「よろしい。ティム君。私は肉を食べたいのだ。そんな訳で本日の講義は穴掘りだ」

「はい、穴掘りですね!」


 警備なんて真面目にやってられないしねー。


「穴を制する者は世界を制す。なぜならば、穴を制すものは世界を制すからだ。こんな風に」


 魔法の光がふわっと湧く。私は魔法で人が一人入れるほどの穴を作った。


「凄いです、師匠っ!」

「ただ、私が掘るのは穴だけだ。これを罠に仕立てるのは君の役目だ。まずは地面の底に槍っぽい何かを仕込んでくれたまえ。その上に枝を組んで葉っぱを被せるのを忘れずにな」

「はいっ、頑張りますっ! これも魔法の訓練なのですよね!?」

「そうとも、土と戯れる。それこそ土魔法の極意」

「分かりました! 師匠!」


 私は、ティムが罠を作るのを見守った。


「あーティム君、ダメダメ、それだと人間が気づかず落ちちゃうよ」


 決して人が落ちるような罠を作ってはいけない。万が一メンバーが気づかずに落ちた日には、私は死刑になるだろう。


「だからまず、そこの石を積み上げるのだ。こうやって」


 私は魔法で大きな石を浮遊させて動かし、穴の四隅に配置する。


「凄いです! これなら分かりやすいですね」

「うむ……ただ念には念を入れて、もう少し分かりやすくしておこう」

「どんな感じにですか?」

「こうだよ、こう」


 さらに石を浮かせて移動させ、鏡餅状態に重ねてゆく。ぱっと見で人為的に作られた目印だと分かるように。


「なるほど、凄いです! こうですか?」


 ティムが鏡餅状態の石に向かって手を振りかざす。

 その瞬間、頂上の小石がコロリと転げ落ちた。


「…………」

「…………」

「今、石、動きました?」

「うん、動いた。ってか、落ちた?」

「……バランスが悪かったんですかね?」

「うーん、知らないけどそうなんじゃない?」


 だって。


「土魔法ってこういうものだから」


 言いながら私は、「その人物」の四方に大きな土壁を生み出した。土壁でできた檻を作ったのだ。


「うおぉっ!!」


 その人物が濁った叫び声をあげる。こいつは、少し前から私たちを観察していた人物だ。


「な、なんだこれは! ど、どうなってる!?」


 突然起きた事に、土の檻の中の人間が騒ぎ立てている。ティムはティムで、突然起きたことに驚き青い顔をしていた。


「……これは肉ゲットのうちに入るのかな?」


 いや、さすがに人間はどうかな、と思いながら私は首を傾げた。

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