第31話 シャバの空気
「ぷはー! やっぱりシャバの空気はうめえなぁ」
言いながら、地上に顔を出す私。
長い穴の中でも滅茶苦茶色々と聞かれたけれども、全部無視していた。とりあえずシャバの空気を堪能させてほしい。
土の中から顔を出すメンバーたち。次々と森の中へとあがてってくる。結構長い穴を作って距離を稼いだので、ここまで逃げれば当面は安全だろう。
そのメンバーの様子を見届けたタイミングで……。
「じゃあ、私先に帰ってるね! お疲れ様でした!」
この場を去ろうとしたけれど、エイスに腕を掴まれた。
いや、もう絶対色々と怒られるパターンじゃん。しかも私を見てくるエイスの目が笑ってないし。まじで怖いよ、エイス君。
私は手を振り払おうとして失敗した。
「……あの、さっさとここから離れた方がいいんじゃないかな? まだそこまで離れてないし」
ここに居るのは十数人ほどのメンバーだ。目立つことこの上ない。
「分かった。けれどルー、話は聞かせてもらうぞ」
普段の柔和な口調ではなく、命令口調で告げてくるエイス。やだー、話なんてしたくない。もしかしたら怒られるだけでは済まないかもしれないなと、胃が痛くなってきたその時……エイスが腰に下げている縄をほどき、私の右手首に巻き始めた。
「は?」
続けてエイス自身の左手首に巻き、器用に縄を結ぶ。
こ、これは……汽車ぽっぽ遊び、ではなく犯罪者の護送方法!
「えっと……」
「さっきの逃げ方されたら捕まえられないからな」
「え、や、やだなぁ。逃げようなんて思ってないよ?」
「さっき逃げようとしてただろ」
もうやだ、帰りたい。
酷い扱いに傷つきながらも、犯罪者よろしく護送されながら森の中を進む。
道すがら、他のメンバーがちゃんと逃げられたかについてや、目的は何だったのか、目的は達成したのか等を聞いてみたけれど、表情ひとつ変えずに無視された。
やだー、会話できない人って嫌い。もう力づくで逃げようかと思ったけれど、ここで逃げたら意味ないし、命令も達成できなくなるって自分で思っちゃってるから、電撃が来て逃げられないだろう。なんて不自由なんだ。
三時間ほど歩き続けた後。
私たちは休憩を取る事にした。先ほどの戦いで負傷したメンバーがいたので、手当ての時間が必要だった。
大きな倒木と、ゴツゴツとした岩場がある場所で足を止める。
それぞれのメンバーが負傷者の手当を行ったり、焚火を付けたりなどの作業を始めた。
そんな中、私は倒木の上に腰掛けさせられる。どうやら地面に正座レベルの扱いは避けられたようだ。
エイスは私に繋がれているので私の隣に立っているけれども、長身だから威圧感あるなー。やだなー。
焚火がチロチロと燃え始める。そのオレンジ色の光に照らされる中、みんながみんな無言を貫いていた。いや、分かるよ、エイスの剣幕が恐ろしいもんね。
仕方がないからこの空気を打破するために小咄でもしようかと思った瞬間、エイスが口を開いた。
「ルー、まず確認しておきたい。お前は俺たちの味方なのか?」
真正面に目を見つめられる。
多分、こんな質問に意味はない。きっと返答よりも態度そのものを見られてるんだろう。
こういう事をされるのは苦手なので、私はなんとなく視線を外す。
「見てたら分かるじゃん、さっき手伝ってたでしょ?」
「じゃあ何故貴族だという事を隠していた?」
……あ、そうだ。忘れていた。この世界では魔法は王侯貴族しか使えないんだった。
「いや、私貴族じゃないよ?」
誤解だったら解けばいい。少しだけ会話に糸口を見出した私は、なんとかエイスに視線を返す事ができた。
「いや、さっきのは魔法だろ? 流石に俺でも分かる」
「うん、土魔法」
「土魔法? とにかくお前は貴族だろ? だから魔法が……」
「いやいや、れっきとした奴隷だって。奴隷印だってちゃんとあるし」
胸元に撒いている布を少しだけ下げる。
「ルーの奴隷印は……偽物じゃないのか?」
「違うって、正真正銘本物。なんだったら調べる?」
正直あまり調べられたくはない場所だったが、誤解を解く他の方法が思いつかない。奴隷印はくっきりと刻印されているので、生まれつきのものか人為的なものかは、よく見ればわかるはずだ。
「い、いや、調べるって……」
なんとなく私との距離を開けるエイス。まぁ、エイスも嫌だよね。
「じゃあどうしろと……」
気まずい空気が焚火の周りを支配する。暫くして、先ほどからチラチラと視線を送ってきていたロジが手をあげた。
「じゃあ、俺が調べる」
「却下だ」
早々にエイスに却下された。なんだこいつタダの紳士かよ。
結局、奴隷印についてはメリダに調べてもらう事になり、私が奴隷かどうかの証明は保留になった。
「じゃあ……ルーが奴隷だったとして、なんで魔法が使えるか教えてもらえるか?」
「知らない」
「知らないって……」
「知らないものは知らないんだって。まぁあえて言えば私の努力の賜物?」
「いや、努力って……」
「じゃあ俺らも努力すれば魔法が使えるようになるっすか?」
ロジが身を乗り出して瞳を輝かせる。
「あー、なるんじゃない? 知らないけど」
それを聞いたロジは両手をあげて子供みたいに喜んだ。他のメンバーもおおっと感嘆の声をあげている。
うん、これはやってしまったかもしれない、私自身なんで魔法を使えるようになったか分かってない。だから、彼らが使えるようになるかなんて分かるはずもない。
一方のエイスは、灰の髪をぐしゃっとしながら頭を抱えた。なんだか悩みはとても深い模様。
「ルー……昔から魔法を使えるのは王侯貴族だけだと決まっているんだ」
「やってみないとわかんないじゃん。……てか、食べてみないと甘いかどうか分からないって言ったのはエイスだし」
「…………」
実際のところ私が魔法を使えるんだ。彼らが使えたっておかしくない。いや、私がおかしいだけかもしれないけれども。
「じゃあ、魔法ってどうやって使うか教えてほしいっす!」
ロジがはしゃぎながら「こうやってっすか?」と言ってフンっと手を前に出す。
「違う違う、こうっ!」
私もはしゃいでフンッと手をだし、魔法で小さな土壁を作った。歓声とどよめきが沸き起こる。
そのあと私はロジに魔法三分講座を披露した。けれども私自身も魔法というものが分かってない上に、教育も受けてない。だからなんとなく感覚で「こうやってフンッ」程度の事しか言えなかった。三分もかからなかったかもしれない。
「それは……もういい」
なんだかグダグダの雰囲気になってきたところで、エイスが話の流れを切ってきた。
「じゃあ、なんでルーは魔法を使える事をずっと隠していた? ……それだけ魔法が使えればあの時だって助けなんていらなかっただろ?」
「……あの時ってどの時よ」
「……俺らが最初にあった時だ」
「あー、あの時かぁ……あの時はパニックになっていたからなー」
「パニック?」
「うん、あんまり思い出したくないんだけど……」
「……」
必殺、思い出したくないから聞かないで攻撃。
実際、思い出したくない事であるのは間違いない。ただ、その程度で誤魔化せる雰囲気でもない。困ったなーと思った瞬間、救いの手が現れた。
「いいじゃないですか、エイスさん。ルーさんが俺達を助けてくれたのは事実なんだし」
「いや、あのな。ロジ」
「ここにいる全員で見てたでしょ? ルーさんがいなかったら俺ら、あそこから逃げられたかどうかも分かんなかったっすよ?」
おお、いいぞロジ、その調子だ。弟子(仮)はつくっておくものだな。
「それに、ルーさんが手伝ってくれたら、この戦線も強くなるんじゃないっすか? それに俺も魔法を使いたいし」
本当の気持ちは言葉の後半に現れているんだろうが、いいぞもっとやれ。
「魔法ってお前……」
「ひとつ知っておいて欲しいことがありまーす」
ロジの言葉で調子にのった私は、エイスを遮るようにして左手をあげる。
「土魔法は便利だということです!」
言いながら、腰の小袋から種を取り出す。これはネクターという黄桃に似た果物の種だ。老若男女に人気の高級フルーツで、キルキスにいた時に拝借したものだ。
いつものように土に撒き、高速育成する。
どよめきがこの場を支配した。目の前で高速にネクターが生えてきたら、そりゃ驚くよね。
当のエイスも、茫然とした様子で固まっている。
たわわに実ったネクターの実。
私はおもむろに立ち上がり、ネクターの実をもいだ。甘い香りが広がる中、黄色い実をエイスへと手渡す。
「ほら、戦いの後の一杯は最高だよ?」
歓声をあげるエイス以外のメンバーを見て……この賄賂作戦の威力を感じずにはいられなかった。
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