第30話 ルーは一体


「………………ルー?」


 真っ青な顔色で、私の名前を口にするエイス。


 そりゃ驚くわ。なんで燃え盛る軍の基地の中に私がいるんだ、って話だよね。

 しかも火のそばでグリーンライムをクンカクンカしているし。


 驚きと疑念を隠すこともないまま、目を見開き固まるエイス。


 ただ、この瞬間も戦場の秒針は進んでいる。

 私の視界の先――エイスの背後に影が生まれた。その影がエイスに向かって弓を引く。


 私は考える間もなく全力で魔力を注ぎ込み、エイスの背後に土壁を生み出した。

 轟音と共に土壁が生成され、土壁に矢が刺さる音が聞こえてくる。


「――!?」


 異変を感じて背後を見るエイス。


「な、なんだ……!?」


 それでも事は終わらない、今度は私の背後に砂を踏む音が生まれた。

 振り返ることもせずに、私の背後に土壁を生成する。


「!?」


 再び土壁に矢が刺さる音を聞きながら、振り返りざまに土壁に目線用の穴を開け、目視できた兵士を穴へと落として、埋める。


 ……ていうか、ちょっとさっきのは危なかったかもしれない。私が土壁名人でよかった。


「…………ルー?」


 二つの土壁で仕切られた空間の中は、ぼうっと光る魔法の明かりで満たされていた。その魔法の光は、次第に火の粉と混じって空へと消えてゆく。


 再び私の名前を呼んだエイスの目には――不審ばかりではなく、理解できない不気味なものを見たかのような感情が浮かんでいた。


 とりあえず私は、エイスに掴まれたままの手を払う。


「へへっ、ごめんね? とにかく……」


 その時、空気を切り裂く鋭い音が響き渡った。

 普通の弓矢の音ではない。音を鳴らす鏑矢の音だ。


「おい! 何しているんだ、逃げろ、敵の援軍がくるぞ!」


 声と同時にこちらへと駆けてくる一人の男。その男の視線がこちらへと向かって……。


「ってルー!? まさかルー!? なんでルーがこんな所に!?」


 私に詰め寄る黒髪の男……もちろん戦線のメンバーだ。けれども私はこいつの名前を覚えていない。顔は見たことあるんだけど……誰だっけ?


 直後、男の声に弾かれるようにエイスが表情を変えた。


「ロジ、ルーを頼む! 俺はここから皆の退却を援護する!」


 言いながら、土壁に半身を隠して銃を構えるエイス。

 私は銃身を抱えるエイスの左腕をちょんと触る。


「何を……!」

「ねぇ、退却するなら一緒に退却しようよ。この程度なら……」


 私は、ロジの背後にも土壁を生み出した。次の瞬間、連続した矢が次々と降り注ぎ、土壁へと刺さっていく。

 これで土壁三つ目だ。もはや春の土壁祭り状態だ。


「この程度の攻撃なら……土壁君が守ってくれるはずだから」


 突然生まれた土壁を見て、目を皿のようにひん剥くロジ。


 ただ、そこからのエイスの判断は早かった。首に下げていた笛を吹き、全員に退却を知らせる。

 次の瞬間、遠くの角の先から見覚えのあるメンバーたちが飛び出してきた。十人弱はいるだろうか。


 走って退却するメンバーの背後に、私は大きな土壁を生みだした。メンバーを守る事が目的だったけれども、どちらかというと異様な光景に戸惑って兵士達の攻撃が止まった効果の方が大きかったかもしれない。もちろん戦線のメンバーも驚いて足を止めるけれども、早く逃げろという声に背中を押されて再び走り出す。

 中には防ぎ漏らす矢も何本かあったけれども、エイスが一人でしんがりを務めるよりもよっぽどマシだよね。


「ルー……一体」


 同じく走って後退する中、厳しいほどに不審の目を向けてくるエイス。

 私はとりあえず走る事に専念した。



 燃えさかる拠点内を突っ切り、目的の通用門が見えてきた時。

 ――通用門の向こう側から馬の蹄の音が響いてきた。ロジが言っていた援軍だろうか。退却が間に合わなかったか。


 考えていても仕方ない。私は通用門の外側に堀型の落とし穴を作る。と同時に足元にも穴を掘り、みんなに入るように促した。

 前と後ろから敵が来るのなら、下に逃げればいい。


 けれども集まったメンバーは掘られた穴を遠巻きに見るだけで、一向に穴の中に入ろうとしない。

 そうしている間にも敵の援軍はやってくる。


 瞬間、通用門の方から馬のいななきと男の悲鳴が聞こえてきた。

 ちゃんと堀の穴に落ちてくれたようだ。けれどもそんなに時間を稼げるものでもない。


「いいから入って!」


 咄嗟のことなので頭が追い付かないのだろう、私が何度声をかけても動かない。なんとか動いてくれないかと、エイスに向かって視線を送る。

 次の瞬間、エイスがメンバーに穴に入れと命令すると、みんなが一斉に穴の中に入ってゆく。

 あー、これが信頼の違いってやつだね。仕方がないけど傷つくよね。


 背後にいる兵士が、弓から槍へと武器を持ち替え投擲してきた。それをなんとか土壁で塞ぎながら、私は最後のメンバーが穴の中に入った瞬間に穴を閉じる。


 トンネルを抜けて地上に出たのは、それから随分経ってのことだった。


 

 さて、ここからどうやって誤魔化そうか、

 私はそのことばかり考えていた。

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