第29話 追跡


 陽の光が沈んでから。

 私とアリシアとメリダの女性陣三人はエイスに集合させられた。


 そして、二つの事が告げられる。


 一つ、この拠点のメンバーは留守番を除いて一時的にここからいなくなる。だが、三人はこのままここに待機する事。

 一つ、十日間経っても誰も戻ってこなければこの拠点を捨てて逃げる事。


 これから何をしようとしているのかは教えてもらえなかった。メリダは知っていそうだったけれど、私たち二人には教えてくれない。


「私もみんなについていく」

「……ルー、遊びじゃないんだ」


 遊びじゃないと分かっているからこそ言ったのだけれど、真顔で一蹴されてしまう。


 エイスの反応も仕方ない。この拠点に来てから私はおさんどんしかしていない。魔法が使える事はカミングアウトしてないのだ。

 最初に助けてもらった時に黙っていたので、今更カミングアウトしても疑われるからだ。


 だからエイスの反応も仕方がない。


「うん、遊びじゃないのは分かってるよ? でも銃、私も銃使ってみたい!」

「ルー、もう一度言う。遊びじゃないんだ」


 魔法が使えないなら銃を使えばいいじゃない、そんな考えのもと交渉してみるも、聞き分けのない子供に対するように諭される。


 エイスは愛想笑いもなしに足早に去っていった。どうやら彼自身も随分と余裕がないようだ、こんな調子では、今の私が何を言っても無駄だろう。


 仕方がないからこっそり後をつけていくことにした私は、ちらりとアリシアの顔を見る。

 アリシアは私が何をしようとしているのか分かったらしく、諦めたような顔で小さくため息をついた。




 

 外が完全に暗くなった頃。

 二十を超える男達が武器を手に、洞窟から出発した。

 一部の留守番を除いたほとんどのメンバーが出ていった事になる。


 途端に洞窟内も静かになり、息を殺すように静まった。

 こんな日は、たいした活動もできないため、留守番組も早めに寝静まる。


 その隙を見計らい、私は洞窟の外へ顔を出した。


 空を見上げると、無数の星が瞬いている。ただ、月はどこにも見えなかった。下弦の月は真夜中まで姿を隠している。だから今日は、星の光だけが頼りの暗い夜だった。


 私は、洞窟から持ち出した小さなランタンに火をつけ、ランタンに外套を被せて出力を絞ってから追跡を開始した。


 彼らも警戒して少人数に分けて移動しているが、それでも人間の歩くルートには折れた枝や足跡が残る。盗賊をやっていた私からすると追跡可能な範囲だ。


 彼らの影を追うこと数十分。直ぐに一つの分隊を発見した。


 私は手元のランタンを消し、息を潜めて観察する。


 この分隊は――浅黒のレドが率いる分隊だ。四人組の分隊だった。


 エイスは「十日間誰も戻ってこなければこの拠点を捨てろ」と言った。

 つまり結構長期の追跡になるということか。


 私は粘り強くレド隊を尾行することにした。

 

 途中、彼らの干し肉を盗んだりしてバレそうになったり、寝坊して見失ないそうになったりする事もあったが、なんとか彼らの後をつけ続けることができた。


 追跡も三日目の夜に入り、そろそろ飽きてきて帰ろうかなと思い始めた頃だった。レド率いる分隊は、マッチョ率いる分隊と合流した。

 

 これはようやく作戦開始か?


 二つの分隊は何らかの意思疎通を交わした後、再び分かれていった。レド隊を追う事に飽きていた私は、マッチョ隊を追う事にした。



 その日の深夜。

 マッチョ隊を追っていると、遠くの方に大きく開けた空間と、小さなかがり火が見えてきた。


 かがり火がぼんやりと照らし出すのは、高い塀と、その奥に見える倉庫らしき建物だ。

 その施設を、軍服を纏った人間が警備している。


 これは――軍の拠点だろうか。


 倉庫らしき建物が複数あることから、補給基地のようにも見えた。


 もしかして、略奪? 


 そんな風に考えている間にも、カチャリと金属音が響く。マッチョたちは肩に掛けていた銃を構えていた。


 警備兵達に気づかれないかヒヤヒヤしたけど、風が鳴らす木の葉の音が、音を隠してくれたようだ。


 そしてそのまま動かなくなるマッチョ隊。

 彼らは銃を構えたまま静止している。何かを待っているようだった。


 張り詰めた空気の中で、私は足に這い上がってきた大きなアリが気になり、手で払いのけた時……軍の施設の向こう側に異変が現れた。


 一本の火矢が、月のない夜空を切り裂いた。


 ……始まった!?


 火矢は放物線の軌道を描き、基地の中へと消えていった。

 次の瞬間――森の中のあちこちから無数の火矢が夜空へと打ち上げられた。

 まるで小さな花火のようだった。

 その花火たちが放物線を描きながら基地の中へと降り注ぐ。


(はえー、たーまやー)


 幻想的な風景に心の中で拍手を送った直後、圧力を伴った銃声が鼓膜を揺らした。マッチョ隊が発砲したのだ。警備兵の怒号が聞こえてくる。


 そして、マッチョ隊が飛び出した。

 私は距離を取りながらも、マッチョ隊の後を追う。


 補給基地らしき通用門までたどり着くと、その通用門の前で兵士が倒れていた。


 うーん、不意打ちとはいえ、マッチョはやっぱり有能だ。


 私は、通用門を抜けてマッチョたちの後を追う。


 基地の中は既に明るかった。木造の建物やら倉庫やらが燃え始めていたからだ。


 手慣れたもんだった。内側にメンバーが入り込み、何かをまきながら火をつけている。ただ、当然ながら敵からの反撃もあるので、あちこちで戦闘が起きている。

 だから私は、穴の中に身を潜め、警備兵をこっそり埋めたりして援護した。


 そんな努力を続けて暫く。

 大きな爆音が発生する。その音の大きさに、一瞬心臓が止まりそうになった。


 音の方へ振り返ると、眩しいオレンジ色の光が立っていた。同時に大きな黒煙も。


 ……木が燃えるレベルじゃない。火薬とかそれっぽい何かが爆発したような感じだ。


 もしかして襲撃の目的は、これだったのか? ここにある火薬や銃などを破壊すること?


 それが答えだと言わんばかりに再びあがる爆音。

 心臓に悪いからやめてほしいと思いつつも、とにかく穴からの支援は忘れない。


 バレない様に土の中を移動し、敵を見つけて穴に落とす。

 効率が悪いので、麻袋スタイルで外に出ることも考えたけれども、こんな暗い中で麻袋を被って走り回るのは自殺行為だ。それは前回のキルキスの時に学んだことだ。だから私の驚異的な視力2.0を活かしたヒットアンドアウェイ戦法を選択したのだ。


 だからだろうか。

 私の驚異的な視力2.0が、見つけてしまった。


 私の人生の質――クオリティ・オブ・ライフを高めるものを。

 ずっと欲しいと思っていたグリーンライムの実を。


 グリーンライムは、爽やかな香りとほのかな酸っぱさが特徴の果実だ。干し肉にかけると臭みを消してくれる神食材だ。


 昔、旅の商人から手に入れた時は喜んで毎日のように使っていたけれど、ある日寝ぼけて種を捨ててしまった。それからは一度もお目にかかれていない。

 そんなグリーンライムの実が、燃える倉庫の近くにある樽の上にちょこんと置かれているのだ。


 ここは絶賛火災中だ。放って置いたらあのグリーンライムも燃えてしまうだろう。その前に救い出す義務が私にはある。


 私は覚悟を決めて、ゆっくりと気持ちを落ち着けた。そして辺りに危険なものがないか確かめるために目を凝らす。


 周囲を走る兵士や戦線のメンバーが見えなくなくなった一瞬。

 今だとばかりに、一気に穴から飛び出した。


 リレー選手になった気持ちで緑の実へと駆けつけ、しっかりとその実を手中に収める。


 やったーと思いながらもくるくると回して無事を確かめる。温度もあがってないし、目立った傷もない。よかった、これなら種も生きているはずだ。


 私は、久しぶりに出会ったグリーンライムの香りを嗅いだ。

 灰や煙の臭いが充満している中でも、しっかりと芳しい香りを感じ取ることができた。


 ああ、頭の中が芳しい香りでいっぱいだ。もはやクンカクンカが止まらない。


 その時。

 私の右後背に気配を感じた。


 ――あ、


 声をあげる間もなく、右腕を取られて強制的に相手の方へと顔を向けられる。


 向いた視線の先にいたのは――エイスだった。


 エイスは信じられない物を見たかのような表情で、私を凝視していた。


 あ、これ……私終わったかもしれない。

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