第28話 待て



 私とアリシアは洞窟の小さな空間で「待て」をさせられていた。



 暇にまかせて、洞窟内の音に耳を傾けると、なんとなく以前よりも慌ただしそうに感じた。キルキスの事件がちょっとは影響しているのだろうか。


 それでも洞窟内は殺風景だ。狭い部屋で待てをさせられた日には、すぐに暇になってしまう。


 その暇さ加減にいつのまにか視界が白くなってゆく。これはヤバいと思いながらも、どうしようもなく視界が閉ざされていく…………とその瞬間、ビターンッ! と頬に衝撃を受けた。

 アリシアに頬をビンタされたのだ。


 思わず反射的にアリシアの頬を叩き返す私。

 アリシアがそれに怒りを燃やして手を上げようとし、さらに私がそれに対抗しようとした瞬間。


「……何やってんの? 君たち」


 通路の向こう側から器を手にしたエイスが姿を見せた。どうやら見られていたらしい。


「いや、その、ちょっと夢かなって思って」

「ええっ、そう、ちょっと夢かなって思って」


 寝ぼけて変に取り繕った私と同じく、アリシアも変に取り繕った。


「……夢と思ったらビンタするんだ?」


 失笑しながらエイスが器を私たちに手渡してくる。

 どうやらこの世界では、夢かどうか確かめるために、頬をつねったりビンタしたりする習慣はないらしい。


「夢だったらビンタしたら覚めるでしょ? 今覚めてないってことは夢じゃないなって。またみんなに会えて嬉しいなって」

「……そうか。俺も嬉しいよ。君達が無事でよかった」


 焦って異常な取り繕い方をする私に、エイスが大人な対応で返してくる。お陰でこの場はなんとか収まった。

 よかった、これ以上突っ込まれても困るしね。



 エイスから水をもらって一呼吸ついた私たちは、事前に示し合わせておいた事情を説明した。

 エイスはキルキスでの異変を知っていたのだろう。だから説明自体はスムーズだった。


「……大変だったな。アリシャ、君の叔母さんも大丈夫だったかい?」


 これは雑談に紛れた「君、叔母さんにこの組織のことをしゃべってないだろうね」の確認だろう。


「はい。大丈夫です。もちろん伯母には何も話してません。私も叔母を危険に晒す事なんて望んでいませんから」


 アリシアのきっぱりとした口ぶりが今は頼りになる。なぜならば今の私は、全く戦力になってないからだ。


 なんだか眠くて仕方がない。アリシアの声も遠くなっていく。

 ほぼ視界がなくなった瞬間、脇腹にアリシアのエルボーを食らった。


 グフッと声をあげながらも、眠さに負けていく私を見たからか、エイスが、


「……分かった。とにかく君たちはとても疲れているみたいだ。今日はここで休むといい」


 と助けを入れてくれた。

 計ってやった事ではないけれども、とにかく一旦は受け入れてくれるみたいでよかった。そう思いながらも身体が傾いていく。

 

 頬に冷たい岩の感触が伝わると同時に、意識が遠のいていった。




 ◇


 翌朝。

 とにかく私たちは一時的にでも戦線で保護してもらえることになった。


 ただ、お世話になるからにはルールに従う必要があるらしい。

 一つ、上からの命令には絶対に従う。

 一つ、許可なく洞窟の外に出ない。

 一つ、仕事をこなす。


 仕事というのは、哨戒とかその辺だろうか。それこそ私の得意とするところ……と思っていたけれども、私に割り当てられた仕事は食事の準備だった。

 そうだった……彼らの前では、私は猫をかぶっていたんだった。


 まずは様子見をするために、魔法の事は言わないように示し合わせているから仕方ない。割り振られた仕事に不満を抱きつつも、従うしかなかった。



 そんな訳で私は芋を剥いていた。

 それこそ、生まれてこの方ずっと芋を剥いてきたかのように芋を剥き続けていた。この拠点には二十名から三十名ほどのメンバーがいるらしい。だからゆうに一日百個近い芋を剥かなければならない。頭の中は、芋、芋、芋だ。


 調理は、岩と岩の間を水がちょろちょろと流れる小部屋で行っていた。風穴も複数あるので小さな火なら扱える。ただ、材料は芋と水のみ。つまり、芋をゆでるくらいしかできない。


 私は、隣で芋を剥く壮齢の女性に話しかける。


「メリダさん、お肉食べたい。今日も肉はないんですか?」

「そうねー。今日もないわね」

「はぁ。悲惨だ……ぴえん超えてぱおんだよ」

「ぴえんこ……?」

「いや、なんでもないです。ちょっと古かったですかね。でも、これだったら前に貰った固いパンのほうがマシだったなー」


 亜麻色の髪のこの女性は、同じく奴隷解放戦線のおさんどん係の人だ。今まではこの人ひとりで準備をしていたらしい。それこそぴえんだろう。


「うーん、ここのところ慌ただしいから、なかなか物資まで手が回らないみたいね」

「はぁ。外に出ていいなら、美味しい物を採ってこれるんですけどねー」

「ふふ、ルーってまるで美味しい物を食べる為にここに来たみたいな事を言うのね」

「まぁ近いものはありますよ」

「そう、分かりやすくていいわね。一緒にきたアリシャちゃんは違うっぽいけど」


 メリダはこうやって定期的にアリシアに対する情報収集をしかけてくる。

 まぁ、金髪碧眼のいかにもお貴族様然とした人間なんだ。疑いたくもなるだろう。実際は二人とも裏切っていたんだし。


「アリシャも前はすごい食いしん坊だったんだけど、最近は全然なんですよー」

「そうなのね。どうしてかしら」

「メニューに肉が出てこないからじゃないかなぁ」

「……そんなに肉が食いたかったのか」


 突然後ろからかけられた声。出た、エイスだ。

 エイスはこうやって定期的にここの様子を伺いにくる。仕方がない、正直それだけ怪しい自覚はある。


「いや、私はそうでもないんだけど、ほら、外で働いている人たちには肉を食べてもらいたいなーって……」

「いや今、ルーが肉食べたいーって言ってたろ」


 苦笑するエイス。

 そうかよ、そんな所から聞いてたんなら肉を寄越せよ。そんな事もいえずに、私は無言で芋を剥くスピードをあげた。


「で、ルー、ちょっといいかな? 会わせたい人がいるんだけども」

「へ? 私?」

「そう、ルー」


 なんだか嫌な予感がする……。


「だ、誰? 私、まともな知り合いなんていないんだけど……」


 その言葉に二人とも同情の目を向けてきた。いや、そんな目で見られても事実だから仕方ない。知り合いといったら、盗賊時代の知り合いくらいしか思い当たらない。


「まぁ、いいからいいから」


 そういって手招きをしてくるエイス。メリダからも促されたので、仕方なくついていく事にした。

 ついでにバレないように芋剥きナイフをポケットにいれておく。いざとなったら、どうにかして逃げるしかない。そう思いながらエイスの後をついていく。


 エイスに案内された場所には……ひとりの青年が待っていた。

 知らない顔だった。薄い水色の髪に、くすんだグレイの瞳の色。

 元盗賊……でもないだろう。貧相に痩せていて健康状態を疑いたくなる体格。そして手足には虐待されていたような傷跡。


 エイスから促され、青年の前へ出る。


「こいつはティムだ。カザル鉱山から逃げてきた同胞だ」

「あ、そうなんだ」


 よかった。盗賊つながりじゃない。それにあそこから逃げおおせた人が一人でもいたんだ。

 そう思うと、少しだけ心が軽くなった。


 カザル鉱山の事件がきっかけで私も逃げたって事にしているから、エイスが引き合わせてくれたのだろう。


「彼は、ルーをどこかで見たことがあると言っていてね」

「ファッ!?」


 身体がびょんと跳ねあがる。


 ……どこだ? どこでミスった?

 あの時は麻袋を被っていたから、顔がバレるはずはない。ついでにここに向かう道のりでも奴隷には会ってないはずだ。それなのに、何をどこでミスった?


 私はチラリとエイスの顔を見た。エイスは柔和な表情で私を見ている。


 うん、とにかく慌てるのはよくない。

 そう思い、冷静さを装いながら、相手から出された握手に応えるように右手を出そうとして……ふと気がついた。

 見ているのだ、ティムと名乗った青年が私の右手を。正確には「右手首に巻いている布」を。麻袋を被っていた時にもこれを付けていたけれど……まさかこれくらいでバレたりしないよね?


 私はロボットみたいな動きで右手を差し出した。


「こんにちはルー、僕はティム。君はキルキスにいたんだってね」

「ふぁい、そうです。ほんのちょっとだけだけど、キルキスにいたよ?」

「そっか、どこかでルーを見かけたような気がするんだけども、僕のこと覚えてないかな?」

「え、ティムは鉱山にいたんでしょ? 私は街中に隠れていたからなー、鉱山は知らないなー」

「……そっか、そうなんだね。ごめんね、勘違いだったみたいだ。でも、これからよろしくね」

「うん、よ、よろしく……」


 私を観察するエイスの視線を感じる。


 いや、これは厳しい。ティムはエイスになんと言ったんだろう。


 どちらにしろ、今私がやってはいけないことは、慌てふためくことだろう。

 そしてそれができないなら……早期撤退しかない。


「じゃあ、私、芋を剥きたいから行くね」

「……そんなに芋を剥きたいのか?」

「うん、私芋を剥くの、大好き」


 あー、これでずっとおさんどん役だよ。そう思いながらも慌ててその場から逃げる私。


 ……これは、なんか、ちょっと何かがバレているかもしれない……いや、麻袋から出た手足くらいで確証なんて持てるはずもないし、そもそもあの時の事を話しても簡単に信じられる話でもないはずだ。それこそ苦しい日常が見せた夢なんじゃないかと思う位に。


 ……ていうか、これからどうするよ?


 半ばパニックに陥りながらも、私は大好きと言ってしまった芋剥き作業へと戻る。


 その後は何もなく、芋を蒸かし続けて日が暮れた。


 夜にはアリシアに会って状況を聞くことができた。ただ、アリシアはティムと会ってないらしい。

 アリシアはあの時、旅行セットと一緒に顔バレしてたから、アリシア側にも話がいくかと思ったけど、そうでもなかった。つまり私の勘違いか?


 ついでにアリシアに割り当てられた作業についても聞いてみる。アリシアは物資の管理や、装備品の修繕などに割り当てられているらしい。

 なんだかアリシアの方が若干知的労働っぽくて腹が立つ。


 だからアリシアに、これらの物資、特に銃の提供元を探っておいてとお願いしたら「いいわ。ルーは芋剥き忙しくて、そんな暇ないものね」と得意げに言われた。

 芋剥き作業を馬鹿にしやがって。

 私は今度からアリシアに配給で小さい芋を渡すことにした。

 



 そんなこんなで芋を剥き続けて八日目の朝。

 その日は朝から洞窟内が慌ただしかった。


 みんな各々武器を持ち出して、あちこちで地図を手に話し合いをしている。洞窟内の雰囲気もピリピリとしていて、エイスもレドもクロッシュも、私たちに気をかけている余裕はなさそうだった。


 どうやら、やっと何かの行動に出るらしい。

 ようやく迫り来る芋剥き作業から解放される予感に、私はなんだかワクワクした。

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