第26話 キルキスの作戦
次の日の朝。
私たちは、キルキスの街中を闊歩していた。
カザル鉱山から奴隷を逃がした。
これでキルキスの警備も強化されるはずだ。それを確認してから奴隷解放戦線に向かうことにしたのだ。
予想通り街中には、多くの警備兵が出回り、商人たちも噂を口々に囃し立てていた。
私は商人たちの言葉に耳を傾ける。
「おい、聞いたか……カザル鉱山の話」
「ああ、聞いたさ」
そうそう、奴隷たちみんな逃げちゃったんだよ、と心の中で会話に参加する。
「あれ、本当なのか?」
「岩の怪物が出たってやつだろ……?」
あれ? そっち?
私は少しだけ意外に思った。
「そいつ、一振りで宿舎を壊したらしいぜ」
「空から飛んできたとも聞いたぞ」
しかも、意味不明な尾ひれまでついている。
「袋状の変な生き物もいたらしい」
「そいつが奴隷を全部殺したらしいな」
いやいや、私、そんなことしてませんが?
心の中で突っ込みながらも、突き刺さってくる視線に負けて私はアリシアの方へと目を向けた。
アリシアは、「あなた、やりすぎたんじゃないの?」と言わんばかりの目を向けてくる。
ここままだとまた小言を食らう気がしたので、私はアリシアの手をひっぱって街の中心から離れる事にした。
アリシアを引っ張っていったのは、キルキスの中心市場から少し外れたアングラな露店街だ。腐りかけの肉や正体不明な香辛料の匂いが混じり、絶妙な臭さを醸し出している。
ただ、こんな吹き溜まりのような場所でも噂話は入ってきた。どの話も似たような話で、「岩の巨人」や「袋の化け物」の話ばかりだ。
でも、そんな彼らの噂話からも分かった事がある。
……既に何人かの奴隷が捕まったようだ。
麻袋星人の姿は、奴隷たちの前でしか見せてない。それが噂になっている。つまり、捕まった奴隷が証言したということだ。
だからこそ、なんだか気分が暗くなる。
……なにもそんなに早くに捕まる事ないじゃないか。
鉱山で働く奴隷の命は短い。おおよそ一年から二年でほぼ全ての奴隷が入れ替わる。だからこそワンチャン逃げた方がいいと思いはしたが、こうも早く捕まるなら話は違う。
鞭を打たれながら狭い坑道で二年間生きるか、自由を手にいれるための分の悪い賭けにでるか。どちらがいいなんて分からない。ましてや、私と違って、彼らは自分の意志で逃げた訳でもないのだから。
「ルビ?」
何度か話かけられていた事に気がついて、私はアリシアへと目をやった。
「どうしたのよ。ぼーっとして」
「いや、これからどうしようかな、と思って」
「どうするも何も決まってるでしょ。とにかく早めに街を出ましょう。思った以上に警備が厳しくなってる。下手したら私たちも捕まるわ」
「そうだよね。下手したら私らも捕まるよね」
私は、捕まっただろう奴隷の事を思い浮かべた。
「ルビ?」
「……捕まりたくないもんね」
「当り前じゃない、さっさと行くわよ」
「うん、さっさと行ったほうがいいよね」
「……ルビ?」
アリシアが顔に疑問符を浮かべる。
「あなた、何かおかしいわよ。どうかしたの?」
「いや、さっさと行くのは正しいと思う。だからアリシアは先に街の外に出ておいてほしいなー」
アリシアの瞳が大きく見開かれた。
「……あなた、何を言ってるの?」
「アリシアの安全は確保しておくつもりだから安心して」
「……だから、あなた、何を言ってるのよ?」
「別に命令違反じゃない。きっとこれも命令範囲だよ、うん」
自分を説得する言葉をかける。
私が考えていることは、命令違反かどうかギリギリの所だった。だからこそ、命令違反ではないと強く暗示をかける。
「ルビ? どういうこと?」
アリシアの眼差しに不信か宿る。ただ、私は無視して路地の奥の道に入り、穴を掘り始めた。
「だから何を考えてるのよ。答えなさいよ」
アリシアが強い口調で問いかけてくる。でも、私はとにかく穴を掘った。アリシアと問答すると、自分の判断がブレてしまうかもしれないからだ。
何度も投げかけられる言葉を無視し続けるうちに、ついにアリシアは諦め「あとで説明してもらうわよ」という一言と共に街の外へと退避した。
◇
朧月がのぼる夜。
私は、風を受けながらキルキスの街並みを見下ろした。
レンガ造りの三階建ての屋根に登り、街全体を見渡す。気分は鼠小僧だ。ここからは東の監視塔がよく見える。
事前の盗み聞きによると、逃亡奴隷はあの東の監視塔の地下牢に捕らえられているらしい。
「出勤だ、今日も元気に、麻袋」
五・七・五にのせて作戦決行の鬨をあげる。
私は地上まで一気に駆け下りようと屋根を踏みしめた。
途端、ぼろい屋根が割れたせいで足を滑らせ、地上まで自由落下した。でもかまわない。勢いそのままで土の中に潜ることにした。これは「奴隷を逃がそう作戦・再」決行の狼煙なのだ。
アリシアだけじゃない、私もこのところずっとイライラしていた。
何もかもうまくいかない。
何かを成そうとしても、逆の結果ばかりが手に入る。その事実が私の心の中で澱となり、大きく降り積もっていた。
……つまりこれは、私の中に溜まったキチゲの発散なのだ。
「キエエエエエエエエエッ!」
心のゆくまま魔力を発散させ、土の中を突き進む。
穴を掘るのだ。それだけをただ、ひたすらに。例え地味でもコソ泥のようでも、これが私の必殺技だ。これによって成し遂げられる事もある。
監視塔を目指して爆速で穴を掘りすすめていると、土質が変わり建物の土台らしき岩にぶち当たる。ビンゴだ。監視塔の地下だ。
岩を砕いて、建物の中へと侵入する。
勢いよく石畳の下から登場する私こと麻袋星人。
ざわめく牢内。牢内の者たちからすると、麻袋が石畳の下から飛び出してきたかのように見えるだろう。
地下牢の中には思ったより多くの奴隷が捕らえられていた。どことなく見覚えのある顔もいる。
「きょあああああっ!」
発狂しながら鉄格子の石畳の下に穴を作る。その穴を潜って牢屋からでてくるようにジェスチャーで促した。ちなみに奴隷じゃないゴロツキまで出てきたので、手早く分別した。
出てきた彼らに向かって、この穴を伝って街の外と逃げろと、おっさんを意識した声色で伝える。
驚きはしただろうが、彼らからすると麻袋星人とは二度目の邂逅だ。だから意図を理解するのも早く、簡単に指示に従ってくれた。
「なんだ……騒がしい…………」
そんな声が遠くから聞こえてきた。上階から兵士が降りてきたのだろう。私は急いで階段部分を大きな石で塞ぐ。石の向こうが騒ぎになり始めたが、気にしない。
そうして全ての奴隷を逃がしたあと、彼らを逃した穴を埋める。そして別の穴を掘り始める。街の外につながる穴ではなく、街の中につながる穴だ。
これには二つの意味があった。
奴隷が街中に逃げたと誤認させること。
もう一つは、私が街中で暴れて時間を稼ぐことだ。
私は、監視塔の脇の小道に出た。
辺りはすでに大混乱だった。警報の鐘が鳴り響き、大量の警備兵たちが監視塔へと急ぎ足で向かってくる。
私はただの麻袋のフリをしながらタイミングを狙う。そして塔の中に多くの警備兵が吸い込まれていった瞬間に魔法を放つ。
ドンッという音と共に、監視塔の扉が大きな石によって閉ざされた。これで警備兵たちを封印するのだ。
同じように、裏口や通用口にも次々と大きな石を置いていく。中から慌てた声や怒号が聞こえてくる。完全封印まではいかなくても、これでかなりの数の足止めはできるだろう。
ただ、監視塔の外側にはまだまだ警備兵や軍人が多く残っている。
私は麻袋から出した足を高速で動かし、麻袋のままで市内を疾走した。
私に気づいて攻撃をしかけてきた警備兵もいたが、手あたり次第穴へと埋めていく。穴の中に落としてから、上から石蓋で閉じる。驚く声があがるが、気にしない。
ヤバイのは矢だ。飛んできた矢はなんとか土壁で防ぐ。
ただ、麻袋をかぶっているから視界が見ずらい。途中、麻袋の中を矢が貫通してきたのにはヒヤヒヤしながら、奴隷たちを逃がした方向と逆方向に走り続ける。
追跡者を混乱させるために、わざと道を曲がったり、時には建物の屋根に飛び乗ったりした。
既に怪しい袋の噂が出ている中、これだけ派手に動けば、奴隷たちのことは二の次になるはずだ。
そう考えると、なんだか楽しくなってきた。
そんな事を続けていれば、体力も限界になってくる。
魔力も体力も精神力もギリギリになったタイミングで、私は地中深くへと逃げ込んだ。
既にもう体力は残されていない。穴に逃げた段階で力尽きた。今日はキルキスの地下で眠ることになりそうだ。
これじゃまるで自ら土葬されたみたいだった。
そういえば昨日はアリシアの方が土葬されたみたいになっていたなーと思い出し、笑いながら眠りについた。
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