第24話 尻が燃える
私たちは今、狭い穴の中を進んでいた。
前世で習った炭鉱労働者の歌を口ずさみながら、魔法で穴を掘り、四つん這いで進み続ける。それが今の私だった。
「ちょっと、ルビ、狭いわよ」
後ろで松明を持つアリシアが声をかけてくる。
これだけ長い穴を掘るのも大変なんだ。岩もぶち抜かないといけないし、邪魔な木の根を切断するのも面倒だ。狭くなるのは仕方ない。
「狭いって言ってるのよ!」
アリシアの声と同時に、私の尻が燃え上がった。
「アヂヂ! あんた何すんだ!? 頭おかしいのか!?」
「狭いから仕方ないでしょ、燃えるのが嫌なら早く行きなさいよ、ほらっ!」
「やめろ、尻が、私の尻がっ!」
距離が遠いほど魔法の制御は難しくなる。だから通った道をさっさと埋めながら進んでいるけれど、尻に火がつくほど接近する必要もないはずだ。
私はアリシアに疑いの目を向けるも、再び尻が再び燃え上がった。もはやさっさと前に進むしかない。
私たちは、今、地下からキルキスに侵入していた。
――この国を滅ぼす。
そんな大それた事、二人だけでできるわけがない。
だから私たちは考えた。この国に対抗しようとしている勢力と合流するしかない。そして、そんな勢力に心当たりは一つしかない。
奴隷解放戦線に戻ろう。
彼らも国を滅ぼすことを使命に掲げているわけではないが、国の根幹である制度を変えようとしているのだ。かなりの部分で共存できるはずだ。
ただ、このタイミングで私たちが「お久しぶり~、戻ってきたからよろしくね☆」なんて言って戻っても、怪しすぎる。あれだけ誘われてもキルキスに行くと言った手前、戦線に戻るそれなりの理由が必要だった。
だから作戦を考えた。
まず、キルキス近くのカザル鉱山で働いている奴隷たちを開放する。そうすればキルキス周辺に逃亡奴隷があふれるので、キルキスの警備が厳しくなる。そのあおりを受けて逃亡奴隷であるルーがキルキスに居られなくなった事にするのだ。
だから私たちは、一週間ほどかけてキルキスへとたどり着いた。
ただ、キルキスはぐるりと長い城壁で守られている。各所に設けられた通用門を通るには、通行書が必要だ。そんなもの、私もアリシアも持っているはずがない。
だから地下から侵入する。
月が天中に昇ったタイミングで、私たちは穴へと潜ったのだった。
「熱いっ! 熱いってっ! アリシアッ!」
ただ、さっきからわざとのなのか、アリシアがやけに接近してきて私の尻を燃やす。
「仕方がないじゃない、狭いんだもの」
あんなことがあってからは、アリシアはこんな風に完全に猫かぶりを捨てていた。これがアリシアの素なのだろう。だからだろうか、あっという間にキルキスの内側に潜入することができた。
地上まで穴を掘り抜く。
顔を出した先は、住宅街だった。
粗末な二階建ての木造の家が建ち並び、カビの匂いが充満している。貧困層が住むエリアだろうか。おかげで放棄されている壊れかけのボロ屋を見つけることができた。
ボロ家の歪んだ扉をこじ開け、きしむ木の音に耳を澄ましながら中へと忍び込む。ここで朝まで隠れるしかない。
「……ねぇ、あなたって」
土まみれの服を払いながらアリシアが視線を向けてきた。こんな風に話しかけられていい話だった覚えがない。
「随分と手馴れているのね」
「……いや、アリシアは忘れてるのかもしれないけど、私は盗賊だ。このくらいできるって」
「……盗賊というよりもコソ泥ね。穴掘って忍び込むところとか」
「あ? 穴掘っちゃ悪いのか? それに盗賊だって穴くらい掘るだろ、知らんけど」
言いながらも私は朽ちたクローゼットの中を漁る。中にはボロボロの紺色のローブが一枚入っていた。
私はローブを手に取り袖に腕を通す。そんな私を見て、アリシアが露骨に顔を歪めた。
「……随分とボロね。コソ泥じゃなくて、コソボロだわ」
あの日以来アリシアは、終始こんな感じだ。
「……そういうのをおやじギャグって言うんだよ。それに何ボロだかしらないけど、とにかく目立たないように着ておくんだよ」
「そんなボロ着てると余計に目立つわ」
「そ、そう……?」
ボロ服に慣れすぎていたのか、そこまでひどいとは思ってなかった。私はローブを脱いで再度見直してみる。
「そういえば……貴女の髪……左側を結ってるそのボロ布は何のつもり?」
ボロつながりで聞いてくるのはやめてほしい。
「まさかお洒落でやってる訳じゃないわよね?」
……温厚な私にも限界がある。
あんなことがあったから気を使ってはいたが、そろそろ我慢の限界だ。
ただ、このタイミングでキレるのはよろしくない。図星だと思われてしまう。
だから私は頑張って冷静を装った。
「これは道具だよ。なんかあった時に紐とか包帯とかの代わりに使うんだ。ほら、手首とか他の所にも似たようなの巻いてるだろ? でも手首に巻いていると汚れるんだ。だからここにもつけてんの」
本当はおしゃれの意味もちょっとだけあったけど、もう言わない。言ったら絶対に馬鹿にされる。
「みすぼらしいからやめた方がいいわ」
一瞬我慢の糸が切れそうになったが、ここで反論に出て割りを食うのは私の方だ。仕方がないので「そこは、みすボロしいからやめた方がいいわ」だろ、と指導してなんとか気を晴らしておいた。
明けない夜はないのと同じく、パワハラを受け続けた夜にも朝はやってくる。
仮眠を済ませた私たちは、街の中心へと向かった。
先頭を行くのはアリシアだ。金髪碧眼という貴族らしい容姿のアリシアなら、怪しまれることも少ないだろう。だからこの街での用事はほとんどアリシアに任せるつもりだった。
一方の私は、奴隷印を隠すために仕方なくボロのローブを身にまとう。でもやっぱり逆に目立つのか、すれ違う人達がチラチラとこちらを見てくる。うーん、いかんともしがたい。
町の中心部の表通りには露店が軒を連ねており、既に多くの人だかりがいた。
キルキスは中核都市なので旅人や商人が多く行き交うのは自然だ。ただ、傭兵やガラの悪いゴロツキ、軍服に身を包んでいる奴らまで闊歩していた。
……これは目立ったことはしない方がいいな。
そう思いながらも、私はゴロツキとすれ違った隙に腰の財布を拝借した。
そして、
「ねぇさん、朝ごはんにしませんか?」
アリシアへと耳打ちしながら、露店のパン屋へ視線を送る。
「……お金ないけど」
「ほれほれ、お代官様。これここに」
革袋の財布をしずしずと提示する。瞬時、アリシアの目が冷えた。
「……貴女、それだけコソ泥がうまいんだったら、どうしてわざわざトランに来たの? キルキスとかでコソ泥してたほうがよっぽどよかったはずよ」
「しょうがないだろ、大きい街にはたまにいるんだよ、魔術師が。だから魔術師がいなさそうな辺境の村を……」
「……魔術師がいなさそうな辺境の村?」
「……」
だめだこれ。辺境の村にいた魔術師であるアリシアには話が通じまい。
どのみち反論しても無駄だったので、とにかくアリシアに財布を渡し、パンを買ってきてくれるようにお願いした。
戻ってきたアリシアの手には焼きたての丸パンが三つ。おい、奇数じゃないか。
都市で買えるパンは柔らかくて美味しい。だから一心不乱にパンを食べる。
食べながらアリシアの方を見やると、アリシアは無表情のまま黙々とパンをちぎって口に入れていた。目が死んだ魚のようで怖い。あまりに怖いので二つ目のパンまで食べている事に口を出せなかった。
アリシアはあの日以来、こんな風に突如無表情になったり、怒り出したりするので非常に怖い。もはや躁鬱レベルじゃないかと思うほどだ。ある意味当然の事なのでとにかく今はギリギリのラインだけは超えないように見張っておく。
一通り腹ごしらえをこなした後、私たちは街の中を探すことにした。その目的は、ボストンバック程の大きさの袋を調達することだ。
カザル鉱山には百に満たないほどの奴隷がいると聞く。私たちは、その奴隷たちに一つずつ荷物を持たせて逃がすことにした。つまり旅行バッグを渡した上での解放だ。
ただ、まともな旅行バッグを揃えるお金なんてないので、とりあえず袋だけは調達し、私の魔法で芋やら果物やらを詰め込むんで渡すことにした。
つまり、今回の作戦のポイントは「大量の旅行バッグを作ってカザル鉱山まで運搬する」ことにだった。しかも身バレなしで。
こんな時に活躍するのはアレしかない。
二足歩行型戦闘ロボットガン○ム……に似た岩のゴーレムだ。
これは、私が土魔法に目覚めて以降、ずっと秘密裏に開発してきたものだった。
私は意気込んだ。
「見せてやる、日本の底力を」
日本関係ないけど。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます