第20話 この世界でのお人好し


 翌朝。


「おっはよーー!」


 私は、寝ているアリシアの頬に勢いよく張り手をかました。


「※@×ξ!?!」


 突然の張り手にアリシアは飛び起きた。目をくるくると回しながら。


 危害を加えようとして加える訳ではなく、命令を遂行するためだと思い込めている場合は、服従魔法のお仕置きもこないらしい。

 最近は服従魔法マスターになれた気がして嬉しい。


 ついでにアリシアの耳元に口を近づける。


「あたし、ルーちゃん。今、奴隷解放戦線にいるの」


 寝ぼけて違う事を叫ばれても困るからね。

 次第に目が覚めて理解したのか、アリシアは口を開こうとしたが、それを遮る。


「あのね。エイスが……あの長身のことね、あいつがアリシャが起きたら呼べって。朝ご飯おごってくれるらしいよ」


 アリシャ、という部分を強めに伝える。


「わかっていますよっ、ルーさんっ!」


 返すように、アリシアが私の手を振りほどく。


「って、ルーさん、もう朝なんですか? だったら直ぐに出発しないと!」

「だから昨日いったじゃん、そんなに急いでここを出るのもよくないよ? ここは素直におごられとこうよ?」

「……もういいです、分かりました。だったら急いでいきましょう」

「そうしよう、そうしよう」


 私はウキウキしながらゴザを畳む。そのせいか、アリシアから「まさかルビさん、奢られたいだけじゃないですよね?」と言われたが、「ルビじゃなくてルーね」とだけ返しておいた。



 朝の冷たい空気を感じながら洞窟内を進むと、通路の先に見知った男がいた。

 こいつは肌が浅黒い男……確か名前は、レドだ。


「やあ、おはよう。昨日はよく眠れたかい?」

「うん、ありがとう。とてもよく眠れたよ」


 アリシアがだけど。


「そうか、後ろの……アリシャちゃんも大丈夫?」

「え、だ、大丈夫……です」


 首を縦に振るアリシア。反応からしてまだ寝ぼけているみたいだった。


「よかった。お腹減ってるだろ? 案内するよ」


 軽く手をあげながら歩き出すレドについていく私達。


 暫くして、急に視界が開けた。大きな空間が見えた。

 空間自体の大きさはトランの広間の半分ほどだろうか。天井に亀裂が入っており、そこから光の筋が差し込んでいる。ついでにツタやコケのような物もぶら下がっていた。


 奥の方では何かを配っている人がいて、各々岩に座って食べている。ここは食堂だろうか。


「お、こっちー」


 中央付近に座っていたエイスとマッチョが大きく手を振った。

 滑らないように気を付けながら彼らの元までたどり着き、ひとしきり挨拶を交わして手頃な岩に腰掛けた。


 隣のマッチョが黒っぽい塊を差し出してくる。

 ……この黒っぽい塊を私は知っている。これは私が心の中でメテオミールと呼んでいる岩石のように堅いパンだ。下手したら顎を粉砕されるやつだ。


 私はそっとメテオミールを受け取った。相変わらず手に持った感触はずしりと重い。やっぱりこれは鈍器そのものだ。


 笑顔でこちらを見てくるマッチョの圧に耐え切れず、仕方なくメテオミールへとかぶりつく。顎を痛める覚悟をしながら噛み締めると、かじった断面にほのかな甘みを感じた。

 断面には干された果物らしきものがあった。


「なんか甘いものが入っている」

「だろ? 昨日ルーが食べたレンズの実だよ。こういうの好きだろ?」


 自信満々に笑うエイス。

 この男は、女子供には甘いものを与えておけば満足するとでも思っているのだろうか。私は土属性なのでこの程度の甘味は食べなれている。そこら辺の女子とは違うのだよ。それは王宮育ちのアリシアだって同じだろう。そう思いながら横を見てみると、アリシアは前のめりでパンにかぶりついていた。


 私はなんとなく反省して、無理やりメテオミールを口の中へと押し込む。案の定、のどにパンを詰まらせた私にエイスが水筒を手渡してくれる。性格はひねくれてても気が利く奴だ。


 私は一気に水を飲み干す。

 メテオミールのせいで乾燥したのどを、冷たい水が洗い流してくれる。パンが不味いぶん、冷たい水がとても美味しい。


「くぅ~、キンキンに冷えてやがるぜ!」


 そんな私の言葉に三人が不思議そうな視線を向けてきた。私は慌てて言葉を正す。


「この水、冷たくって美味しいね。犯罪的なくらい」

「犯罪って」

「これくらいで犯罪だったら俺ら全員死刑だろ」


 三人は楽しそうに笑った。

 ……こいつらみんな笑ってるけど、このあと私がこいつらを売ったらみんな死刑になるだろうのに、いいんだろうか。

 そう思い、私はなんとなく目を反らす。

 隣ではアリシアが二つ目のパンを貰っていた。


 気を取り直して私は、情報収集ついでに別の話題を投げかける。


「ねぇ、いつもみんなアダマ……このパン食べてるの?」

「いや、いつもは芋の方が多いな。今日は特別だ」

「そうなんだ、芋かー。みんなは芋を生で食べる派?」

「ははっ、何言ってんだルー、芋を生で食べる奴がいるかよ、家畜じゃあるまいし」

「だよねー? 家畜じゃあるまいしー」


 視線をアリシアへと送るも、アリシアはパンを食べるのに夢中で気づいてない。


「なんでそんなことを? ルーは芋を生で食べる派なのか?」

「ううん、ここって調理場とかなさそうだから、芋とかあったらどうしてんのかなって思って」

「ああ、小さいけど調理場ならあるぞ。あっちに」

「あ、そうなんだ。見てみたいー!」


 調理場を見るだけでもいくつかの情報が手に入る。物資の量やゴミの量から人数を想像できるし、使い込み具合でここに居を構えてからの期間も想像できる。

 そんな風に考えていると、アリシアが私に視線を向けてくる。


「ルー、ふぉんな事よりも」


 アリシアがパンを噛みしめながら口を挟む。


「……早ふいかなきゃ」


 そうだった。アリシアは一刻も早くトランに戻ろうと言っていた。私は少しでも情報を集めておきたい派なんだけどね。


「ああ、そうだったな。お嬢ちゃんたち、これからキルキスに向かうんだってな」


 レドが口がアリシアに水筒を渡しながら聞いてくる。やっぱり気が利く奴らだ。


「うん……アリシャの伯母を頼ろうと思って」

「キルキスはここから四日近く歩くぞ」

「そうだ、女の子二人でいける道のりじゃない」

「でも……」


 アリシアが水筒を受け取って、グイッと飲み干した。

 そして大きく呼吸してから口を開く。


「でも、みんなが待ってるんです……」

「……そうか」


 諦めたかのように笑う三人。

 それ以降、旅の心得やら安全のなんやらを口々に説き始めてくる。やれ森の中の歩き方だの、やれ危険生物への対応方法など、本気で私たちを心配しているようだった。

 まさか私たちが彼らを売ろうとしているなんて、思いもしないのだろう。


 だから私は何も考えずに、メテオミールを咀嚼することだけに集中した。




 ◇◇◇


 異常な光景だった。

 目を布で覆われた私とアリシアが、お荷物よろしく背負われて森の中を進んでいる。


 これに至ること少し前、私達はエイスたちに別れを伝えて去ろうとした。

 けれど流石にそのままバイバイとはいかないらしい。拠点の場所を分からなくするために、目隠しの上で離れた場所に連れていかれる事になった。


 それを聞いて私は少しだけ安心した。

 お人好しに見える彼らも一応対策は取ってるんだなと。まぁ、残念ながら魔法が使える私には意味がないんだけれども。


「ドナドナドーナードナー♪」


 目隠しされながら魔法で目印を作る。大きめの三角形の石を矢印に見立てて、一定間隔で置いていく。


「子牛をのーせーて」

「……楽しそうだね?」


 戸惑ったような声のエイス。


「エイスも歌う?」

「……いや、遠慮しとくよ。っていうか知らない歌だし。なんの歌だい?」

「子牛が市場に売られていく時に歌う歌だよ」

「……俺達はルーを売ろうとしている訳じゃない」

「あ、ごめんごめん。なんとなくつい」


 売られるのは君達なんだよね。


「さっきも言ったけど、別に俺達はルー達を疑っている訳じゃない。ただ、俺達にも守らないといけないものがあるから……ごめんな」

「うん、私も空気を読めない歌を歌ってごめんね」

「ぶっ、わかってるんだったら辞めてくれよ。せめて別の歌にするとかさ」

「うーん、命くれない、でも歌う?」

「……知らない歌だけど、それも嫌だな」


 別に歌わなくても魔法は使えるから何でもいいんだけどね。


 そんなこんなで、昼も近づいてきた頃だろう。太陽が出てきたのか背中がポカポカと温かい。そのせいで睡魔に負けそうになりつつも、なんとか魔法を発動し続けていた時、ふと移動が止まった。


 地に降ろされ、目隠しを外されてみれば、そこはなんの変哲もない森の中だった。あえて言えば大きな岩が一つ転がっている。どうやらこの場所でリリースされるらしい。


「ルー、アリシャ」


 神妙な表情で私達の名を口にしたエイス。改めて名前を呼ばれると過剰に反応してしまう。


「……俺たちは君たちの旅の安全を祈る。だから君たちも、俺たちの存在を秘密にしておいてほしいんだ」


 言いながら、エイスはアリシアの瞳を見つめた。

 秘密を漏らすとすればアリシアだと思っているのだろう。まぁ、アリシアは奴隷じゃないし。


「ルーも……」


 言われながらも、手をとられた。


「旅の安全を祈っているよ。無事にキルキスにたどり着けるといいな」


 薄い灰色の瞳を細めるエイス。

 私は、なんとなくとられた手を外した。

 そんな私の態度を見てか、エイスが小さく笑った。何を笑っているんだろうね。



 別れの時、私とアリシアは荷物を一つずつ渡された。

 物資を一切持ってなかった私達に、食料や道具を持たせてくれたのだ。

 さらにエイスは、腰にかかっていた一振りのナイフを私へと渡してきた。これは正直有り難い。有難すぎて気が重くなる。


 ひとしきりキルキスまでの道のりを教えてもらったあと、激励の言葉を残して去ってゆく彼ら。


 立ち去る彼らの背中を見て思う。


 彼らは本当にお人好しだ。

 奴隷の仲間のために立ち上がり、自らを危険に晒して他人を助け、さらにはリスクを冒して私たちに荷物や武器を提供して解放する。


 でも、残念だ。この世界ではお人好しは長生きできない仕組みになっているみたいなんだ。

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