第18話 選択肢
私の視線がアリシアの瞳とぶつかった。
私の苛立ちを感じ取ったのか、アリシアは一瞬ひるんだような表情をして、口を閉ざした。
深呼吸をし、私は口を開く。
「あんたが私にトランを守れって命令したんだ。それだけだ」
誰がどう感じていようが、ここを売ることがトランを守る最善の方法だと私が考えてしまっている限り、そう動かざるを得ない。
私の言葉にうつむくアリシア。それを見て、ため息を小さくついた。こんな事を言ったところでアリシアは絶対に命令を変えない。それはあの胸糞悪い三人の事からも分かることだ。だったら話していても仕方ない。
「……とにかく明日、ここから出てさっさと砦にチクりにいこう……いや、ここからだったらトランの方が近いかな。一旦トランに戻る方がいいかもしれない。とにかく今日はさっさと寝て明日……」
「明日……? そうだ、あいつらはどうしたのですか!?」
「あいつら? あの胸糞悪い三人のことなら、全員死んだ。そのあと土に埋めてバレないようにしておいたけど……」
「その三人じゃなくて……残りの警備兵です!」
「ああ、そっちは絶賛放置プレイ中」
「だったら今すぐ戻らないと!」
アリシアの声がだんだんと大きくなってくる。やめてほしい。
「シッ、いま私らがここから消えたら怪しすぎる。アリシア、あんたは奴隷じゃないんだ。スパイだったんじゃないかとか疑われてアジトを引き払われたら終わりだ」
「でも、警備兵からしたら、私達が逃げたってことになりますよね。そんな報告が砦にあがったらトランが……」
「大丈夫、報告が砦にあがるより、こっちが先にトランに戻ればなんとかなる。あと、そんなに早く報告があがることはないだろうし、時間の猶予はあるはずだ」
「どうしてっ!」
私は勢いに任せて再度アリシアの口にゴザを突っ込んだ。
「だから、静かに、って。罪が重いからだよ。警備兵が三人も消えた上に拘束中の二人も逃げましたーって、誰が報告できる? 一人は王族疑い、一人は魔法を使うあやしい奴隷。そんなもの逃がしたら、極刑ものだよ。私なら報告なんてほっぽり出して逃げてうやむやにするね。だから報告はあがらない。おそらく、明日以降に「あれ、あいつら砦に戻ってこないなー」って気づいて、捜索するところから始まるでしょ」
青い瞳に少しだけ冷静な光が戻るのを確認し、私はアリシアの口から手を離す。
「でも、もしそうじゃなかったら……」
「だーかーら、今すぐ出て行くと怪しいって。万が一にでもアジトが引き払われたらどうすんのよ。それこそ村の疑いを晴らす機会がなくなっちゃうし、余計に疑われちゃうよ?」
「でも……」
「……まぁそこまで言うなら今から出てってもいいけどさ。ただアリシア、あんた……そんな状態で夜の森を走り続けられるの?」
「…………」
アリシアは相当衰弱しているようにみえる。
「たいして距離を稼げない上に、転んで怪我でもされた日には、私まで動けなくなるんだけど」
「…………」
「だから今夜は休んで明日の朝に出た方がいいって」
「わかりました……」
「分かってくれましたか、アリシャちゃんはよい子でしゅねー」
「……ルビさん、私を納得させたいんですか? それとも怒らせたいんですか?」
「分かった、じゃあもう寝よう。体力回復するの大事だし。これ以上話しても無駄だし」
「……」
不承不承ながら、私に背を向けてゴザの上に寝転ぶアリシア。そして、もう一枚のゴザを自らの身体にかける。そのゴザは私のやつなんだけどね。
そんなアリシアの背中をぼーっと見ていると、自然と色々な考えが浮かんでくる。
けれど、私はそれを力ずくで封印する。
どちらにしろ私には選択肢がないんだから。
◇
目の前にあるのは、こんもりとした小さな物。そこから、緑の芽が息を吹き、純白の花が咲き誇る。
……また、あの夢か。
ここのところストレスが溜まっているので、夢見が悪いのだ。
目の前にある物体は、亡くなった母の身体だ。目覚め始めた土魔法で、母の身体を土へと還した日の夢だ。
そんな光景は見たくないから、私は無理やり瞳を開けた。
「…………」
目を開けると薄暗い洞窟の中で、湿った岩の壁が周りを囲んでいる。
どうやら居眠りをしていたらしい。
アリシアの規則正しい呼吸音が耳に入った。目を逸らそうとしたが、無理だった。アリシアの顔に視線が釘付けになってしまう。なぜならアリシアは、天使のように微笑みながら眠っていたからだ。
……なんでこいつ、こんな状況で健やかに眠れるんだ?
寝て体力回復しろと言ったのは私にしろ、あまりにも健やかすぎる。なにか幸せな夢でも見ているのだろうか。そう思うと、私の夢との違いにものすごくムカついてくる。
私はアリシアの元へと近づき、その髪を手にとった。
そして、その中の一本を手に取り、金色に輝く髪をまじまじと見つめる。
そして、勢いよく引っ張った。
「うぅっ……」
アリシアが一瞬、痛そうな顔をした。
なんだか心の底から小さな喜びが沸き上がる。
それを二度、三度と繰り返すと、アリシアは唸り始め、苦悶の表情を浮かべ始めた。かわいそうに、悪夢でも見ているのだろうか。
心がスーッと晴れたので、私はアリシアの髪から手を離す。
満足感に浸りながら、洞窟の中を眺めた。
冷たい空気の感じからして今は朝の直前だろう。
朝の直前はとても冷える。だから少しでも身体を動かしておかなければならない。ついでに偵察でもしようと思い、立ち上がって壁の向こうへと顔を出す。
二人の体温で少しは室温があがっていたのか、小さな空間から出た瞬間に空気が冷えた。冷えた腕をさすりながらも、慎重に二つ目の角を曲がる。
その先に、何かの気配を感じた。
息を殺しながら近づくと、そこにいたのは見たことのある影だった。
「お?」
洞窟の柱に背を預けながら、片膝をたてて座っている男。私を助けた長身の男だ。
「おはよう。早いね」
長身の男が話しかけてきた。
この男がここに居るということは、私たちを警戒しているということか。もしかして偵察しようとしたことがバレたかもしれない。私は、どう答えようか考える。
言い淀んでいる私に、男は言う。
「小? それとも大?」
一瞬何を聞かれているのか分からなかった。
「大だね、わかった。ついてきて」
男は、勝手に大だと認定してきた。
まるで私がダムのゲートみたいに、今にも決壊しそうな顔をしてるって言いたいのだろうか。なぜだか私のプライドは少しだけ傷ついた。
仕方ない、これを機会にちょっとでも情報を聞き出してやろうと、私はなんとか心を立ち直らせた。
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