第17話 戦線の内部


 洞窟の入り口に置かれた小さなランタンが、見張りの二人の装備をぼんやり照らしていた。

 二人の装備は弓と長剣で、銃は持っていない。


 彼らはこちらに気がつき、ゆっくりと近づいてきた。


「そちらのお嬢さんは?」


 私の顔をジロジロと見つめながら訪ねてくる。


「襲われていたので保護した」


 長身の男が答えた。その後も、「場所はどのあたりか」「相手はどういう奴だったか」などのいくつかの質問がやりとりされた。ただ、質問しながらも見張りの男はずっと私をジロジロと見ている。

 けっ、見てんじゃねーよ。

 そう思いつつ、猫を被っているのでペコリと小さく会釈した。



 足元に気を付けるように促されながら洞窟の中へ入ると、視界が徐々に明るくなる。洞窟の奥では小さなランタンが等間隔できらめき、岩壁から水滴が落ちる音が聞こえてきた。


「大きな洞窟だねー。すごいね」

「すごいかな?」


 ただのオウム返しとは、やっぱり子ども扱いか。


「うん、凄いと思う。何人くらいこの中にいるの?」

「うーん、今は何人くらいだろうな」


 ちっ。結局何にも教えてくれないでやんの。


 会話で何の情報も得られないまま長身の男に先導され、小さな部屋状態の空間へと入っていく。


「今日はここで休むといい」


 そこには傷みの激しいゴザが敷かれていた。

 ゴザの上に、ゆっくりとアリシアを降ろすマッチョ。


「……ありがとう」


 マッチョへの感謝の言葉を伝えると、マッチョははにかむように笑顔で応え、もう一つのゴザも広げてくれた。このマッチョはよいマッチョ。


 マッチョが広げてくれたゴザを、アリシアの身体にかけ直す。頭の上までゴザがかかったアリシアは、なんだかゴザで包まれた水死体みたいに見えた。


「後でもう一枚持ってくるよ。ほかにも欲しいものがあったら言ってくれ」


 灰色の瞳を細めて言う長身。


 ……ほしいものか。

 ここは奴隷解放戦線らしいけど、もし自由が欲しいと言ったら、持ってきてくれたりするんだろうか。


 そんなくだらない事を考えながら、私は軽く首を振った。


 少しの雑談を交わした後、立ち去る三人の背中を静かに見送った。

 足音も遠ざかり、周りに誰もいなくなったことを確かめた後に、


「おい、アリシア、起きろ」


 アリシアにかけていたゴザを剥ぎ、頬をピシピシと叩く。


「う……、うん……い、痛い」


 痛いように叩いているからね、当然。

 続いて先ほど凹ましたアリシアの側頭部をグリグリといじる。


「痛い! やめ……」


 青い瞳が見えた瞬間、私はアリシアの口にゴザを突っ込んだ。


「もしもし? あたしルーちゃん。あたし今、奴隷解放戦線にいるの」

「!!??!」


 アリシアの瞳がこぼれ落ちそうになる程に丸くなる。


「だから大声出すとまずいのね。わかった?」


 アリシアは首を小刻みに動かしながらうなずいた。私はアリシアの口からゴザを取り除く。


「奴隷解放戦線って……どういう事ですか! やっぱりルビさんが……痛っ」


 アリシアは青い顔で側頭部に手を当てた。やりすぎを認識していた私は、ちょっとだけ心が痛む。


「やっぱりルビさんがってなんだよ、違うって。いきなり戦線の奴らが現れてあいつらを殺したんだ。私もあんたも両方奴隷だと思って助けたらしい。んで、私らを保護する目的でここまで連れてきた」

「…………」


 暫く静かにしていたアリシアを見て、私は安心して口を開く。


「つまりはそういう事だよ、アリシア。奴隷解放戦線がトランの近くで活動してたから疑いがかけられた。火のない所に煙はたたないって事だね。あんな事もこんなことも全部こいつらのせいって事」

「……そんな偶然、信じられません。それならまだルビさんが戦線と一緒になって仕組んだと言った方が納得がいきます」

「自分の胸に聞けよ。私には命令が効いている。あの胸糞悪い奴らを私はどうにもできなかった。それにアリシアも見たはずだ。あいつの頭が四散するのを。私の魔法じゃあんなの無理だよ」

「――!?」


 その言葉に思い出したのか、口元を抑えるアリシア。分かるよ、衝撃的だったよね、あれは。


「とにかく騒ぐんじゃねーぞ。ここではあんたはアリシャ、私はルーって名前にしてる。ここから離れたクルーシャの奴隷農場から逃げ出して、キルキスに向かっているって事にしておいた。あんたは農場主の娘だけど仲が良かった私に同情して一緒に逃げてきたって事に……」

「……そんな都合がよいこと」

「それしかパッと思いつかなかったんだって。とにかくくれくれぐれもトランの名前は出すんじゃねーぞ。ここが戦線の本部とは限らないから、下手に情報が伝わるとトランが報復を受ける」

「報復って……ルビさん、まさか」

「しっ、誰か来た」


 洞窟の奥から足音が近づいてきた。長身の男が岩の陰から顔を出す。


「お、目が覚めたか」


 言葉と共に、二つの木の器を差し出してくる。中にはたっぷりと水が入っていた。


「そこのお嬢さん……アリシャちゃんだね、気分はどう? まだ顔色は悪いみたいだけど」


 水を受け取りながらも、ピクリと身体を震わせるアリシア。


「大丈夫だよアリシャ、この人達は私たちを突き出したりしないから!」


 フォローを入れるついでにアリシアに主張強めの視線を送る。まだ意識合わせが完全に終わっていないから勝手にしゃべってもらっては困るのだ。

 アリシアが言葉を発するのを阻止するために、私は早口に言葉を続けた。


「色々と有難う。でも、今日はとても疲れたみたい……ちょっとだけ休んでもいいかな」


 早くここから立ち去れよとの想いを込めて。


「お腹は大丈夫なのかい? さっき凄い音してたみたいだけど」


 何か食べ物をくれる所だったのだろうか。けれどもそれどころではない。


「あ、うん。大丈夫、ありがとう」

「そうか、ならゆっくりお休み。明日また話そう」

「あの……!」


 そんな私の思いをよそに、踵を返した長身の背中に声をかけるアリシア。


「あの……ここはどこですか?」


 このやろう、まだ私を疑ってやがる。


「……俺たちの拠点だ」

「俺たちって……」


 スカーフを下げ、胸の奴隷印を少しだけ見せてから立ち去る長身。


 長身の気配が完全に消えた事を確認して、私は小さく安堵の息を吐いた。

 そしてくるりとアリシアへと向き直り、アリシアの肩に手をそえる。


「ア゛リ゛ージア゛ァー!」


 沸き上がる怒りを込めて肩をゆする。


「あぁ、アリシアじゃなくてアリシャだった」


 ついつい怒りで我を失ってしまっていた。


「仕方ないじゃないですか。そんなの、話だけで信じられると」

「ちょっとは信じろや、あほばかアリシア。とにかくここは奴隷解放戦線の拠点で、あんたはアリシャ、私はルー、そんで……」

「……ルビさん、本気なのですか?」

「なにが」


 アリシアが、青い瞳を揺らしながら私を覗いてくる。


「ルビさんは……ここを売ろうとしているのですよね?」


 そうだけども? 

 嫌なことをきいてくるのな。

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