第16話 戦線のお目見え


「……奴隷解放戦線」


 トランの事件のきっかけとなったその言葉が気になり、私はちらりとアリシアを見る。


 当のアリシアは、白目をむいてピクリとも動かない。先ほどの男の爆散を見て、気でも失ったのだろう。


「そう、聞いたことはあるかい?」


 長身の男が、月明かりの下で灰色の目を細めながら私に問うた。


 男は湿った草を踏みしめて私の後ろに回り込み、私の手の縄を短剣で切った。その間も残りの二人は、周囲に銃を向けている。


 両手を開放されてフリーになった私は、とにかくアリシアの元へと駆けよった。

 膝をつき、アリシアの頬を連続技で叩く。反応なし。力いっぱいつねってみるも反応なし。


「この子は……?」


 頭上から聞こえてくる長身の男の声。


「多分……恐怖で気を失ったんだと思う」

「……そうか、君は大丈夫かい?」


 男が意味ありげな視線を向けてくる。私は、自分の顔に血がついていることを思い出した。私は、血を指で拭う。


「……うん、私は大丈夫。でも、アリシ……アリシャが」


 ついでにアリシアの服で血を拭き取った。


「……そうか。……えっと、この子は奴隷じゃないんだね」

「うん、私と一緒に連れてこられたの」


 その言葉に、三人の男が顔を見合わせた。


「……どうする?」


 こういう被害に遭うのはほぼ奴隷だ。だから奴隷じゃないのが混じっていたのは予想外だったのだろう。

 長身の男が、困ったように眉間に手をあてた。


「……君たち、他に行くあては?」

「ありません」

「いや、ダメだろ、この子は」


 冷たい瞳の浅黒い男がそう言うと、長身の男が反論する。


「こんな中に放っておけるはずないだろ」

「この辺りは盗賊も出る。とにかくさっさとずらからないと」


 最後にはマッチョが口を挟んでいた。

 どうやらこのあたりには盗賊まで出るらしい。いや、盗賊なら既に目の前にいるんだけどね。ただ、それを知っている人間は今は気を失っている。だからなるべく猫を被って、伝えたい事を言ってみる。


「そんな……盗賊だなんて……せっかく本隊の奴らから離れられたのに」

「なんだって?」

「他に誰かいるのか?」

「うん、そこで倒れてる人にここに連れてこられたんだけど、元は十人くらいの隊にいた……」


 ちょっと説明セリフ臭かっただろうか。


「……どっちからきたんだ? どのくらい歩いた?」

「あっちから来た……ゆっくり百を三回数えるくらいは歩いたけど……」


 三人の顔に焦りの色が灯る。あれほど銃の爆音を響かせたんだ。本隊に気づかれていてもおかしくない。


「マズイな、早くここを離れよう」

「だったらこの子も連れて行く」

「……はぁ、もう仕方ないな」


 結局長身の男が押し切った。よし、いいぞ。長身の男。


「……ごめんなさい、私たち迷惑を」

「君は気にしなくていい。クロッシュはそいつらをどこかに隠してくれ」


 周囲を警戒していたマッチョに、長身が指示を出す。

 既に死体になっている奴らを隠すつもりだろう。だったら私にもできることがある。


「あ、あの」

「なんだい?」

「もしその人たちを隠すなら……さっき、その人たちが、あとで私たちを埋めるって言って掘った穴があるから」


 今まさに私が魔法で作ったモノなのだけれども。


「……なるほど、反吐が出るやつらだな。仕方がない、とにかくそこに埋めよう」

「そうだな……こいつらも自分で掘った穴に入るなんて思いもしなかっただろうな」

「皮肉なことだな」


 皮肉……本当は違うけど。ただ、墓穴には私も一定の理解があるから、ほんの少しだけ同情した。


 とにかく本隊のやつらが来る前に埋めてしまおうと、マッチョ主体で男を穴へと運び込む。マッチョは魔法の穴に男たちを入れて、土と草で隠した。一分もかからなかった。マッチョはすごい。仕事が早い。マッチョはどこの世界でも有能だ。


 そんなこんなで手早く済ませた私達は、早々に現場を立ち去ることにした。




 月明かりの中、今後は四人での行進だ。


 先頭に浅黒、次にアリシアを抱えたマッチョ、そして私と、しんがりの長身だ。


 私は小さな声で長身に話しかける。情報収集だ。


「ねぇ……それ、なに? 鉄のやつ」

「これは武器だよ。銃といって、鉛の弾を打ち出すんだ」


 長身が言いながらも銃に視線を送る。


「そうなんだ。さっき人がバーンってなってたよね……」


 先ほどの中身はっちゃけを思い出して、胃から何かが戻ってくる気がした。


「……大丈夫かい?」

「大丈夫……でもびっくりした。……そんな武器初めてみたし」

「だろうね、最近作られたものだからね」

「最近作られたものなんだ」

「うん、だからまだ扱いづらくてね……君たちに当たらなくてよかったよ」


 いやいや、流石にそれは笑えませんが……?

 一瞬足を止めた私を見て、長身の男が鼻を鳴らす。


 なんだか身体が冷えた気がしながらも、情報収集のために続けて聞いてみる。


「その、なんとか戦線って、どこにあるの?」

「ちょっと歩くかな。ここから大体一時間位かな」

「そうなんだ。遠いね」


 案外トランの近くにあったらしい。どうりでトランが疑われる訳だ。


「疲れたら言いなよ。君は軽そうだからおぶるのも楽そうだ」

「大丈夫、歩くのは慣れてるし。そうだ、戦線にはその銃って武器もいっぱいあるの?」

「そうだな。いくつかはあるよ」

「そうなんだ、どれくらいあるの?」

「んー、どれくらいだろう」


 意外とガードが堅かった。

 もしくは子ども扱いされているのだろうか。ならば、子どもっぽい事も言ってみよう。


「その銃、触ってみたい」

「ダメだ、危ないよ。下手に触ったら暴発するから」


 再び背筋が冷えた。

 それを見て今度は男が苦笑する。いやいや、マジで笑い事じゃないですが……。


 そんな話をしながら歩いていると、マッチョに抱えられているアリシアの指先がピクリと動いた。マズい、今アリシアが目を覚ましたら、私の計画が水の泡だ。

 だから私は、自分の身体で長身の視界を遮り、彼女の後頭部に石を飛ばした。


 ガツン! という意外に大きな音が響いた。


「ん? 今なんか音がしなかったか?」


 瞳に警戒の色をにじませて長身が周囲を見渡した。慌てた私は口走る。


「あ、ごめん、さっき私、お腹鳴らしたかも。ちょっとお腹が空いてて、ごめんね」

「……そ、そうか、随分と腹が減ってるみたいだな」


 やりすぎではあったものの、アリシアを再び昏倒させることができた。

 ……てか、若干やりすぎてしまった気がするけれど、これで起きなくなるってこと、ないよね?


 そんな風にドキドキしながら歩き続けること約一時間。

 遠くの視界にほのかな明かりが見えた。あそこに見えるのは洞窟だろうか。入り口にあるランタンが、両脇にいる見張りの姿をぼんやりと照らしている。


 ようやく戦線のお目見えですよー。

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