第14話 引き立てられた馬車の中
私とアリシアは、今まさに引っ立てられようとしていた。
牢馬車に乗るよう剣で脅されているけれど、足が縛られているためペンギンのようにしか歩けない。おかげで何度も転びそうになった。
しかもご丁寧に、口には猿ぐつわまで噛まされている。
「アリシア……どうか無事に帰ってきておくれ」
消え入るような声でつぶやいた村長が、アリシアの方へとよろめいた。そして軍人たちに制止される。
今ここにいる村人はこの村長一人。うーん、お見送りのギャラリー少なくない? 副村長はどうした? クロンはどうした? 村がまだ混乱しているから仕方ないのかな?
私はとりあえず唯一のギャラリーである村長に「はんはってはえっへふふへー(頑張って帰ってくるねー)」と笑顔で言った。
返す村長からの視線が非常に厳しい。
この拘束にあたってアリシアは交換条件を出していた。
大人しく国境の砦へ連行される代わりに、村の破壊を伴う捜査行為は停止する。ただ、上からの命令が変わった訳でもないだろうし、まだ疑いも完全に晴れたわけではないので、当面村には隊の大半が留まる事となった。
そんな事情から、私とアリシアを国境の砦に連れていくのは十名ほどの分隊だ。
馬が高いいななきをあげる。
私とアリシアを積んだ牢馬車は、村長ただ一人の見送りの元、国境の砦に向かって出発した。
国境の砦はここから一日半~二日ほどの道のりだ。
発車からはや数十秒、私は既に嫌になっていた。
この馬車にはサスペンションなんてついていない。だから農道の凹凸やら石やらに乗り上げるたびに激しく揺れる。しかも手足を縛られているので衝撃がモロお尻に直撃する。こんなのが二日も続くなんて考えられない。
だからといって、落ち込んでいても仕方ないし、お尻が痛い事実も変わらない。だったらこの揺れにあわせて歌でも歌った方が建設的なのだ。
私はこの旅にピッタリな歌を口ずさむ。
「ほはほはほーはーほーはー(ドナドナドナドナ―)」
気分的にもぴったりだ。
「ほうひほへーへー(子牛をのせてー)」
アリシアが凄い目をしながら私に言ってきた。
「はへへふははい(やめてください)」
「ほれふぁへいへいは?(それは命令か?)」
「ひへ、ひはひはふ(いえ、違います)」
アリシアが何を言っているかさっぱり分からなかったけれど、大体こんなものだろう。このお嬢さんはワンパターンだからね。
それにしてもアリシアは随分と落ち込んでいるようだった。私に文句らしき言葉を言ってくる以外は、ずっと膝を抱えこんで縮こまってしまっている。
うーん、あの体勢では余計にお尻が痛いはずだけども、それを上手く伝えられないし、逆ギレされるのも困るので、黙っておくことにする。
暇になった私は芋虫状態で寝っ転がり、そのまま寝てしまおうと目を閉じる。横からアリシアが「ほんふぁほほひ……」とか呟いていたけど、やっぱり何言ってんのかわかんねー。
牢馬車で揺られること約一時間。
牢馬車には布がかけられていて外が見えないにしろ、木の葉を揺らす風の音で森の中に入った事が分かった。風の匂いも湿ったものへと変わっていく。
さらに数時間後、ついに牢馬車を覆う布の隙間から漏れていた光も消え、空気も冷たくなっていった。
夜鳥の声が聞こえはじめた時、牢馬車は停止した。
外が騒がしくなると共に、何かを煮炊きをするような匂いが漂ってきた。もしかして晩御飯でしょうか。
私はアリシアを足先で軽くつついた。
「はーはんは、ほはんはははへふはいほー?(ばあさんや、ご飯はまだですかいのー?)」
「…………」
無視された。私は負けじと大きく息を吸う。
「ほはんはははへふはいほー!(ご飯はまだですかいのー!)」
やっぱり無視された。仕方がないので今度は全力だ。
「ほはんはーー!!」
「うるせぇっ! ぶっ殺すぞ!」
牢馬車の布をはぎ取りながら男が唾を飛ばしてきた。年のころアラサーくらいの中肉中背の男だ。その右手には硬そうなパンが握られている。
「ほのふぁんほ……」
男がパンを投げ捨て剣に持ち替えた。
マズイ、これはパンではなく剣を喰らうパターンだ。意思表示のために私はプルプルと首を振る。
直後、男は別の男に制止されて去っていった。
……ふぅ、たいしたことのない男だったな。ってか、あいつパン捨ててたけど、どうせ捨てるならこっちに投げ入れてくれればいいのに。
隣ではアリシアがまた良くわからないことを言っていた。だから何言ってんだか分かんないって。
◇
今は体感的に深夜くらいだろう。
あの後、結局誰もご飯をくれなかった。いくら私が食物を育てられる便利属性だからといって、種がなければどうしようもない。今は荷物を全部取り上げられているので種がないのだ。
だからただ、腹の虫と森の虫が合唱するのを黙って聞くしかなかった。
暇を持て余しながらもしばらく合唱を聞いていると、ひそひそ声が混じってくるのに気がついた。その声がだんだんと近づいてくる。
私は寝ているアリシアの脇腹に蹴りを入れた。飛び起きたアリシアが、また良くわからない事を言ってるけども、めんどくさい。
近づいてきた足音が牢馬車の前でピタリと止まる。次の瞬間、牢馬車にかけられてた布がはぎ取られた。
そこにいたのは三人の男。先ほどパンを手に怒鳴ってきた男もいる。もちろん手にしているのはパンではなく剣。
松明の光で照らされた三人の顔は、やけにニヤニヤしていた。
「ふぁひ? ふぁひ?」
アリシアがなんか言っている。
「ほっほ、ふぁんふぁほほ」
いや、分かんないって。
心の中で突っ込みを入れている間にも、男達が鍵を開け、中へと踏み入ってくる。
「へへ……大人しくしてろよ?」
パンの男が、緩慢な動きで私の首元へ短剣を突きつけてきた。隣ではアリシアも短剣を突きつけられている。
視線でアリシアに聞いてみるけれども、アリシアは泣き顔で首を横に振った。なので仕方なく大人しくしておくことにした。
両手両足を縛られた私とアリシアは、ろくな抵抗もせず、芋虫のような状態で男たちに抱えられる。次いで牢馬車の外へと運び出された。
寝静まっている他の警備隊の脇をすり抜けて、茂みの先へと突き進む。
隊列としては、松明を手にした男が先頭で、次に私を抱えるパンの男、最後にアリシアを抱える厳つい男だ。
運ばれながらも考える。
こいつらがやろうとしているだろう事の候補は二つ。
一つ、こっそり私たちを逃がそうとしてくれている。
一つ、私たちに良からぬ事をしようとしている。
後者の可能性が高い気がするけれど、私はなんとか前者の可能性に賭けてみたい。
どちらにしたって命令のせいで大人しく運ばれるしかないけれど。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます