第13話 急転直下 戦線の存在


 私は奴隷解放戦線については何も知りません。ただ、この村でニート生活を送っていただけです。私が何か悪いことをしたという証拠はありません。村長さん、どうして私を犯人に仕立て上げるのですか? あなたは私に何か恨みでもあるのですか?


 そんな言葉が脳内を高速で駆け巡る。

 けれど、焦った私の口から出た言葉は、違う言葉だった。


「な、なんか、どこでにでもあるような名前だね?」


 瞬時にアリシアの瞳が怒りで大きく開かれた。

 これはミスったかもしれない。私は、「どこにでもあるような名前だから、個別認識なんてしてない」と言いたかったのだが、アリシアには「どこかで聞いたことがあるような名前だ」と認識したのかもしれない。

 次に来る言葉が本気の“死ね”である衝撃に備えた。


「その娘は関係ありません! 悪いのは黒髪の女の方です!」


 アリシアの言葉を遮った村長の声。

 アリシアをかばったものではあったが、逆に私が助けられた。


 ただ、そんな村長の言葉も、一人の男によってかき消された。


 あざけるように笑った一人の男が、いかにも軍人らしい等間隔の歩幅を刻みながらアリシアの方へと近づいた。

 肩に細い黄色の飾緒かざりおを付けているから、この男が隊長なのだろう。


 男は、流れるような仕草で剣を抜き、切っ先をアリシアへと向けた。

 アリシアの身体がぴくりと震える。

 その切っ先は、アリシア喉元からゆっくりと移動し、胸元の一点を指し示した。


 ……そうか、こいつらは探しているんだ。奴隷印を持つ人間を。


「あー、正解はこっちでーす!」


 叫びながら私は、スカーフを外して胸元の印を見せびらかしてみた。

 ついでに外したスカーフをぶん回してアピールする。どちらにしろバレるのは時間の問題だったから、気は進まないけど仕方ない。


「……あの女を捕らえろ」


 軍人たちが押し寄せて、私を取り囲む。

 身体が地面に押し付けられた。


 後ろ手に拘束され、髪を引っ張られ、顔だけを上げさせられた。無理のある体制だから相当痛い。


「……なぜ、この村に奴隷がいるのだ?」


 男の質問の意味はよく分かる。奴隷は農園で管理されている。こんな辺境にいる奴隷は逃亡奴隷と相場が決まっているのだ。


「そいつは……と、盗賊です! この村を襲った盗賊です!」

「そうです、我々はそいつに脅されていたのです! かくわまねば村の者を殺すと! 断じて戦線などとは関係ありません!」


 地に額を擦りながら訴える村長と茅葺屋根の主人。アリシアも彼らにあわせるように膝を折った。


 村長は私を売る路線で行くらしい。正しい判断なのだろう。逃亡奴隷をかくまうことは重罪なのだから。


「はっ、アレが盗賊だと?」


 男が口を歪めて笑う。


「教えてもらいたいものだな。一体どのようにしてあのような小娘が貴様らを脅すのだ?」

「そ……それは……」


 顔色を悪くした村長は、伺い見るかのようにアリシアへと視線を送った。どうやら村長は、この場をアリシアにスルーパスするようだ。


「私が、説明……いえ、証明いたします」


 声を震わせながらアリシアが男に視線を向け直す。


「その奴隷は、本当にこの村を襲いました……その奴隷は、実は以前ご報告した盗賊の首領なのです。その点をご報告しなかったのは、私達が本当に脅されていたからでした」


 アリシアは、村長が説明した内容を引き継ぐようだ。まぁ、村長の言っている事を否定したら、それはそれで村長の立場もなくなるしね。


「…………」

「信じてもらえないかもしれませんが、その娘は魔法を使って私たちを脅してきたのです」

「こいつの口を閉じさせろ」

「待ってく……」


 アリシアも私とお揃いの姿勢で、地面に押し付けられた。


「魔法? 貴様は自分の言っている事が分かっているのか? あの小娘は奴隷だ。どうやって魔法で貴様らを脅すのだ?」

「話を……」

「初めからおかしかったのだ。貴様らは、盗賊を捕らえたと報告してきた。確かにそれは本当だ。実際に多くの盗賊達が檻にいたのだからな。しかしここで疑問が生まれる。盗賊達は無傷だった。……どうやって? どうやってただの農民である貴様らが盗賊達を生け捕りにしたのだ?」

「……ですから、魔法……」


 男とアリシアの声が交錯する。


「さらにはこの村を守る防備壁。どうやって普通の村が、これほどの短期間であのような強大な防備壁を作りあげることができた?」


 男はウォール・トランの事を言っている。私は自分のしたことに舌打ちした。


「真実はこうだ。この村は奴隷解放戦線のアジトだった。盗賊達はそこ押し入り、返り討ちにされた。そして奴隷解放戦線の力を借り、防衛を強化した」


 その言葉に、私は残念な気持ちになった。


 確かに魔法を使う奴隷がいるというトンデモ理論よりも、この村が奴隷解放戦線とやらのアジトだという方がまだ現実的に思えたからだ。


「そんなっ! 違いま……」

「黙れっ! 事実、あそこに武装した奴隷がいるではないか!」


 私は自分の腰に目をやった。確かに私は腰に短剣を携えている。

 言われてみれば、武器を持っている奴隷が普通に村を歩いているのっておかしいよね。


「それこそがこの村が奴隷解放戦線のアジトである証拠。他にもいるはずだ、武装した奴隷が……」

「ルビさん……!」


 はい。


「エネルギー砲充填開始っ!」


 私の言葉と共に風が吹きあがり、金色の光が舞い上がる。

 いつもの通り空中に石を生成するのだ。


「な、なんだ!?」


 アリシアは、説明じゃなくて証明すると言っていた。

 だったらこうするのが正しいのだろう。


「70……80……90パーセント!」


 私を押さえつけていた兵士達が腕を離し、光の中心地である私から後ずさる。

 その隙に私は立ち上がった。


「エネルギー砲、発射アアァァッ!」


 わざとらしく左腕を掲げ、一気に小石を降りしきらせる。


「ぎゃっ!」

「イテテテテッ!」


 小石の雨から逃げる兵士達。まさに蜂の子を蹴散らす勢いだった。


「ルビさん、もういいです、止めてください!」

「おー? それは命令かぁ?」

「……違います……単純に、やりすぎたらダメという話です」

「えっ、ひどい! 私はただアリシア様の命令に従っただけなのにー」


 胸の前で手を組んで、コネコネしてみる。

 こんな感じでよかったのだろうか。


「ど、どういう事だ……」

「まさか、本当に……」


 兵士たちに広がる混乱。

 そのお陰で拘束から解放されたアリシアは、ゆっくりと立ち上がり、長らしき男に向き直りながら再び膝を折った。


「ご覧頂いた通りです。あの奴隷は魔法を使えます。ただ、先程のやり取りからお分かりいただけますように、私が服従させました」

「ま、魔法……服従……」

「はい。私はこの国アクトリア王家の血筋の者です。幼少の頃にこの村に落ちのびました。証拠という証拠は全て破棄してしまいましたが、今お見せした事は証拠の一つになるかと思います」


 私は目を丸くしてアリシアを見た。

 結構なお貴族様なんじゃないかと思ってはいたが、まさか王族レベルだったとは……それならアリシアの二面性も納得できるところもある。


 ある程度予想していた私ですら驚いたくらいだ、もはや目の前の男は何に対して驚いたらいいのか分からなくなっているようだ。口を開けたまま動きもしない。


「私はここに潜伏していた身です。それを隠すために、奴隷服従の報告を避けていました。お許しください。ただ、今ご説明させていただいたことが真実です。ですからいくら探されても他に奴隷はおりません。存分に見分なさって下さい、ただ、もし他に奴隷がいなければ、私達の話にも耳を傾けて下さるようお願いいたします」


 声を震わせながら冷静に言葉を続けるアリシア。

 やっぱりアリシアも、肝っ玉がかなり強いよね。


 一方の男は口を開けたまま動きもしなかった。目を見開いて「魔法……アクトリア……」と小さな声で呟いていた。


 どれくらいの沈黙が流れただろう。


 その間にも、炎の燃える音や悲鳴が聞こえてくる。早く結論を出してほしい。ただ、ここで私が何かアクションを起こしても、逆効果にしかならない。

 そう思い、男の様子を見守り続ける。


「……よかろう、結論は先送りだ」


 男は苦々しげにそう言って、機械的な動きで剣を鞘に納めた。


「だが……貴殿とあいつは捕縛させてもらう……捕らえろ」


 ほどなく拘束される私とアリシア。


 もはや男の意識は、元王族と言ったアリシアと、怪しい奴隷の私へと集中している。その結果、この村が奴隷解放戦線のアジトである疑いは薄くなったのかもしれない。これで村の嫌疑は晴れるのかもしれない。


 けれど、元王族で逃げてきたとカミングアウトしたアリシアは、自分が再び危険な立場になるかもしれないのに、いいのかね?


 まぁ、私がアリシアを心配するいわれもないんだけどさ。

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