第12話 無事ニート


 そんなこんなで村での生活も三週間。

 ウォール・トランを完成させた私は、無事ニートに復帰していた。


 ちまたではどうやって私を働かせるかについて議論されているようだが、ウォール・トランができてからは村が襲われる心配も減った。だから余計にニート暮らしがはかどった。


 それでもアリシアは懲りずに私を農作業へと引きずり出だしてくる。

 負けてたまるかと、私は畑の土を使ってミニチュア城のオブジェを作ってみせる。


「ほらほら、お城できたよ、アリシアも見て?」

「ルビさん……私にそれを見せてどうしろと言うのですか……私は衝動が抑えきれそうにありません……」


 鍬を持つ手を震わせるアリシア。

 一体何の衝動だろうか。この城を壊したい衝動か、私の頭をカチ割りたい衝動か。

 どちらが来ても対応できるように、身体を起こしたその時。


「アリシア! アリシアッ! あいつらがっ!」


 あれは不機嫌男、クロンだ。こいつがくるといつもロクなことがおきない。本当にいつも「大変だ!」を連れてくる。


「ど、どうしたの……」

「あいつらだ、警備隊の奴らが!」

「警備隊?」


 ……やっぱり何かのトラブルだ。


 もはやさっさと逃げてしまおうと、穴を掘って入ろうとした瞬間、電撃に見舞われた。


 服従魔法は服従されている者の脳内に反応するのだ。たとえ主人が何も感じてなくても、服従されている本人が命令違反を感じれば電撃がくるのだ。


 ちくしょう、よくできてやがるぜ、この糞システム。


 そんな私の様子を見てアリシアの顔色が変わる。

「ルビさん!」と名前を叫ばれたけれど私がこのまま大人しく……あぎゃぎゃぎゃぎゃ痛い痛い……仕方ない。


 これだけ働かされるニートって世の中にいるの?

 私は心の中で遺憾砲を発射しながら、村へと急いだ。




 ◇


 走り出してからすぐに気がついた。

 風の中に灰の匂いが混じっている。


 私は走りつつも、トランの方向へと視線を向ける。


 かつてのトランは木でできた隙間だらけの防護柵で囲まれており、遠くからも村の様子が見てとれた。

 けれど今は、私が作った防護壁が立ちはだかり、遠くからでは村の様子を伺い知ることができない。その事実に苛立ちを感じながらも、立ち昇る炎と煙だけは遠くからでも見て取れた。


 災難続きだな、この村。呪われてるんじゃ?


 そんな事を思いつつも、急いで村へと駆けつける。


「探せ! そっちだ!」


 防護壁まで辿り着いた私は、そんな怒号を耳にする。私は石壁に穴を開けて内部を覗いた。

 狭い視界の先に見えたのは、燃え上がる家屋。ただ、それはある予測していた。

 驚いたのは、軍服を着た男たちが暴れ回っていることだ。


 濃緑の軍服の彼らは、大槌やバールで家や小屋を破壊し回っている。その中には、この地域の領主であるグレズリー辺境伯の腕章を着けた者もいた。


 ……あ、これはなんかヤバイかもしれない。


 先日この村に来た警備隊は、規模や装備からするに予備兵らしき半端者だった。けれどもこいつらは領主直属の軍人だ。規模も以前よりもはるかに大きい。


 一体何があった?


 寒気を感じながらも、防護璧を登ろうとしたその時。


「ルビさん、待ってください! 私も行きます!」


 息を切らしたアリシアがやってきた。


「いや、待ってる暇なんて……」

「私も登らせてください!」


 このウォール・トランは石壁を並べてつくったものだから、村の中に入れるポイントが少ないのだ。だから私は壁を登ろうとしていた。


「いや、アリシアはここで待ってた方がいい。村の中はちょっとヤバイ感じなんだ」

「ヤバい!? ヤバいってなにがですか!? 村で何が起きてるんですか!?」

「軍らしき奴らに襲われている」


 顔色が白くなってゆくアリシア。


「……ど、どうして!? どうしてそんなことに……」

「だから、アリシアはここで待ってて」

「そんな訳にはいきません! 私も……」

「いや、中は危ないって。とりあえず村長に話を聞きに行ってくるから」

「そんな悠長なこと!」

「悠長もくそも、相手は軍だ。事情も分からず下手に反撃なんてしたら余計にこじれる」


 彼等に手を出すという事は、領主に、ひいては国に反撃する事になるからだ。


 それに、ぱっと見た限りでは、軍は村を壊すことに専念していた。

 住人の中には負傷者もいるようだが、なにも無差別に殺戮を行っている訳でもない。だとすると何も分からない段階で反撃しても、彼らの行動をエスカレートさせる口実を与えるだけだ。


「だから事情を一番知ってそうな人間に聞いてくる。そんちょーでいい?」


 アリシアはギリッと歯を食い締めた。


「……ええ」

「わかった。とりあえず行ってくる」

「だから私も行きます」

「は?」


 急いでるんだけど、そう反論しようとした瞬間。


「ルビさん、村長がいそうな場所分かりますか?」

「……そんちょーの家、じゃないの?」


 アリシアが小さく首を振った。だったらもう仕方がない。


 私は、防護壁の下部に人が通れるくらいの穴を作った。防護壁を登れないアリシアを連れていくためだ。まぁ、最初っからこっちの方が安全だった気もする。


 私に続いてアリシアが穴を通り抜けた。アリシアは、村に入った瞬間に動きを止める。目を大きく見開き、穴の縁にかける手が震え始める。


 中は悲惨な状況だった。家屋は黒い煙を巻き上げながら炎に包まれている。見たこともない数の軍人たちが村中を闊歩し、村人たちは悲鳴や嗚咽をあげている。

 だから、無理もないことだった。


 ただ驚いている暇はない。私はアリシアの肩に手を置いて、軽く揺さぶった。

 正気に戻ったのか、弾かれるように穴から抜け出し駆け出すアリシア。


 煙が酷いので、煙を吸い込まないようにスカーフで口を押えながらアリシアの背を追う。


 途中でいくつもの悲鳴を耳にし、炎を目にしたが、見ない振りをして走り続けるしかない。

 服従させられている側がそうするしかないと判断してると、電撃もこないもんなんだなと思いながら、アリシアの後を追う。


 駆け抜けた先に見えきたのは、新しく葺き替えられた茅葺き屋根。その屋根もすでに炎が燃え広がっていた。


 燃える屋根の下に、村長と茅葺屋根の家の主人がいた。二人とも、膝を折って平服している。そして、彼らを取り囲む軍人たち。


「村長!」


 アリシアの声に、村長が顔をあげた。

 村長は、しわしわの顔を一瞬で紅潮させ、叫んだ。


「あいつだ……あいつです!」

「え?」

「あいつが全ての元凶です!」


 叫びながらもアリシアの方へと指をさしてくる。正確には、アリシアの後ろにいる私の方へと。


「あいつが悪いんです!」

「おい、ジジイ、何言って……」

「お前のせいで……この村が共犯だと思われているのじゃっ!」

「共犯って何のことだよ」

「奴隷解放戦線じゃ!」

「……は?」


 奴隷解放戦線。

 名前から察するに、奴隷を開放するための組織みたいだけど、何のことだろう。


「ルビさん……奴隷解放戦線って……ご存じですか?」


 私の方に振り返るアリシア。

 その瞳には、激しい感情が渦巻いていた。


 いや、確かに私は奴隷だけど、全然知らないよ?

 ていうか、なんでもかんでも私に疑いの目を向けてくるの、やめてくれない?

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