第11話 ウォール・トラン


 ◇


 私はひたすら魔法で木を育てていた。


 アリシアには「魔法を使わなくてもいい」と言われたが、結局魔法で木を育てることにした。身体を使うより楽だったからだ。


「この木なんの木!」


 魔法を発動する時に使う呪文はなんでもいい。イメージさえ間違えなければどんな言葉でも魔法は発動する。そもそも私は、正式な呪文なんて知らないのでどうしようもない。だから「木っぽい」言葉を沢山つぶやき、木を育ててまくっていた。


「木曜日!」「木造家屋!」「木っ端微塵!」


 私の言葉に反応して、次々と育っていく木々。それらを村の男たちは切り倒し、丸太にして古い防護柵と交換していった。


 しかし、これはこれで大変だった。必要な木の量が多すぎたからだ。


 作業を始めて丸二日。まだ村を囲む防護柵の十分の一も完成していない。


「もうやだ!! こんなの終わんないじゃん、続けてられるか!」


 このペースでは、完成までに数週間かかってしまう。とうとうその現実に耐えきれなくなった私は、空に向かって咆哮した。


「木が遅いなら石を積めばいいじゃない!」


 私は洗濯機ほどの大きさの石を空から出現させた。

 そして丸太を置く予定だった場所にドカンと落とした。


「おおおっ!」


 轟音と共に村人たちが驚く。


 木を育てて、伐採し、形を整えてから並べていくよりも、直接石を積んだ方がずっと早い。それは分かっていたが、私一人で作業が終わってしまうのが癪だったのだ。

 けれども、ずっと作業を続ける方が精神的にきついことが分かったので、やけっぱちで魔法を連発する。


「さぁ、積み上がるがいい、ウォール・トラン!」


 前世で見たアニメをイメージしながら、次々と石を積み上げ、壁を作っていく。


「おぉ……」


 どよめきが歓声へと変わる。

 勢いにのった私を止めるものは誰もいない。次々と石を積み重ね続け、頑強な防護璧を作っていく。


「さすがルビ様! やはり壁は石に限りますよね!」


 旧ルビ派の残党だった。また手のひらドリルかな? 私はそいつに白い視線を送っておいた。


 ただ、男達たちが暇になるのも癪なので、彼らには石と石の隙間に割った石を詰め込んでもらう事にした。補強のためだ。



 急速に進んだ作業のおかげで、私たちは、休憩を取ることができた。



 冷たい風を感じながら石壁に寄りかかって、ラムの実をほおばる。

 空は冬の雲で覆われていて、太陽の光はぼんやりとしている。その光をさえぎるようにクロンが私の視界に入ってきた。


「なぁ、お前。……お前は一体何なんだ?」

「あ?」

「アリシアから聞いてる。お前、おかしいって」

「はあ?」


 私は一瞬でイラッとした。

 休憩中にいきなり人の頭をおかしいって言ってくるなんて、礼儀がなってない。


「お前、奴隷だろ? 魔法を使えるのはおかしいって」


 どうやら頭がおかしい云々ではなかったらしい。


「……奴隷が魔法を使っちゃ悪いのか?」

「魔法を使えるのは貴族だけだってアリシアが言ってた」


 クロンはアリシアから色々と聞いているようだ。

 クロンが最初から私に不信感を抱いていたのも、そういう背景があったのかもしれない。


 奴隷は、もっぱら奴隷農園で管理されている。だから、ここに住む村人たちは、奴隷のことをよく知らない。


 それは魔法についても同じだった。


 魔法は、王侯貴族だけが使えるものだ。彼らは太古の神々の子孫らしく、その血に力が残っている。

 一方奴隷は、太古の神々に作られた道具だ。だから奴隷が魔法を使えるのはおかしい。

 そうアリシアから聞かされているのだろう。


 確かになんで奴隷の私が魔法を使えるのか。

 そんなの私にもわからない。


 もしかして私に貴族の血が混じっているのかと考えた事もあったが、それも違う。奴隷の血は強いので、奴隷の子どもは奴隷になる。また、そもそも私の胸元にくっきりとした奴隷印がある。


 ただ、おかしいとか言われても分からない。

 分からないので、私は話を逸らすことにした。


「じゃあ、魔法を使えるアリシアは貴族なのか?」

「それはいいんだよ! お前には関係ない!」


 クロンが答えなくても、答えは大体予測がついた。


 この村には、アリシア以外に金髪と青い瞳を持つ人間はいない。この村にアリシアの両親もいないことから、おそらく、どこぞの貴族が落ちぶれてきたのだろう。

 だったら、クロンのこの過保護さも納得できる。


「お前……アリシアを騙したりしてないだろうな?」


 クロンが私を睨んできた。


「騙してるって疑っている相手に、騙してないだろうなって聞いてどうするんだ?」

「お前……」


 このクロンの過保護さは、すべてアリシアを心配してのことなのだから、クロンも悪い人間ではないのだろう。

 けれども正直、こうやって突っかかられるのも面倒だ。


 だから私は、彼を静かにさせるための話を考えた。それは前世で耳にしたことのある逸話だ。そっと声を上げて、クロンに話しかける。


「ねぇクロン、こんな話しってる?」

「ああ?」

「……あるレンガ職人が、レンガを積んでいました。旅人が、そのレンガ職人に何をしているんですか、と聞きました」

「あ? おまえ何言って」

「レンガ職人は言いました。こうやってレンガを積んでいるのさ。なんで俺がこんな事しなきゃならないんだ、まったくついてないと」

「は? だから何言って」

「まぁ聞けよ。旅人は、次に出会ったレンガ職人にも同じことを聞きました。するとレンガ職人は言いました。この村を守る壁を作っているのさ、と」

「だから、何を……!」


 クロンがイラついたかのように足をばたつかせた。


「レンガ積みには二種類いるってことだよ。どうやってレンガを積むかばかりにフォーカスをしている人間と、何のためにレンガを積むかにフォーカスしている人間だ。……クロン、私はこの村を、ひいてはあんたが心配しているアリシアを守るために石を積んでいる。その行動こそが真実だ」


クロンが、一瞬怯んだ気がする。私は構わず言葉を続ける。


「だからその方法がどうだとか、おかしいとか、いちいち細かいことに難癖付けないでくれる? そんな暇があるのなら、あんたも石を積めばいい」

「…………」


 私はそう言いながらクロンの顔を見つめた。

 クロンは困惑した表情をしたあとに、沈黙した。


 やがてクロンは舌打ちして、私に背を向けた。

 そして石切り場へと歩き出した。次に力任せに石を割り、割れた石を壁の隙間に詰め始めた。


 私の言い分は納得できないまでも、言っていることは理解はしてくれたようだった。


 私はほっと息を吐いた。

 よかった。私が使ったこの逸話……前世で聞いたものだったが、かなりあやふやで、本当に使い方があっているか自信がなかった。……それがバレてボロが出なくて、よかったと。



 それから五日後、ついにウォール・トランが完成した。


 村人やクロンが歓声をあげながら喜びを分かち合う。

 そんな中、私はウォール・トランの一番高い壁の上に登り、つぶやいた。


 「あんな偉そうなこと言ったけど、やっぱり私は間違っていた。私はレンガ職人よりも、ニートになりたい」


 心の底から声が漏れた。

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