第10話 働きたくない
私は今、アリシアの芋を煮ている。
アリシアの家に居候しはじめてから、私はニートとしての生活を満喫していた。狭くてボロい木造の家だが、食材は好き勝手に使えるからまぁいい。
「あったかい……」
オレンジ色の炎を放つ泥炭を見つめながら、私は手を温めた。
この地方では、泥炭という石炭になり損ねた土が地下に埋まっており、村人たちはそれを掘り起こして燃料にしている。そのせいで水も不味いが、寒さから逃れられるという利点もあった。
だから私はもう家から出ることはないだろう。
そう思う理由が他にもあった。
昨日、警備隊がようやく村に到着した。
しかし彼らは状況を確認するだけで帰ってしまった。つまりこの村は、警備隊との交渉に失敗したか、そもそもしなかったかのどちらかだ。
……ここに私の勝ちが確定した。
だから私は、シチューの提供を止めた。
止めた途端「話が違う」「騙された」などと不満が噴出したが、完全無視だ。
そりゃそうだろう。もう処分される心配がなくなったんだから、村人の機嫌を取る必要もない。
私は硬い木の床にゴロンと寝転んだ。
「あぁー、ゴロゴロって最高だー」
ちなみに警備隊は、捕らえた盗賊を放置して帰ってしまった。職務放棄も甚だしい。あれで給料貰ってるってマジ? まこともって羨ましい。
そのあと私は、盗賊たちを解放した。親指と小指と足の健を切ってから。
そのおかげで、私の仕事はなくなった。今や完全フリーのスーパーニートだ。
今は、この完全フリーのスーパーニートが厨房から拝借した芋を煮ているところだ。
「そろそろ煮えたかな……」
「そろそろ煮えたかな、ではありません!!」
アリシアがドアを蹴飛ばす勢いで入ってきた。
「ルビさん、どうしてここにいるんですか? 農作業に行くって言ったじゃないですか! しかも勝手に芋まで煮て……!」
アリシアは朝から私を畑に連れて行こうとした。私に魔法で作物を育ててほしかったらしい。
けれど私は、アリシアが目を離した隙に家に逃げ帰り、厨房にあった芋を煮ていた。
「あ、アリシアも食べる? この不味い芋スープ」
塩と香草をちょろっと入れるだけの芋スープ。この村には碌なスパイスもないからマズくなる。ただ、自分の魔法でスパイスを出してやるつもりもない。
「ーーマズイだなんて!」
キンキン声がうるさいので、落ちていた藁で耳を塞いでいたら取り上げられた。そして無理やり農作業に引きずり出される。
凍てつくような寒さの中、私は畑に立たされた。
「あー、そらよっと、空だけに」
上空にたんぽぽの綿毛みたいなものを見つけたので、ジャンプしながら手を伸ばす。
「……ルビさん! 私は悲しいです! 村の仲間が一生懸命働いているのに、あなたはちっとも手伝おうとしない。仲間だっていうならルビさんも得意技で作物を育ててくれてもいいですよね!?」
髪を乱しながら鍬を振り回すアリシア。農作業用のほっかむりを頭に被っているが、髪がざんばらになっているので、もはや落武者みたいになっている。
「それは命令ですか?」
「いえ、違いますけど……」
だから私は、引き続き綿毛を追うことにした。
それを見たアリシアは、鍬をぐっと握りしめてつぶやいた。
「……あてが、外れたわ」
……まぁそうでしょうね。
普通、「直前まで処分するかどうか迷っていた相手」を、仲間だと受け入れるわけがない。村人たちは自分たちの利益に動いただけだ。私を便利に使うためだ。
だからこそ私がやることといったら、家でゴロゴロすることと、電撃が来ない最低限のラインで村を警備することくらいだった。
そりゃそうだ、便利使いなんてさせられた日には、いつまで経っても解放されない。
みんなにとって、さぞやアテが外れたことだろう。
「はぁ……命令を、村のために働きなさいに変えようかしら」
私の心臓がひゅんと縮んだ。
それは絶対によくない、だから予防線を張っておく。
「ダメだよーそんな曖昧な命令。いざ盗賊が襲ってきた時に、村の皆を守るのが先か盗賊を倒すのが先か分かんなくなっちゃうよ? 優先するのは村の皆でしょ? だから今ままがいいよ?」
「だったら、ルビさんも手伝ってください。でないと今日のご飯がなくなりますよ!?」
「あー、困った。ご飯を抜かれたらイザって時に動けなくなるなー」
「…………」
そんなこんなでアリシアは、私とアリシア二人分の食い扶持を稼がないといけなくなっていた。ああ、仲間っていいな、ザマァだな。
そんな平和な日々が数日過ぎる。
こいつらもこいつらなりに進化したようだった。
「……ルビさん、おはようございます! 早速ですがついてきてください!」
まだ半分眠っている私は、無理やりに引きずられていく。
村の中に並ぶ家々の間を歩き、目的地に到着した。
そこは村の防護壁だった。なぜだか村の男達がずらりと立ち並んでいる。不機嫌男のクロンもいた。
「……ルビさんには、これの修復作業を手伝ってもらいたいと思います!」
木でできたボロい防護柵を指差すアリシア。
「ん……?」
「村を守るためには防護柵の増強が必要ですよね? これならルビさんに下した命令……いえ、ルビさんのやりたいことにもぴったりです!」
アリシアの言葉に、うんうんと頷く村の男達。
どうやらこいつらは、どういうタイプの命令なら、命令の範囲として聞かせられるかを考えていたようだ。
「あ、でも、魔法を使ったら魔力が減る……」
「何も魔法でやれなんて言っていません。ルビさんには二本の腕があるでしょう?」
「あ、いや、でも疲れて動けなくなったら……」
「動けなくならない程度で大丈夫です! ちょっとした作業でも構いません! それで村のみんなとも交流して仲間になる! これはルビさんの希望にもぴったりあう仕事です!」
いや、そんな希望なんてない。
私は必死に考えた。なんとかこの労働を回避できる手段を。
「あ、あんなボロい柵を修復するより、みんなの家に石壁を作った方が効率的……」
村をぐるりと囲む防護柵を直すより、残りの家に石壁を作った方が楽だと判断したのだ。
「あの石壁、よく考えたら、出入り口が大きすぎてあんまり意味ないんですよ。って村のみんなが言ってました」
うんうんと頷いた者の中に、旧ルビ派がいた。なんだこいつ、手のひらドリルか?
おのれ旧ルビ派のやつらめ。私が石壁作った時、あんなに喜んでいたでしょう?
仕方ない、そもそもルビ派よりもアリシア派の方が強かったのだ。まだまだ巻き返しが足りてなかった。
だから私は、取り敢えずは大人しく強制労働に巻き込まれることにした。
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