第9話 私の処分
私の処分……なぜそんな話になっているのか。
村の権力者が全部「ルビ派でない」ことが原因かもしれない。
焦った私は、子供たちを更なる斥候に出すことにした。そして村の情報を収集する。
集まった情報によると、どうやら先日の村の混乱が効いているらしく、盗賊と一緒に私を処分してしまう方向で議論が進んでいるらしい。
私がいなくなれば村の警備はどうなるのかと思ったが、警備隊にしばらく常駐してもらうように交渉するつもりらしい。
ダメダメダメダメ、そんなのダメに決まってる。絶対によくない。
まさかこんな形で私がお払い箱になるとは。しかも棺桶の箱への直行とは。
なんとか生き延びる方法を考えなければならない。
もはや、ここで頼れるのはアレしかない。
人間の心を動かすのはいつだって、根源的欲求というやつなのだ。
◇
私は今、広間でシチューを作っていた。
あれから子供たちを使ってアリシアに交渉し、調理器具を借りた。そして彼らの目の前で、魔法で作物を育てて見せた。
村人たちは初めは恐れおののいた。
目の前でぐんぐん植物が育っていくその光景は、私の土魔法に慣れてきた村人たちでも驚くほどだったようだ。
そんな彼らの前で、私はひたすらシチューを作っていた。
白い湯気を立てている鍋には、芋と、丸葱、白キノコ、そして私がミルクの実と名付けた果汁が満ちている。全ては私が種から育てたものだ。
中でもこのミルクの実は本当に優秀だった。
風味は牛乳とカカオの中間で、果汁だけでも美味しくグビグビ飲める。その上、バターのような脂肪分も取れる。この世界では動物性脂肪が貴重なため、まさに救世主のような存在だ。
私はこれを牛乳に見立てて、シチューを作っていた。
最初は顔に警戒心を表していた村人が、甘い香りが漂ってきた途端に態度が変わり、みんな鍋に群がってきた。
それと同時にアリシアも変わり果てていた。鼻息が荒く、目をギョロギョロとさせている。もはや純真そうな少女の仮面が剥がれ、本性が露わになっていた。
そんなアリシアを横目で見つつ、木のお玉で器にシチューをよそう。
「さぁ、ファーストインプレッション……! レッツラゴー!」
湯気の立ち上る器をアリシアに手渡す。
「ルビさん……これ……」
「だーいじょうぶ、だいじょうぶ。私は命令が効いてるんだ。それはアリシアが一番よく分かってるでしょ?」
だからこそアリシア自身が、毒味役を買って出たわけだし。
アリシアは目をギョロギョロさせたままシチューを受け取り、らに目をクルクルと動かしていた。不気味だ。
それでも腹がきまったのか、視線がシチューへとしっかり固定される。そしてゆっくりと器に口をつけた。
「熱っ……」
その瞬間、アリシアの目に光が宿り、頬が紅くなる。
「だ、大丈夫か!?」
村人たちが、アリシアの反応をぐいぐいと確認してきた。
「ま、まだ分かりません、どうなんでしょう……」
そう言いつつ、アリシアはシチューを飲み干していく。
呪文のように何度も「分からない」と呟きながら、あっという間に器を空にした。
「まだ分からない……もう少し食べてみなきゃ」
虚ろな目で空の器を差し出してくるアリシア。本当に顔が怖いと思いつつも、私は心の中でガッツポーズした。
「え、なら俺も……」
「ずるい、じゃあ私もっ!」
どうやらお墨付きを得たと理解したようだ。
途端に村人が鍋に押し寄せる。
それからはもう大混乱だった。ここにはお玉が一つしかなかった。だから、鍋に直接お椀や手を入れてくる者が出てきた。
その中でも、アリシアはしっかり二杯目のシチューを食べていた。でも、それを見ていた群衆の中から、子どもの泣き声が上がってきた。
「うわあぁぁん、アリシア姉ちゃんばっかりずるいっ!」
「私もっ! 私も食べたいっ!!」
アリシアの動きがピタリと止まる。
周りの大人たちも、動きを止めてアリシアに視線を向けた。
「……いえ、違います。私は毒味を続けていただけです。でも、もう大丈夫です。この食べ物は安全です。皆さんもどうぞ」
アリシアは泣きすさぶ子どもに向かって空の器を渡す。けれども既にこの時点で鍋も空だ。
「うあわあああんっ! 食べたかったのにーっ!」
「ずるいするいるずるいーっ!」
子ども達が一層激しく泣き始める。
私は「今だ」と勝機を感じ取る。
「はいはいはい、注目ぅ~」
空になった鍋を頭上に掲げ、お玉でゴンゴンと叩く。
「今日はもうこれでおしまいでーす。ただ、今日から暫くは、毎日同じものを作りましょう」
村人から驚きの声があがった。一方で、「今よこせよ」といった率直な意見も聞こえてくる。それは無視しながら、声のトーンを真面目に戻す。
「その代わり、聞いてほしいことがある」
一瞬、村人たちは身体を硬くした。それは当然のことだ。警戒しない方がおかしい。
「……こないだ村に混乱を起こしたこと、あれは私が悪かった。今はすごく反省している。私もみんなに認めてもらうのが嬉しくて調子に乗ったんだ」
村人たちの間に、なんともいえない空気がよぎった。
「これからはあんなことしない。今後は償いのためにみんなに喜んでもらいたいと思ってる。だからこそ、今日は自分で料理を作ったんだ。暫くは毎日作る。みんなに喜んでもらいたいから」
村人たちが各々、顔を見合わせた。
「私、気づいたんだ。私は救世主なんかじゃなくて、みんなの仲間になりたいって。救世主なんて言葉で、みんなから一線引かれたくないって。これからはみんなの仲間になって、こんな風に喜んでもらいたいと思っている」
村の広場は静まり返った。
彼らは迷っている。私への疑念と期待の間で。
その時、子供がぽつりとつぶやいた。例の鼻垂れの少女だ。
「おねーちゃんとは、もう友達だよ?」
私は少しだけ驚いた。こんなタイミングで子分の子供たちから援護射撃を受けるとは。
「僕も、おねーちゃんと遊んでておもしろい」
周りの子供たちが次々と援護射撃をうってくる。時に「おねーちゃん頭がおかしい」とか援護になってない言葉もあったが、概ね援護だった。
そんな子供たちのお陰で、村人たちの空気が変わったのを感じた。
「……ね、アリシアちゃん」
アリシアのそばにいた女性が、アリシアに耳打ちをした。この女性は、アリシアと同じくシチューを二杯食べた女性だ。
その耳打ちを聞いて、アリシアは小さくため息をついた。
「……そうですか。そうですよね」
そして、うつむいていた目をすっと皆へと向ける。
「人間は、過ちを犯すものですよね。私は、ルビさんの反省を受け入れたいと思います」
アリシアが私の方へ近づいてくる。そして、透き通った瞳で私の手を取りながら言った。
「ルビさん、仲間というのは、なりたいからなるものではなく、いつの間にかなっているものですよ?」
私は、アリシアに取られた手をマジマジと見つめた。
「ルビ様、いや、ルビさんはこれで仲間だっ!」
「そうだ、仲間っ! 救世主的仲間っ!」
「シチューだーーっ!」
「今日も明日も明後日もシチューだっ!」
村の皆んなが声をあげるのを聞きながら、私は顔の表面に笑顔を作った。そしてその後ゆっくりと俯いて表情を隠す。
自分の感情を気づかれないようにするために。
◇◇◇
それから私はアリシアの家に居候することになった。
だから私は仕事をサボり、居候先になったアリシアの家で一人でゴロゴロしていた。
さらにはアリシアが厨房に隠していた芋を見つけ、勝手に三つほど煮込んで食べている。
「仲間だったら、勝手に食べても許されるはずだよねー」
仲間っていう言葉は、なんだかとっても都合がいいものよね。
私にとっても、彼ら村人たちにとっても。
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