第8話 それは重要情報


「ああああぁっ!」


 服従魔法の衝撃が身体を襲い、私は神輿から転げ落ちた。


 ついでにいつもの激痛が、身体を駆け巡る。


「そんな命令……だめでしょうがああああっ!」


 アリシアに向けて石刃を降らそうとするも、再び電撃に襲われた。


 激痛に耐えながら、アリシアが言っていた命令の意味合いを考える。


 あの言葉の意味は単純だ――村のみんなを守らないなら、死ねといっているのだ。

 この命令は危険だ。私は本物の墓穴を掘ってしまったのだ。この村を出る時は、冥土に旅立つ時だけになってしまう。


 こんな時、服従魔法の電撃から逃れる術はただ一つ。


「待って、分かった! 守りますっ! このクソ村をっ!」 


 叫んだ瞬間、私を打つ電撃がピタリと止まった。


「ほんとですか!? ありがとうございます! ルビさんなら分かってくれるって思ってました! 本当に嬉しいです。これからも一緒に頑張りましょうね!」


 アリシアの言葉に、私は心の中で毒づいた。いや、分かってくれると思ってました……じゃないよ! あんたが強打で分からせたんでしょうが! このサイコパスめ……。


 私は拳を握りしめながら、表向きは笑顔を作った。今はアリシアに逆らえない。だが、いつかあの分厚い面の皮をひっぺがしてやる。そして、ひっぺがした面の皮を「偽善者の見本」として展示してやるんだ。

 そう心に決めながら。




 ◇◇◇


 それから二日後の昼過ぎ。

 私は冷たい大地に突っ伏していた。


 村人を守る――これが私に与えられた命令の本質だ。

 けれども正直、盗賊を監視していれば他にすることは何もない。周囲の警戒も、私一人では無理なので、村人が対応している。


 だから私は、ひたすら冷たい大地に突っ伏していた。


 ただ、変化はあった。


 ――あの熱狂的に私を信奉していた信者たちが、潮がひくようにサァッと消えたのだ。

 ヘイ、どこに行ったんだい? 私の熱狂的な信者たち。


 だから私は、今日も一人で大地に突っ伏す。

 

 そんな時。

 頭の横に何かが置かれた音がした。

 顔をあげると、女の子が驚いた顔をして逃げていった。


 置かれたものを見つめる。


 これは……貢ぎ物だ。ただ、食べ物の貢ぎ物ではない。石で出来たおままごとの貢ぎ物だ。石を段々に積み重ねて、鏡餅のようにした貢ぎ物。


「きゅーせーしゅへのみつぎもの」


 遠巻きに逃げて行った子供が、小さくつぶやいて、またさらに逃げていく。


 どうも、少し前まで大人たちがやっていたことのマネごとらしい。


 私は身体を起こして周囲に目をやる。

 よく見れば、遠巻きながらに沢山の子供たちが私の方を見ているのだ。確か、大人たちからは「あのお姉ちゃんは危ないから近づいてはダメよ」と言われているはずなのに。


 どうやら「きゅーせーしゅ」への興味は尽きないらしい。

 

 だから私は、考えた。

 私は諦めない。諦めたらそこで試合終了なのだ。

 




 ◇

 

 私は子供たちに囲まれていた。まるで子供たちの女頭かのように。


 あの後私は、貢ぎ物を手に取って、お手玉にして子供たちに見せた。

 すると子供たちはわぁっと目を輝かせて喜んだ。


 次に私は、途中でくるっと身体を一回転させてみたり、間に変顔を挟んだりする。子供たちは大喜びした。


 こんな風に道化を続けていると、結局私の周りに子供が寄ってきた。そこを一緒に遊んで仲良くなったのだ。

  

 私が本気になればトップに返り咲くなんて簡単なものよ。


 私は、この子供たちに斥候役、つまり情報収集役をやらせることにした。


 というのもあれ以来、大人たちが私に関わってこなくなったからだ。どうやら村で秘密の会議が行われており、その間は極力私に関わらないように言われているらしい。

 

「ねーね、ぼくちゃん、おかーさんはどうして貢ぎ物を持ってこなくなったの?」


 赤毛の男の子が答えた。


「もう貢ぎ物はいいんだってー」

「えー、なんでー?」

「アリシア姉ちゃんが、もうみんなびょーどーに守ってもらえるからイラナイって言ってたー」


 うぬぅ……アリシアめ。こんなところまで手を回しているとは。

 どうりでルビ派が霧のように消えたわけだ。

 まぁ私もやる気をなくしてこっそり芋を栽培しなくなったから、どっちもどっちだけど。


「びょーどーって、お家はいいの? ほら。あの石壁とか、ないお家もあるじゃん?」

「他のおうちも、みんなで石壁つくるんだってー」

 

 そばかすがちの女の子が答えた。どうやら本当に完全に対処しにきている。

 だったら別のことも聞いておこう。

 

「じゃあ、今アリシアが一番困ってることって何かな?」

「うーんと、それはきゅうせいしゅのお姉ちゃんが暴れることー」

「あー、それアリシア姉ちゃん言ってたなー」


 楽しそうに子供が笑った。いやいや、私は全然楽しくない。

 そんな中、指をくわえた鼻垂れの女の子が言った。


「そーいえばアリシア姉ちゃん、おねぇちゃんのしょぶんにも困ってるっていってたけど、しょぶんってなあに?」



 私の耳がピクリと跳ねた。


「え、アリシア、なんて言ってたって?」

「けいびへいってのが来たら、とーぞくと一緒におねぇちゃんをしょぶんしようか迷ってるって言ってたー。しょぶんってなあに?」



 あの、それは重要情報すぎるんだけど大丈夫?


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