第7話 ルビ様をたたえよ
◇
「讃えよ、讃えよ! ルビ様を讃えよ!」
私は木でできた神輿に座り、村人たちに担がれていた。
前世のアニメで見た偉大なる皇帝を模倣してのことだった。
「我らの救世主的英雄、ルビ様!」
村人たちが私の名を声高に叫びながら、神輿で運ぶ。そうして移動した先には、ぼろい家があった。
ぼろい家から出てきた男が、私に向かって膝を折る。
「ルビ様を救世主として崇めます」
私は満足げに頷き、神輿の上から手を高く掲げる。
「お主の家に、守護の力を授けてやろう」
次の瞬間、ぼろい家の周囲に石壁が次々と立ち上った。
ありがたいと地面に頭をつける男に、石ころを与え、お守りにせよと伝える。
さらには、石の斧や石の矢じりといった自衛用の武器も与える。
「我は救世主的英雄! 我を信じよ! 我にかしずけ!」
こんな風に、私はルビ派の住人にだけ色々な恩恵を与えていた。
ついでに困窮している家庭には食料も与えておく。
おかげでルビ派は急速に拡大した。既に村の1/3の勢力になっている。
もう、頃合いだろう。
心の中でほくそ笑み、この策略の仕上げへかかる。
私は、このお祭り騒ぎを遠巻きに眺める「ルビ派でない」住人に向かって宣言した。
「迷える子羊たちよ……急ぐがよい。神は申された。神の船に乗れるのはあと片手の指ほどの数だと」
「え、どういうこと!?」
「ルビ派でない」住人たちに動揺が走る。
彼らは、私の行動を疑いの目で見ていた「思慮深い」者たちだ。
私はそんな彼らの中にくさびを打ったのだ。
「つまり……ルビ派になれるのはあと五名だけってこと?」
村の女性が、不安そうに呟いた。
私はこくりと首を振る。
……私の脳裏に、前世のCMのとあるシーンが蘇る。
「数に限りがあります、お急ぎください!」
私はあれに、よくやられていたのだ。
ずるい手法だと自覚しつつも、効果がバツグンであることには間違いないのだ。
◇
それから数日。
私の思惑通り、村は割れていた。
「何を言っている、俺は昔からルビ様を救世主だと崇めていたんだ!」
「私の方が先よっ! 私の方がルビ様を救世主とお慕いしていたわっ!」
次にいつ大規模な盗賊団が襲ってくるとも限らない状況の中、彼らは必死に枠を争い始めた。
そんな中、ついにあいつが顔を出した。
――私の天敵アリシアだ。
「皆さん、話し合いましょう! どういう事情があっても、村の中で争うのは間違っています!」
アリシアの言葉に、村人達が反論する。
「俺の家はまだ木の家だ。次に盗賊が襲ってきたら、俺の家が狙われる!」
村の中で住居の格差を作り出すのが、今回の作戦のポイントでもあった。
アリシアは必死で反論する。
「次に盗賊が来たって、ルビさんが追い払ってくれるはず……」
「ルビ様は、次に大きな盗賊団が来たら、村になだれ込むこともあるかもしれないとおっしゃった。だからこうやって家を強くしてくださっているんだ! だったら、俺もと思うのは当然じゃないか!」
アリシアは、悔しそうな表情で唇をかんだ。
そう、私の本当の目的はここにあった。
私はこの村を二分するのだ。
この村に「得をするもの」と「得をしないもの」を作り、対立を巻き起こす。
これこそが、私の自由へのステップでもある。
残念だな、諸君ら。
私の表の顔は救世主的英雄だが、中身は第六天魔王なのだよ。
◇◇
村では頻繁に抗争が起きるようになっていた。
いつまで経っても私が残りの枠を決めないからだ。
だから村の中での争いが収まらない。
「いや、私が!」「俺が先だ!」
その規模も次第におおきくなり、既に十人を超える抗争が繰り広げられるようになっていた。
私はその様子を神輿に乗りながら見下ろしていた。
その時、奴がやってきた。アリシアだ。
さらにはその後ろに、ルビ派ではない村長とクロンまで引き連れている。
「……ルビさん、いい加減にしてください!」
彼女は私に強い視線を投げて言ってきた。
「何を……だ?」
私は神輿の上から悠々と返答する。
「……わざと起こしているんでしょう? この騒動を」
さすが、「救世主的英雄」とか気味悪い言葉を使って村人達を扇動していたアリシアだ。話が早い。
ここで私は意味ありげに微笑んだ。Yesと伝えるために。
私の最終目標は、これだ。
この騒動を通じてアリシアに分かってもらうのだ。「私がいると村が内側から崩壊する」ということを。
この服従魔法は、一つしか命令をかけられない。旅の行商人からそう聞いたことがある。
だからその命令を、アリシア自ら変更してもらう必要がある。「盗賊を抑える」という命令から「この村から出て行け」という命令に。
アリシアからの問いかけに、神輿を担ぐルビ派たちがヤジを放った。
「ルビ様に失礼な口を聞くんじゃないっ!」
「アリシアちゃんはルビ様に変な魔法をかけているんだってね。けどそれは間違いだよ。もうやめなさい!」
私の意図とは違う方向からも、私をサポートする声が飛んでくる。
私はほくそ笑んだ。
もはや、このまま私を「変な魔法」で「村に縛り付けておく」なんてできやしないだろう。
ヤジの中、アリシアは村長へと視線を交わす。村長は小さく首を横に振った。何かの意思疎通をしているらしい。
「……ルビさんは」
アリシアは、青い瞳を私に向けた。
まるで悲しいような、私を非難するような目だった。
「……ルビさんは……どうしていつもそうなんですか?」
「え?」
一直線に向けられる瞳に、少しだけひるむ。
「……村を守ることは善い事なのに、どうしてそんなに嫌がるんですか?」
アリシアが、一歩踏み出した。神輿に座る私に近づいてくる。
「村を守る力があるのに、どうしてそれを拒否するんですか?」
アリシアの瞳は、自分の正義を確信しているものだった。
確かにそれは正論かもしれない。
ただ、私を無理やり服従させているアリシアが言えることでもないはずだ。
「ルビさん、本当に私、期待していたんですよ、いつかはルビさんも分かってくれるようになるんじゃないかって」
「ハッ、お門違いだな。自らの意思に同意しない人間を『分かってくれない』などカテゴライズして非難をするのは」
アリシアが、小さく息を吐いた。
「ルビさん……もう一度お願いします。この村を混乱に陥れるのは止めてくれませんか?」
「ふん。混乱? なんのことかな? 我は、ただ彼らに恵みを与えているだけだ。……ただ、一言だけ言っておく」
私はゆっくりと核心を口にした。
「……私がいる限り、こうなることは自明のことだ」
アリシアはぎゅっと強く瞳を閉じた。そして再び一直線に私を見据えてきた。
「……だったら仕方がありません」
アリシアが差し出した右手から、黒い光の文字のような文様が流れ出た。
これは――服従魔法だ!
「ルビさん、あなたがいつまでたってもそんな風にこの村を混乱に陥れようとするのなら……もうあなたは必要はありません。そんな人、いない方がいいのです!」
これは服従魔法の命令だ。アリシアは私を村から追い出そうとしている!
私の策略は完璧に作用した。これで私はアリシアから開放される! 今か今かと、アリシアの次の言葉を待つ。
さあ、早く言うんだ。私を村から追放すると!
「だったらもう、死んでください!」
うぎゃあああぁぁっ! 違ったっ!!
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