第7話 この村の弱点


 あれから三日後。


 私は、檻に入っている十人の盗賊たちの前で、紫色の果実をふりふりと揺らしていた。


 檻に入れられた盗賊たちは、「ふざけるな!」「寄越せっ!」「〇〇すぞアマ!」と叫びながら、紫の果実に向かって手を伸ばす。しかし、届くはずもない。


 彼らは、私が持ってくる物しか食べてないので必死なのだ。


「……何を、やってるのですか?」


 後ろから柔らかい声が聞こえてきた。

 振り返ると、優しく微笑む悪魔女アリシアと、不機嫌そうな茶髪の青年クロンがいた。私は、紫色の果実を背中に隠す。


「ん、あー。しつけ」

「しつけ……ですか」


 アリシアが私をじっと見つめる。

 その目は、まるで私の方がしつけが必要だと言わんばかりだ。


「何か用?」


 とにかく長居はしてほしくないので、私はさっさと要件を促した。

 アリシアは、ちらりと盗賊団の方へと視線を移す。


「警備隊に引き渡すまでは生きててもらわないといけないんです。だから、そろそろ食べ物を渡そうと思って」

「へぇ、それはお優しいことですね」


 この村トランは、アクトリア国の北東部にある辺境の村だ。何か異常があれば、国境沿いの砦から警備隊がやってくる。

 ただ、通常は一日半ほどでくるはずが、既に三日経ってもやってこない。だから盗賊達も三日間ほとんど何も食べてない。


 それにしたって目の前の二人は、盗賊なんて飢えて死ねとか言うタイプだと思ってた。案外優しいところもあるのかもしれない。


「で、食べ物はどこにあんの?」

「ほらよ」


 クロンが小さな袋を渡してきた。

 受け取った瞬間、軽さに違和感を覚えたが、とにかく中を覗いた。


 小さな袋の奥の底の方に、細い芋が転がっていた。それが十個ほど。


 私はそれを取りだした。まるで鉛筆のように見えた。しかも生のまま。


 突っ込みどころが多すぎたので、とにかく突っ込みやすいところから突っ込むことにした。


「ていうか、生じゃないですか?」

「家畜は、芋を生で食べるだろ?」


 クロンは家畜という言葉を強調しながら私に瞳を向けてきた。

 よく奴隷は家畜以下と言われるが、それにかけているらしい。つまり、クロンの悪意は盗賊たちよりも私に向いている。


「ほほー、なるほど、クロンくん……」


 私はクロンの茶色の瞳を見ながら、クロンの首元を掴む。


「分かりやすく売ってきたね?」


 分かりやすい挑発には素直に乗ってあげるのがいい。その方が、腰の帯に隠した紫の実にも気づかれないだろう。


「ルビさんっ……!」


 アリシアが間に割って入ったから、私はクロンの首元から手を放した。


「もう……クロンも! ルビさんは村を救ってくれた救世主なんですよ!」


 私は二人の対照的な態度を眺めた。

 クロンの直接的な悪意と、アリシアの表面上の笑顔。正直なところ、クロンの方が本心を曝け出している分、清々しく感じられる。


 一方のアリシアは、笑顔をさらに深めて私の方を見つめてきた。


「では、よろしくお願いしますね、ルビさん」


 二人は鉛筆のような芋を私に託して去ってゆく。

 ……何がよろしくなのだろうか。

 彼らはこの細い鉛筆のような芋が食事になるとでも思ったのだろうか。だとしたら頭がおかしい。


 ただ、これも仕方ない。この村の冬越しは厳しかった。


 現在この村にあるのは、冬越しのための痩せた芋や穀物が大半で、その他の食材はすでに税として召し上げられていた。

 だから食糧の余裕なんてありはしない。これでも温情を見せたのだろう。


 私は、ここに村の弱点を見つけた。


 私は土魔法で植物を育てることができる。先程、「季節外れ」である紫の実のラムをふりふりしていても、そのことに気づかれなかったのは幸運だった。


 私は、鉛筆のような芋をみつめる。

 これを使って、反撃をすることができるのだから。




 ◇


 あれから数日。


 私は、檻にいる盗賊たちを背後に、マズいスープをちびちびと飲んでいた。


「ルビ様、もう一杯いかがですか?」


 中年の女性が声をかけてきた。

 彼女が持っているのは、丸々と太った芋をベースにしたスープだ。


「うむ、再びそのマズい味を堪能させてもらおう」


 そう言い、王のように堂々とした態度でスープを受け取った。


 このマズいスープ……これは私が夜中にこっそり土魔法で栽培した芋を使ったスープだ。


 私が魔法で即席栽培する作物は、その植物の最高のコンディションで実るため、丸々として美味しくなるのだ。


 私はスープを一気に飲み干して言う。


「マズイ! もう一杯!」


 ただ、残念なことに、この村の水は鉄の味がするのでマズかった。さらにろくな香辛料も混ぜてないので、スープにしたら結局マズい。ただ、村人たちはこの類の味に慣れているらしく、次から次へと私にスープを勧めてくる。

 そんな彼らの瞳には、狂信的でどこか必死の光が見えた。


 なぜ私が、こんな風に突然王様のように扱われるようになったのか。


 私はこの村トランの弱点を掴んでいた。

 この村の弱点は二つ。


 一つは、食料資源が乏しいこと。

 そしてもう一つは――扇動されやすいことだ。


 この村はアクトリア国の北の辺境にあり、情報がほとんど入ってこない。そんな中、盗賊団が襲ってきて、警備隊もやってこない。この状況、不安がとてもつのるのだ。

 こんな状況で人は扇動されやすくなる。


 アリシアもそれを分かっていて、私を救世主呼ばわりさせた。


 だから私もそれを利用させてもらったのだ。


 私は数日前、「私に好意的な人を十名集めてください」と頼み、彼らの前で宣言した。「あなた達は選ばれたのです。この救世主的英雄の私に。きっと神のお恵みがあるでしょう」


 次の日、彼らの畑には季節外れの丸々とした芋が実っていた。それを前にして私は威厳たっぷりに言った。「アナタは神を……いえ、私を信じマスカ?」


 そんな奇跡が、私に選ばれた者の畑だけで続くもんだから、彼らは私をルビ様とあがめ始め、教祖のように扱うようになった。


 私は、目の前のいびつな笑顔を浮かべている女性に向かって言う。


「よかろう、お主の信心を認めよう。お主は今日からルビ派だ」

 

 彼女は、まるで宝くじに当たったかのように喜んだ。


 そんな私の様子を、アリシアが遠くの物陰から刺すように見つめてきた。


 アリシアも、自分が「ルビさんは救世主」と言っていただけに、強くは反論できないらしい。


 ……ただ、何も私は、王様扱いされたくてこんな事をした訳ではない。


 私の目的は別のところにあった。


 みてるがいい、アリシアよ。これはただの始まりだ。本当の扇動というものを見せてやろう。

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