第6話 第六天魔王


 正直言うと、自分がウケ狙い体質の人間だという自覚はある。

 ただ、今回はウケ狙いだけで強そうな名前を名乗ったわけではない。


 こういう正念場では、「ハッタリ」をかます必要があるのだ。

 「強そうな名前」を借りることで、相手にも自分にもハッタリををかます。


 たから私は今から第六天魔王なのだ。


 そんな私の名乗りに、盗賊たちが次々と騒ぎ始めた。


「はぁ? 第六天魔王? バカじゃね?」

「アホなんだよ。ただの頭のおかしい奴」


 盗賊達が私をあざけり、ぎゃははと笑った。私は麻袋の中で、ふっと口を釣り上げた。


「よかろう。仏の顔は三度までだ。だが私は仏ではない。第六天魔王だ! だからお前は今の一度で終わりだ。この麻袋の内側に宿る、第六天魔王専用パワーを知るがいい!!」


 テンションが上がって、再び左腕をあげたその瞬間、


「お、女頭!!」


 知っている声が聞こえた。


 ゲゲッと思いながらも、私は隊列の後ろの方にいる男たちへと目をやった。

 そこには、私が率いていた盗賊団の子分たちがいた。


 私は仰々しく手をかざす。


「わ、私は女頭などではない! 第六天魔王だ!」

「いや、女頭、やっぱり女頭じゃないですか!」

「違う、私は……!」


 子分達が口を揃えて騒ぎ始めた。


「そんな変なこと言うの、女頭しかいねぇっすよ!」

「前も、深淵なんとかって変なこと言ってましたよね!?」


 変なことだと? あの時私を褒めていたのは嘘だったのか? 本当は私も少し痛いかなって気はしてたけど、まさか子分達もそう思ってたとは……。

 私は自分のメンタルが死んでゆくのを感じた。


「それに、覗いてる目が金色じゃないっすか!」

「遠くからそれっぽいと思ってたけど、ほんとに女頭だったのかよ!」


 ……こいつら、どんだけ視力がいいんだよ。


 結局、麻袋程度じゃ隠しきれなかったようだ。意味なかったね、この変装。


「なんだ? あの変なのが、お前らが言ってた例のヤツなのか!?」


 厳つい禿頭が、子分たちに唾を飛ばすように言った。

 私は麻袋の中で首を傾げる。「例の」とはどういうことだろう。


「そうだ、女頭だ! あそこにいるのが俺らの女頭だ!」

「女頭っ! ほんと、何してんだよ!」

「俺ら、探してたんだよ! だから周辺にたむろしてるこいつらに聞き回ってさ……そんで、この村が怪しいってなったから、ついでにみんなでこの村襲おうって」

「…………」


 今、聞いてはいけないことを聞いた気がする。私を探しているうちに、みんなでこの村を攻めようってなった……とな?


 それってやばくない? こいつらが攻めてきたの、私のせいにならない?


「なんだ!? じゃあ、あの変なのはこっち側の人間じゃねぇか!」

「そうだよ、それに女頭はつえぇんだ! 暗黒土魔法ってのが使えるんだっ! 女頭っ、みんなでこの村をやっちまおうぜ!」


 その瞬間、


「ルビさん!」


 背後から刺すような声が聞こえた。

 悪魔の声だ。アリシアの声だ。まるで、背中から冷たい剣で心臓を貫かれたような気分だ。


 何よりこのタイミングで声をかけてくることが恐ろしい。どこまで地獄耳なんだ。これじゃ内緒話もできやしない。


 このどうにもならない状況に、腹の底から怒りがこみ上げる。

 だから私は、目の前のやつらに怒りをぶつけることにした。


「だから、私は女頭などではなぁぁぁいっ!! 第六天魔王であるっ!」


 もうやけくそを超えていた。


「第六天魔王の裁きィィィッ!」


 周囲に金色の光が満ちた瞬間、私は空に小さな石ころを生み出した。しかも大量に。そして一気に振りしきらせる。土砂降りの雨のように。


「いてててっ!」

「さっきからなんなんだよ! これ!」

「頭だ、頭を守れ!」


 盗賊たちが慌てふためく中、私の子分達は木の盾を使って難を逃れた。随分と手慣れたもんだ。そりゃ、私の子分だから慣れてはいるか。


 ただ、相手が子分だと分かっている状況で攻撃を向けたのは大きかったらしい。

 一瞬でその表情が変わった。


「女頭! なんでだよ!」

「なんで俺らに攻撃してくんだよ!」


 彼らの中から、目を充血させた男が怒声を上げた。


「ほら見ろ! やっぱりあのアマ裏切ったじゃねーか! あんなアマ、俺は最初っから信用してなかったんだっ!」


 この男は、私が率いていた盗賊団の元お頭だ。私のせいでお頭の地位を失ったので、いつも私に恨みの視線を向けていた。


「いや……俺も思っていたぜ……あいつはしょせん奴隷なんだって!」

「畜生、やっぱり糞じゃねーか! 奴隷ってやつはよ!」

「そうだ、ちょっと魔法ってのが使えるからって、いい気になりやがって!」


 先ほどまで私を女頭と呼んでいた子分たちも、顔を赤くし、口角に泡を浮かべながら私に悪口を投げてくる。


 彼らがそう反応するのも仕方ない。私は時折しか彼らと共に行動していなかったし、きっかけだって酷いものだった。


 その上、この世界で奴隷は蔑まれている。

 私が女頭だった頃さえも、彼らの行動の端々から蔑みを感じていた。


「だったら、やるぞ!」

「おお、やるぞ! やるしかねぇ!!」


 どうやら私の子分……いや、元子分は腹を決めたらしい。


 だったら私もやるしかない。


 胸の奥がどこか痛む気がするが、仕方がない。結局この流れは避けられなかったのだ。


 私は彼らに向き直り、しかと睨んだ。その瞬間、


「……逃げろっ!」


 子分達が叫びながら一目散に逃げ出した。

 

 どんどん小さくなってゆく背中を、呆然と見守り続ける。


 うん……元子分達よ。気持ちは分かるよ。魔法ってちょっぴり怖いもんね。


 私は少しだけセンチメンタルになった。

 さよなら、子分達。長生きしろよと言いたいところだけど、所詮私達は社会の鼻つまみ者だ。だからそんなことは言えないけれど、せめて生きている間は元気でいろよ。


 私は呼吸を整えて、呆然とする禿頭の男に向き直る。


 私の視線に気がついて、禿頭の男が跳ねるように反応した。慌てて周囲の盗賊たちに指示を出し、武器をこちらに向ける。


 弓だ。まだ潰してないほうの弓。


「殺れっ!」


 当然の選択だ。距離が離れているので、剣なんて役に立たない。でも、だからといって正解とも限らない。


「ぬりかべっ!」


 私の叫びと共に、土壁が突き上げるように現れた。


 土壁は私の盾となり、矢を軽く受け止める。

 ただ、放たれた十数本の矢のうち、二~三本は漏れて村の中に飛んでいった。


 村の中から悲鳴が聞こえてくる。


 ……うん、気にしない事にしよう。

 服従魔法は、故意に命令を違反したのでなければ、失敗してもお仕置きはない。つまり、「盗賊を抑える」命令に失敗しても、故意でなければ問題ないのだ。


 ただ、矢が当たらなかったからといって許すわけにはいかない。私に向けた攻撃は、放った矢の数だけ返してやる。


「お前らは、この第六天魔王を怒らせた」


 禿頭の男達が青い顔をして後ずさる。

 そしておもむろに――踵を返して逃走しようとした。


「かごめで囲め!」


 叫びと共に、大きな檻を生み出した。盗賊達を四方から囲む土の檻だ。


 間髪入れずに、大きな石で天井に蓋をする。これで完全密封だ。


 檻の中の盗賊達は「なんだこれ、出せ!」「ふざけんな!」と叫び続けた。そして土壁に体当たりを繰り返す。


 この光景を目の当たりにした残りの盗賊達は、一目散に逃げていった。


 結果――捕まえた盗賊が約十人。そして逃げていった盗賊は大勢。


 これが、暗黒土魔法の使い手あらため、第六天魔王の初戦の戦果だった。


 私は深呼吸して、防護柵から村の中へと飛び降りた。


 次の瞬間、村の家屋に隠れていた村人達がわっと飛び出し、駆け寄ってくる。

 彼らの絶え間ない賛辞に包まれる中、私は身体の隅々にぐったりとした疲れを感じていた。


 手だって緊張で震えていたし、背中には冷や汗をかいていた。


 きっと私が第六天魔王でなければ、やられていたね。心が折れてたね。



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